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15話 人はおっぱいの上におっぱいを造らず、おっぱいの下におっぱいを造らず

 チュートリアルを無事終えた俺は、その翌日も冒険者ギルドに足を伸ばしていた。もちろん依頼を受けるためである。今日はフィアナもいない。これがフリー冒険者としての本当の第一歩だ。

 そんな意気込む俺に向かって、


「ねぇねぇ小太郎様、これなんてよさげじゃない? 幽霊森に発生した群体スライムを駆除するだけの簡単なお仕事だって」


 なんだよ幽霊森に群体スライムって。

 ネーミングからしてヤバい臭いしかしないぞ。


「素人はこれだから困る。簡単な仕事っていうのは大抵がめんどうな仕事だったりするんだよ。典型的なブラック企業の常套句じょうとうくだ」


 アットホームで和気あいあいな職場なんてのも要注意だ。

 ソースは親父が出している女中の募集広告。


「しかも依頼主が冒険者ギルドって時点で地雷臭しかしない。却下だ却下」


 金がいいからって国の案件を引き受け、何度痛い目にあったことか。

 国とズブズブの関係らしいギルドも似たようなもんでしょ。


「じゃあこれなんてどう? 城塞都市フィガロを滅ぼした漆黒竜の討伐で報酬はなんと50億。しかも竜の肉や爪はものすごく高値で売れるんだって。まさに一石二鳥じゃない。もうこれにしちゃいなさい」


 蓮華が俺の胸に依頼書を押し付けた。


「一石二鳥をいいように拡大解釈すんな。アホみたいな報酬金額からいってもレイドボス案件じゃないか。ひとりじゃ無理に決まってるだろう」

「えーそれって遠回しにあたしを誘ってるのおー? どうしようかっなー」


 チラッチラッと自分を見てくる蓮華がうざったい。


「全然誘ってないから。言っておくけど決して振りじゃないからな」


 そもそもこんな依頼を誰が受けるっていうんだよ。魔族に殺られてろくな冒険者が残ってないんだろ? このギルドちょっとどうかしてるんじゃないのか。


「前にも言ったと思うが俺は目立たないこじんまりとした依頼を受けたいんだ」


 言うと、蓮華は困った子供を見るような目で、


「あれもやだこれもやだって子供みたいに。仕事は遊びじゃないのよ。困った小太郎様でちゅねー」

「お前だけには言われたくないわ! ──ところでなんでここにいんの?」


 依頼書を掲示板に張り直しながら尋ねてみると、


「だって暇なんだもーん。ゴンちゃんあたしとの勝負から逃げちゃったし」


 誰だよゴンちゃんって。

 もしかして昨日飲み比べをしていたあいつか?

 

「暇なら仕事しろよ。 探せば色々あるだろう」


 贅沢さえ言わなければ、それこそ子守りのバイトから外壁の補修工事まで仕事には事欠かない。

 蓮華は大きな目をパチパチとさせて、


「しごと? ぜーんぜんさがしてない。キャハッ」


 このやろう……!

 いや、落ち着け小太郎。

 ここで下手に説教してへそを曲げられても後々困るのは俺だ。


「何度も言うがここは風魔の里じゃない。異世界だ。自分の食い扶持は自分で稼ぐって決めたはずだぞ。暇なら俺と同じ冒険者になってもいいんじゃないか?」


 本来なら俺なんかじゃなく情報分析を得意とする蓮華向きの仕事だ。

 蓮華は考える素振りを見せると、


「んーパス」


 パスじゃねぇよ!

 仕事しろや!


「仕事しないと蓮華が大好きなコスメだって買えないじゃないか。それとも自分で作ることにしたのか?」

「え? だって小太郎様が買ってくれるんでしょ」


 本気で驚く様子の蓮華を見て、俺の怒りゲージもグングン増していく。

 

「あのーすみません」


 俺の背後から遠慮がちに声をかけてきたのは、俺が知る限りギルドでただひとりのまっとうな受付嬢、カレンさんだった。


「悪い、うるさかったよな」

「いえ、そうではなくて……ちょっとコタロウさんにご相談したいことがあるんですけど」

「俺に?」

「はい、時間があればでいいんですけど」


 カレンさんは小声で周囲の様子を気にしながら最奥のカウンターを控えめに指差す。

 蓮華はそんなカレンさんをジッと見つめると何を思ったのか、


「はっ、時間なんてあるわけないじゃない。あたしたちは常に忙しいの。わかったらさっさとここから出て行きなさい」


 俺はともかく、お前さっき暇だって言ってたじゃん。


「えっと一応ここは私の職場なんですけど……」


 カレンさんが困った顔でそう言えば、蓮華がカレンを思い切り睨みつけた。


「あんたあたしに喧嘩売るつもり? いい度胸しているじゃ──いたッ! ちょっと何すんのよ!」

「どう見ても喧嘩を売ってるのはお前だろ。意味が分からんうざ絡みすんな」


 頭をはたかれ涙目で文句を言う蓮華を無視し、俺はカレンさんに深く頭を下げて部下の非礼を詫びた。


「だ、大丈夫ですから。それで……」 


「えっと相談だっけ? 全然いいよ」

「よかった。ありがとうございます」


 勧められるままカウンターの椅子に座るとすぐに蓮華が、


「気が利かないわね。さっさと詰めなさいよ」


 引き締まったヒップをドンドンとぶつけられ、強引に椅子の半分を奪われてしまった。


「なんだよ、やっぱり冒険者になることにしたのか?」

「いつ誰がそんなことを言ったのよ」

「じゃあもう帰れよ。用はないだろ?」

「うっさい。用はなくてもここにいるの!」


 そう言って蓮華はプイっとそっぽを向いた。

 意味わからんて……。


「あのーそろそろ話を進めてもいいでしょうか?」

「は? 駄目に決まってるじゃない。あたしがいいと言うまで口を閉じときにゃーーーーー」


 俺は蓮華の頬をみょーんみょーんと伸ばし、


「口を閉じるのはお前のほうだ。さっきから一向に話が進まないじゃないか。次カレンさんを困らせたらお前の大事にしているフィギュアをもれなく焼却処分する。脅しじゃないからな」


 蓮華の自宅には、日本のフィギュアに勝るとも劣らない精巧なフィギュアがズラリと並んでいる。蓮華のお気に入りがショタっ子シリーズでその中でもvol3、紅蓮ぐれんのツヴァイ君は蓮華一番の推しだ。

 ちなみに金もないはずなのにどうやってそれだけのフィギュアを手に入れたのかは聞いていない。てか怖すぎて聞けない。


 蓮華はみるみる顔を青くし、


「お願いだからそんな恐ろしいことはやめて! 鬼才オルガン先生の作品はそう簡単に手に入らないの!」

「だったら大人しくしてろ」

「くっ! よりにもよって可愛い我が子たちを人質に取るとは。さすがは風魔の頭領、ラプラスも真っ青の外道ぶりね」


 蓮華にだけは言われたくないわ。


「とりあえずこいつの口は封じたから話の続きをどうぞ」


 カレンさんは蓮華のことを気にしながら、


「実は個人的に護衛の依頼をコタロウさんにお願いしたいのです」


 護衛の依頼?

 個人的にって言うくらいだからギルドは絡んでないんだろうけど……。


「カレンさんの護衛ってことでいいのか?」


 カレンは慌てて手を振って、


「私じゃありません。護衛してほしいのは私の妹です。妹を星都ペンタリアまで送り届けてはもらえないでしょうか」


 星都ペンタリア。

 全ての大陸に根を張る星光教会。その星光教会によって運営される街で、治外法権を有している。同じ名前を冠した街が各大陸に存在するらしい。

 

「護衛は別に構わないけど、でもどうして俺に? 自分で言うのもあれだけど俺は駆け出しの冒険者なわけで。たとえば掲示板の前にいるあの彼は4級冒険者だろ? 俺なんかより彼に頼むほうが現実的だと思うけど」

「ギルドに勤めて十年、良くも悪くもそれなりに冒険者を見てきたつもりです。そんな私の直感がコタロウさんなら妹のことを任せても大丈夫だと告げています。等級はこの際関係ありません」

「ふーん、ただのおっぱいお化けだと思っていたのに、小太郎様に目を付けるとは中々やるじゃない。そこだけは褒めてあげるわ」

「おっぱいお化け⁉」


 おいやめろ! 

 変に意識しちゃうじゃないか!

 追伸、カレンさんはとても素晴らしいものを装備済みです。


「でもね、依頼をしたいのならまず報酬金額を提示するのが先じゃなくて? それともおっぱいにばかり栄養がいって頭の中はスカスカなのかしら? これだからおっぱいお化けは困るのよ」


 こいつ、何で初対面の人間にこうも噛みつくことができるんだ?

 そこまで思って俺はハッと気づいてしまう。

 

 例えるなら蓮華は荒涼とした断崖絶壁。

 例えるならカレンさんは緑豊かな小高い丘。

 そう、人は無意識のうちに自分にないものを求めてしまう生き物。たとえば背の低い女が背の高い男を求めてしまうように。その逆もまた然り。

 蓮華の場合はその気持ちが強すぎて、もはや妄執の域にまで達してしまったものと推察される。

 

 別に気にするようなことでもないのに蓮華のやつ、意外と可愛いところもあるじゃないか。

 俺は蓮華の肩に優しく手を置いて、


「安心しろ。蓮華にも一定の需要はあるから」

「ちょっとそれどういう意味よ」


 蓮華の両手が蛇のごとく俺に伸びてくる。

 蓮華と熾烈なる攻防を繰り広げていると、カレンが顔を赤くしながら、


「報酬金額を先に言わなかったのは確かにおっしゃる通りですけど、おっぱいばっかりに栄養はいっていませんから!」

「そんな荒くれ放題のおっぱいで言われても説得力なんて皆無だから。素直に認めなさい」

「もう、おっぱいおっぱいって言わないでください! そうでなくても同僚におっぱいで仕事を取ってるって言われてるんですから」


 言われちゃってるんだ……。

 多分悪役受付嬢あたりが言ってるんだろうなー。

 しかし、カレンさんは気づいているのだろうか? 言わないでくれと言いながら自分が一番おっぱいと連呼していることを。


 カレンはさりげなく胸元を腕で隠しながら、


「あらためてコタロウさん、報酬金額は200万でどうでしょうか?」

「「200万⁉」」


 リュウグウ花の採取依頼よりも多いじゃないか。

 たとえば割と危険を伴う外壁の補修工事が月給で40万くらい。受付嬢の月給がそれよりも高いとはさすがに思えないぞ。


 ん? 待てよ……。


「カレンさんって表の顔は受付嬢で、その実、裏の顔は特級冒険者だったりする?」


 異世界ではよく見られる設定だったりする。 

 密かに特級冒険者として働いていれば200万くらいポンと出せるのもうなずける。


「私が特級冒険者? ふふっ。コタロウさんって想像力が豊かなんですね。仮にもし私が特級冒険者なら妹の護衛を人任せになんかしません。自分で護衛しますよ。ストレスばっかり溜まる受付嬢を十年もやっていませんから」


 さらりと毒を滲ますカレンさん。

 そうか、受付嬢ってそんなにストレスが溜まる仕事なのか。まぁ考えて見れば異世界にはコンプライアンスなんてなさそうだしな。カスハラとかモラハラとか普通にあったりするんだろうなー。

 

「受付嬢も結構大変なんだな」

「ええ、ほんとに……」


 暗い表情を浮かべるカレンさんだったが、さすがは受付嬢のプロ。すぐに元の明るさを取り戻していた。


「星都ペンタリアに行くためにはどうしても途中にあるタカン遺跡を通らないといけないのですが、最近そのタカン遺跡でマジカルメデューサを見たという報告がギルドに届いています」


 なんだその魔法少女的なネーミングは。

 まぁメデューサっていうくらいだから、


「石化光線を浴びせてくるとか?」

「石化? それは聞いたことがありません。マジカルメデューサは幻影魔法を操ることで知られています。相手に幻を見せてその隙に捕食する厄介な獣魔です」


 ようは幻術の類か。

 カレンさんの話からして、視覚ではめてくるタイプで間違いないだろう。

 幻術にかかった場合、本来であれば幻術を解いてくれる者が側に居ないと危険なんだが、幻術を使ってくるのがあらかじめわかっていれば対処法はある。

 うん、俺だけでも問題なさそうだ。 


「ちなみに3級上位の冒険者でも苦戦するような獣魔です」

「3級上位か……」

「5級冒険者に本来こんな頼み事はしませんしできません。だけどコタロウさんなら……この依頼、引き受けてくれますか?」


 よくしてもらったカレンさんとは、今後もよい付き合いをしていきたい。

 考えるまでもなかった。


「喜んで引き受けるよ」

「ありがとうございます!」


 心から嬉しそうなカレンさんを見て、俺も自然と頬が緩む。

 ただ、気にならないことがないわけでもなかった。


「冒険者を始めたばかりで護衛の相場ってものがいまいちよくわかってないんだけど、200万ってかなり多くないか?」


 口を開いたのはカレンではなく蓮華だった。


「仮にも風魔の頭領のくせに、なにらしくないことを言ってるのよ。忍びが信じれるものは後にも先にもお金だけ。くれるって言うんだから黙ってもらっておけばいいじゃない」

「話がややこしくなるからお前は黙ってろ」


 カレンさんに限って俺をおとしいれようとかはないと思うけど、破格の条件というのは裏があることが多いのもまた事実。あやふやにせず、真意はしっかりとただしておかなければならない。


 カレンさんは表情を引き締めて、


「コタロウさんのおっしゃる通り今回相場以上の金額を提示しています」


 やっぱりそうか。


「理由を聞いても?」

「目に入れても痛くないたったひとりの妹だからです。私にとって200万は大金ですが、妹を安全に送り届けてくれるなら安いものです」

 

 そういうことね。カレンさんは妹思いなんだなぁ。

 ならば俺も見事期待に応えてみせよう。

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