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13話 小太郎、フリー冒険者になる②

「正確に言うと薬師ではないんですが、上級薬学を修めているので、それに関する依頼は問題なく受けられます。掲示板にある薬師必須の依頼も、どれでも対応可能です」


 へぇそうなんだ。

 だとすると一番報酬の高い依頼を選んでも問題ないってことだよね。


「……あまり驚かないんですね」


 フィアナはそう言って、どこか探るような視線を俺に向けてきた。


「フィアナが上級薬学を修めているってこと?」

「それもそうなんですけど……どちらにしてもコタロウさんが私を護衛してくれればの話ですが」


 なにも問題ないので迷うことなく一番高い報酬金額が書かれた依頼書、リュウグウ花の採取依頼に手を伸ばす。

 見せるとフィアナはコクリとうなずき、受付カウンターに視線を移した。


「まだ終わらなそうですね。どうします?」

「急いでいるわけでもないし気長に待つさ」


 だが、いつまでたっても二人の口論が止む様子はない。むしろヒートアップしていた。前回対応してくれた受付嬢が出てくる気配もないし、フィアナがこのままでいいんですか? 的な目も向けてくる。


 はいはい行きますよ! 

 行けばいいんでしょ!


 俺は嫌々ながら二人の口論に割って入った。


「あのー依頼を受けたいんだけど……」

「あ゛? 依頼?」


 眉間にしわを寄せる女騎士が手に持っている依頼書にチラッと目を向けると、さっさとやれと言わんばかりにカウンターから身を引く。

 小さな舌打ちのおまけつきで。


 やっぱ女騎士っておっかねー。

 カウンターに置いた依頼書に目を落とした受付嬢は無機質な声で、


「登録カードを拝見します」

「登録カード? そんなものありませんけど」

「でしょうね」


 受付嬢は小馬鹿にしたようにフッと鼻で笑う。

 ねぇ、どういうこと?


「こんなご時世に冒険者になりたい奇特な人間ってことでいいのかしら?」


 この受付嬢、初対面であるはずの俺に対してなぜにここまで敵意剥き出しなんだ? あれか? 口論の憂さ晴らしなのか? とんだとばっちりだ。だから嫌だったんだよ。


「俺が冒険者になったらいけないのか?」


 俺が少し強めの口調で聞くと、


「冒険者になるのは本人の自由なのでなにも問題ありません。もちろん死ぬのも自由ですけど」


 受付嬢は満面の笑みで言う。

 この笑みの裏に隠された悪辣あくらつさ。……ははーん、さてはこいつ悪役受付嬢だな。悪役令嬢の変異種なんかに負けてたまるか!


 ガルルして臨戦態勢をとる俺に、悪役受付嬢は勝ち誇ったように言う。


「あなたが持ってきた依頼は薬師同伴でないと受理できませんし、さらに言えば上級薬学の資格を有した薬師が必要です」

「ガルル。それは知ってる」

「知ってる? はいはい、悔しいのはわかるけどすぐにばれるような嘘をつくのは大人としてどうなのかしら?」

「ガルル。嘘じゃない。逆に聞くが嘘と断罪する証拠でもあるのか? あるなら出してみろよ。オオン!」


 悪役受付嬢は呆れた表情で、


「私の話をちゃんと聞いていましたか? それとも頭が悪くて理解できなかったのかしら? この依頼を受けたいのなら上級薬学師の同伴が必要と言ってるのです。どこに上級薬学師がいるんですか?」

「それは──」

「またのご利用を心よりお待ち申し上げます」


 食い気味で俺を追い返しにかかる悪役受付嬢。

 ちょっと綺麗……かなり綺麗だからって図に乗りやがって!

 よーし、こっからは全面戦争だ!


「私が彼に護衛を依頼しました」


 俺の気勢を制したのはフィアナの言葉だった。

 不意を衝かれた悪役受付嬢は目をパチパチとさせて、


「あなたが上級薬学師とでも──」


 悪役受付嬢の言葉が終わらないうちに、フィアナは懐から取り出したカードをスッとカウンターに滑らせた。


「……拝見します」


 穴が空くほど見つめるというのはきっとこういうことを言うのだろう。

 それくらい悪役受付嬢はカードを凝視していた。


「……どうやら本物のようですね」

「それだけですか? 私の依頼人をここまで侮辱したのです。()()、であればしかるべき対応をお願いします」


 ひえぇ。フィアナさんめっちゃ怒ってる。

 こんなに怒ってくれるなんて俺のこと好きなのかな?

 しかしあれだ、普段大人しい人が怒ると怖いっていうのは本当だな。俺も怒らせないよう精々気をつけよう。


「冒険者カードすら持っていない人間がいきなりこんな依頼書を提示してきたのです。疑うのは当然でしょう。謝る必要はないと判断します」


 この悪役受付嬢も負けてない。

 シャロンストーンばりの微笑を浮かべて謝罪を真っ向拒否した。なんなら互いの視線がぶつかり合って、バチバチと擬音が聞こえてくるまである。


「あなたね──」

「フィアナさん、もう謝罪はいいから。蓮華の禍々(まがまが)しいディスりと比べれば、ネッコにやんのかステップされたようなもんだから」

「何を言ってるのかいまいちよくわかりませんけど、コタロウさんがそれでいいと言うなら……」

「うんうん、このままだと話が進まないしね」

「ではご理解をいただけたということで話を進めます」


 悪役受付嬢が淡々とした口調で言う。

 なんだろう。この漁夫の利をくらったような気分は。


「一応上級薬学を修めているあなたのために尋ねますが、これから冒険者になろうとしている素人の彼に本気で護衛の依頼をするつもりですか?」

「つもりではなく依頼します」


 言い切るフィアナに、悪役受付嬢は値踏みするような目を俺に向けてきた。


「冒険者でなくても獣魔を倒せる人はそれなりにいます。ですが失礼を承知で言わせていただければ、腕が立つようにはとても見えません。冒険者ギルドの受付嬢として上級薬学の資格を持つあなたをむざむざ死なせるわけにはいきませんから言うのであって、くれぐれもそこのところを誤解なきように」


 悪役受付嬢の口振りからも、上級薬学師が希少な存在であることがわかる。

 考えてみれば悪役受付嬢の言にも一理ある。これから冒険者になろうっていう人間に信頼がないのは当然だ。

 俺がチラリとフィアナの反応を窺うと、

 

「全く問題ありません」


 フィアナは迷う素振りも見せずに受付嬢の言葉を一蹴した。

 どうしてそこまで言い切れるの? が、今の正直な俺の感想だ。だってフィアナの前で腕前を見せた覚えもないんだぜ?

 おそらくは猪助とバルガの戦闘で問題ないとの結論に至ったのだろうが、それでも無条件に信頼してくれるのは素直に嬉しい。運命の相手の命を預かることになるわけだから、気合も入ろうというものだ。


「俺も問題ない」


 むしろ、問題ないまである。


「はぁ……ちゃんと忠告はしましたよ」


 心底呆れた様子で席を立った悪役受付嬢は、たくさんの引き出しがついた背後の棚の一つを開けると、一枚のカードと腕輪を俺の前に置いた。


「まずはその登録カードに手を触れてください」


 言われるがままカードに触れると、まだ教えてもないのに自分の名前がカードに刻印された。


 異世界すげえ!

 多分これ魔導具ってやつだろ。

 やっぱ実際にこういうのを見ると迫力が全然違うな!


 溜息を吐く悪役受付嬢は、興奮する俺にさっさと腕輪を手首にはめろと言う。

 いや、はめろと言われても……。


「ブカブカなんすけど?」


 悪役受付嬢はそんなことも知らないのかと言いたげな顔で、


「自動調節機能があるので問題ありません」


 疑わしく思いながら腕輪を通すと、腕輪は吸い付くように左手首にジャストフィットした。


「ほえぇ。こりゃまたすごいな」


 猪助の話によるとスマホを見て驚いていたらしいけど、こっちのほうが全然すごくないか? テクノロジーの基準がいまいちよくわからん。


「チッ。田舎モンが……」


 腕を目の前に掲げて感心している俺の横で、フィアナが恥ずかしそうに俯いていた。


「登録カードを確認します。……フウマコタロウ? 随分とまた変わった名前ですね」


 言いながら悪役受付嬢は机に置いてある水晶玉みたいなものにカードを差し入れる。カードは吸い込まれ、そしてすぐに吐き出された。

 悪役受付嬢は俺にカードを差し出しながら、


「この冒険者カードはあなたの身分を証明するものになりますので肌身離さず持ち歩いてください。それと、その腕輪は獣魔を討伐した際に必要となります。討伐した獣魔に対して腕輪をはめた手で触れてください。獣魔がちゃんと死んでいれば腕輪に討伐の記録が残される仕組みです」

「獣魔の耳とか指を切り落として証拠にするんじゃないのか」


 俺が何気なく発した言葉に、悪役受付嬢は明らかに嫌悪感を示した。


「そんな不気味なことしませんよ。もしかして特殊な性癖をおもちですか? 気持ち悪いのであまり近づかないでください」


 異世界あるあるを口にしただけなのに、ゴミを見る目で見られるのが本当に納得いかない。


「そんな性癖ないから!」

「どんな性癖をお持ちだろうとも受付嬢が冒険者の秘事を他人に漏らすことは基本ないのでご安心ください」


 悪役受付嬢はにこやかな笑みで言う。


「だから!」


 待て待て、ちょっと落ち着け俺。

 これはあれだ。言い訳をすればするほどドツボにハマるパターンだ。ここはクールに受け流すのが正解だろう。

 俺は風魔忍法〝イケボ〟を駆使し、


「受付嬢さん、話を進めちゃってください」

「キモっ」


 あっれーーーーーー⁉


「では話を進めます。その腕輪は滅多なことでは壊れませんが万が一戦闘などで破損した場合は再発行できます。ですが登録カードはその限りではありませんのでご注意ください。ここまでで質問はありますか?」

「え、ええと、登録カードを失くしたり盗られた場合はどうなります?」

「どちらの場合も発覚した時点で冒険者登録は抹消となります。隠そうとしても二ヶ月に一度ギルドで登録情報を更新するので意味はありません。当然更新を怠った場合も登録抹消となります。失くすのは論外ですし盗られるのは冒険者の資質がないと判断されるからです。なかには登録カードを盗んで冒険者をやめさせようとするやからもいますのでご注意を」

「それって同業者が盗むってことですか?」

「さあ?」


 さあ? って他人事ひとごとかよ。

 ──ああ、面倒事にギルドは関わらんということね。

 ま、同業者同士の足の引っ張り合いなんてどこでもあることだから気にもしないけど。


「獣魔を狩ること以上に登録カードを守ることも冒険者の仕事とお考えください」

「登録抹消になると獣魔の買取りに支障はあるか?」


 一応念のため尋ねる。


「それは問題ありません。冒険者であろうとなかろうと獣魔を狩ることは人族のためになることなので」


 なら最悪抹消されたとしても問題ないな。


「ほかに疑問点は?」


 ないことを告げると、悪役受付嬢は一応規則だからと言って冒険者とはなんぞや的な説明を始める。その大部分は以前フィアナから聞かされていたことなので復習的な意味合いが強く、必ず目を通しておくようにと冒険者ギルドの約款やっかんを渡されて説明は終わった。


「まずは4級を目指してください。ギルドが指定する獣魔を十匹倒せば達成です。では専属冒険者で登録しておきます」


 ごく自然な流れで専属冒険者登録をしようとする悪役受付嬢。

 俺は慌てて拒否した。


「は? フリー冒険者をご希望ですか? 先程の説明を聞いていましたよね? 専属冒険者でないと獣魔の買取価格が半分ですよ?」


 悪役受付嬢は意味が分からないとばかりにまくし立ててくる。そうは言われても俺としてはフリー冒険者以外の選択はない。


「ギルドの指示を受けたくないということですか? 専属冒険者である以上こちらの指示に従ってもらう場合は当然ありますが、実際そこまで負担になるものでもありませんよ?」

「つまり魔族の討伐をギルドは負担と考えていない、そういうことか?」


 質問を質問で返すと、悪役受付嬢はハトがハトポッポしたような表情を見せる。だがそれも束の間のことで、次に見せた表情は、顔面をひくひくさせながら目に涙を溜めるというものだった。


「ど、どした?」

「冒険者になったばかりのひよっこに魔族討伐? あはっ! あははははははっっっ! それってなんのギャグのつもり! なんなの! ねぇなんなの! 私を笑い死にさせるつもりなの!」


 ……なんだろう。

 腹を抱えて笑う悪役受付嬢にすごい既視感があるんですけど……。


「はぁはぁ……ひょっとしなくてもあなたプロね?」


 いや、なんのプロだよ。

 

「どうやら的外れな心配をしているようですけど、例外中の例外を除けば基本下っ端の専属冒険者にギルドが何かを命令することはほとんどありません。どうぞご安心ください」

「それは下っ端のときの話であって等級が上がればその限りじゃない、だろ?」

「おっしゃる通りですが本物の冒険者と認められる3級までたどりつけるのは二十人に一人くらいです」


 つまり3級以下は取るに足らない冒険者見習いいってことか。

 本物と認められる冒険者となる確率が5%というのは冒険者稼業も中々に厳しい世界だが、俺自身としては等級を上げることに興味はない。日銭と里に帰還するための情報が得られれば万年5級冒険者でも問題ないのだ。


「とにかくフリー冒険者で登録してくれ」


 俺の言葉に、悪役受付嬢は大いに眉をひそめた。


「随分と自信がおありなんですね」

「まぁそれなりには」

「ふーん……ではこれからの活躍に期待しています」


 言葉とは裏腹に、口調は全く期待していないことがわかるくらいには冷めていた。

 とにかくも無事登録を終えて帰ろうとした俺たちに、どういうわけか女騎士が行く手を遮るかのように立っている。


 ん?

 なんだ?


 俺が右に移動するとなぜか女騎士も同じ行動をとり、左に移動してもそれは変わらなかった。


「俺たちになにか用ですか?」


 そう話しかけても女騎士はだんまりを決め込んでいる。意味がわからず俺とフィアナは顔を見合わせた。


「……もしかしてさっき強引に割り込んだから怒ってるんじゃないですか」


 あっ。

 そんな耳元で話されると……。


「……コタロウさん、真面目に聞いてます?」

「聞いてる聞いてる。うん、きっとそれだ」


 俺は申し訳ないと平謝りしながら女騎士の脇を通り抜けようとしたところ、すれ違いざま女騎士は、俺から依頼書を奪い取った。


「ちょっ⁉」

「やはりリュウグウ花を取りに行くつもりか。では私も一緒に行こう」


 どしてそうなるん?

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