12話 小太郎、フリー冒険者になる①
魔王軍を蹴散らしてから二日、俺は約束した報酬の受け取りと猪助のやらかしをリカバリーするため、ロックバード砦に再び足を運んでいた。
最悪リーンウィル王国が敵になることも覚悟していたわけだが──。
「ブラックシャドウ殿のおかげで我が国は今しばらく生きながらえることができました。心より感謝申し上げます」
ジェスター王の代理として対応にあたった宰相さんがかなりできた人物のようで、猪助を怒らせたことの謝罪を会って早々に告げられると、こちらが拍子抜けするほどあっさり金を渡してきた。
そんなこんなで自宅(廃村)に戻った俺は、
「さて、これからどうするか……」
しばらく思案したのち、時間となったので事前の打ち合わせ通り四人が来るのを待つ。普段は遅刻常習犯なくせに銭の力とはまっこと恐ろしきもの。今日に限っては一秒たりとも遅れることはなかった。
「金は全額受け取った」
わくわくを百倍にして待つ四人に対して、俺はフリー冒険者になることを宣言し、同時に四人にも働くよう命令した。
「……小太郎様、熱でもあるの?」
「熱はないな」
「腹を下したとか?」
「腹も下してないな」
「フィアナに振られたんすね……」
「振られた前提で話を進めるのはやめろ」
「フォッフォッフォ」
「だからわからんて。もう一度言うがお前たちにはしっかり働いてもらう。これは頭領としての至上命令だ」
予想通り大金が目の前にあるのになぜに働かねばならんのだと、社会不適合者予備軍からブーイングの嵐を受けたが、俺には拒絶するに正当な理由が二つある。
1)社会不適合者予備軍がもれなく社会不適合者にクラスアップしてしまう。
2)そもそも貰った金が使えない。
1については今さらなのであえて言及するまでもないだろう。
2については一般には流通していない、上級貴族や大商人たちが大きな取引の際に使用するという〝ルーレシア金貨〟なるものを100枚渡されたのだ。
そう、1枚で1億だ。
その辺の飯屋で出したら、間違いなくニセ金扱いされるぞ。ブタ箱ルート待ったなしだ。
そこのところを説明すると、蓮華が小馬鹿にしたように笑った。
「それが理由? 馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ。ルーレシア金貨が通用する店で使えばそれで済む話じゃない」
「そっすね、貴族が通うような店なら多分使えるんじゃないっすか?」
猪助がここぞとばかりに蓮華の援護射撃をしてくる。
「なら使えたとしてだ。店を貸し切りにして腹がちぎれるまで飲み食いしたって1億の前ではたかが知れてる」
万が一お釣りが出ませんなんて言われた日には目も当てられない。
釣りはいらないぜ、なんてブルジョワ御用達のセリフが言える額でもないしな。
「たかが知れていても使えるなら構わんでしょう」
段蔵がわけもなくそう言った。
はぁ……ほんとこいつらはなーんもわかっとらん。
「いいか、そもそも上級貴族にも大商人も見えない俺たちがルーレシア金貨を使ってみろ。確実に出所を疑われるに決まっている」
「若様もおかしなことを気にするんすね。その金は魔王軍を排除して得たまっとうな金です。堂々としてればいいんすよ」
猪助の主張は正しい。だが、正しいことが常にまかり通るほど世界は甘くないことも俺たちは知ってる。
「堂々としてたって色眼鏡で見てくる奴は一定数する。情報が漏れたら最後、野盗に狙われるのが落ちだ」
「ちょっとそれ本気で言ってるの? 野盗ごときがあたしたちに何ができるっていうのよ」
蓮華が呆れてそう言うのもわかるし、俺だって野盗風情にどうこうされるとは思ってない。
「つまりだな、俺が言いたいのはまだ異世界に来てから一週間かそこらだろ? 生活の基盤がしっかり整うまでは余計な波風を立てなくないってことだ」
言うと蓮華はバンッと床を叩いた。その勢いで目の前の湯呑が跳ね、狙いすましたかのように俺の太ももを濡らした。
「お茶がかかったじゃない!」
いや、それ俺のセリフ。
「分け前はちゃんと渡すって言ったこと、忘れたとは言わさないわよ!」
俺は幻爺から渡された手拭いで太ももをフキフキしながら、
「もちろん覚えているしちゃんと渡すぞ」
「なら──」
「だがすぐに渡すとは言ってない」
蓮華は一瞬呆気に取られたような顔で俺を見つめ、
「姑息! あまりにも姑息すぎて引くわー!」
忍びが姑息な手を使って何が悪い。むしろ褒め言葉だ。
「生活の基盤が整えばくれるんすね?」
俺の目をジッと見つめながら猪助が言う。
「風魔小太郎の名にかけて約束しよう」
「なら俺は若様の命令に従うっす」
蓮華と段蔵がまるで得体の知れない何かを見たような目で猪助を見た。
「正気……なの?」
「正気……か?」
「いたって正気っすよ。というか蓮華ねえも段蔵さんも異世界に来てから羽目を外しすぎかと。あと若様を軽視しすぎるのも問題っす。頭領の命令は絶対。異世界に来たからって忘れたわけじゃないっすよね?」
「「ぐぬぬ……」」
「フォッフォッフォ」
苦々しい顔をする蓮華と段蔵を横目に、俺は猪助にアイコンタクトを送る。
そう、この事態を想定していた俺は、あらかじめ猪助に金を握らせ、密かに懐柔していたのだ。
一番年下の猪助が大人の対応を示したことで、さすがにこれ以上の反論はできなかったのだろう。二人は渋々ながらも了承した。
まぁ現時点で一番羽目を外しているのはほかの誰でもない猪助なんだけど……。
「ところでなんで若様は冒険者の仕事を選んだんすか? 目立つから駄目みたいなことを前に言ってましたよね」
「それは高い報酬が設定された獣魔の話しな。駆け出しの冒険者が狩るような獣魔なら報酬もそれに見合ったものだろうし目立たないから問題ない」
「なるほど」
「冒険者を選んだ一番の理由は依頼をこなしていけば横のつながりもできて色んな情報が手に入ると思ったからだ。もしかしたら里に帰れる方法が見つかるかもしれないだろ?」
「ほぇぇ。先々のことをちゃんと考えてるんすね」
「当たり前だ」
頭領として部下を里に返す責任がある。
異世界漫画の主人公たちのように『あんなに強い獣魔をあっさり倒すなんて凄すぎる! 好き♡』なんて脳死まっしぐらな告白をされたいわけじゃないことだけはここに明記しておこう。
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翌日、俺はフィアナを連れてミザリの街に向かっていた。
フィアナはどこで拾ってきたのか子犬と遊んでいる幻爺を横目に、『私に何か仕事をください。さすがに三食昼寝付きは心苦しいです』と懇願されたので、思案した俺は、アドバイザー兼ナビゲーター役をフィアナにお願いした。
森を抜けると、やがて街全体をカバーする外壁が見えてくる。
「この街が未だに無事なのは高い壁に守られていることが大きいと思います。ただ獣魔は別にしても魔族が本気でこの街を潰しにきたらどこまで通じるかわかりませんけど……」
フィアナの言葉に耳を傾けながら外門を抜けて商店街を歩いていると、足を向けて寝られないほど迷惑をかけた【俺の飯屋】の前に人だかりができていた。
なんだか嫌な予感がする……。
「▢ちいのさあけええ△※○◇✕~」
「もう何言ってるか全然わからないんですけどおおおおお! それショットグラスじゃなくてただの椅子だからあああ! もう最高すぎる!」
必死で椅子をちゅぱちゅぱする屈強な大男を前に、涙目でヒーヒー言いながらテーブルを叩いている蓮華を目にし、俺はその場をそっと離れた。
「あ、あはは。レンカさんとっても楽しそうでしたね」
「え? 蓮華がいたのか?」
「え? レンカさんでしたよね? 髪を下ろしていたのでパッと見はわかりずらいですけど間違いなくレンカさんでした」
「そうかなぁ。他人の空似だと俺は思うけど」
「はぁ……」
困惑するフィアナ。
商店街を抜けて中心街に足を踏み入れると、
「コタロウさん、あの人って……」
フィアナの視線の先、ド派手な看板を掲げた店の軒下では──。
「お兄さん、ほんとに可愛いロリッ子がいるの~?」
「くくくっ。こう見えても俺たちは王都からやってきたロリッ子のプロ。そんじょそこらのロリッ子じゃビクともしないぜ~」
「うちほど粒ぞろいなロリッ子店はほかにないっす。なにせ元常連NO1の俺が言うんだから間違いないっす。しかも今なら1時間3000ルーラポッキリっす」
そこにはどぎついピンクのはちまきとハッピを着た猪助が、太陽が明るいうちからだらしなく鼻の下を伸ばしているおっさん連中を勧誘していた。
あいつ、客から店員にジョブチェンジしちまったのか⁉
どんだけロリッ子推してるんだよ!
生活費を稼ぐこと以上に忍びが忍ぶためにも表向きの仕事は必須。仕事もせず真昼間から知らん男と飲み比べをしている蓮華と比べればちゃんと仕事をしている分だけはるかにましだし、職種は問わないとも言ったが……。
「知り合い?」
「え? あれってイノスケさんだと思うんですけど……」
「気のせいだろう」
「そうでしょうか……?」
フィアナはジーッと猪助を見ているが、俺はそれを無視してどんどん先に進み、冒険者ギルドの扉を開く。
相変わらずここは閑散としてるな……。
前回同様カウンターには受付嬢が一人しかいなかったが、前回と違うのは最初に街に来たときにすれ違った女騎士が知らない受付嬢と口論していることだった。
二人は一瞬こちらを見るも、すぐに口論を再開していた。
「なんだか大分もめてるみたいですね。止めに入るべきでしょうか」
いや、どんだけチャレンジャーなんだよ。
いきなり事情の知らない人間が割って入っても相手を苛正せるだけ。百害あって百害しかない。ようするに単なる自己満で終わる可能性が高いのだ。だから俺は素知らぬ振りをする。
決してあの女騎士が怖いわけじゃないからな!
気にするフィアナを横目に、俺は依頼内容が張り出された掲示板に早速目を通す。
マルタ村を壊滅した夜眼白狼の群れを討伐してほしい。報酬──700万ルーラ。
エクボ村を壊滅したつがいの一角獣を討伐してほしい。報酬──1500万ルーラ。
ジェンタリスの街を壊滅した千鬼王を討伐してほしい。報酬──3000万ルーラ。
おいおい、ここは修羅の国かよ。
なんにしてもこんな高額報酬の依頼を受けた日には目立ちまくりだ。
「やっぱ最初は無難に薬草採取だよな……」
そう呟く俺に、フィアナが驚いた様子で話しかけてきた。
「コタロウさんって薬師だったんですか?」
「え? 薬師じゃないけど。もしかして薬師じゃないと薬草採取って駄目なのか?」
異世界によってはそういうルールもあったりする。
もちろん異世界漫画の知識だ。
「絶対に駄目ってことはないですけど、ただ薬草採取には専門知識が必要不可欠なので」
「専門知識か……」
言われてみれば確かにそうだよな。薬の素になるんだから知識そのものがなければ雑草と薬草の区別すらつくわけもない。
誰だ、薬草採取は簡単なお仕事ですなんて広めたやつは。
──ん? まてよ。
これはひょっとしてフラグが立ったってやつじゃないのか?
「フハハハハッ! 我が意に応えよ! ステータス・オープン!」
俺はどや顔で左手を突き出したポーズで唱えるも、空中にステータス画面が浮かび上がることはなかった。
わかる、俺にもわかるぞ。
フィアナがドン引きしていることが。
「……ええと、今のって何かのおまじないだったりします?」
困ったように尋ねてくるフィアナが、俺との距離を微妙にとったその姿が、ピュアなマイハートをえぐりにえぐっていく。
俺は震え声で、
「今のは見なかったことでお願いします」
「あ、はい……」
あらためて依頼を物色していると、獣魔討伐はもちろんそれ以上に薬草採取の依頼が多いことに気づき、フィアナに聞いてみた。
「薬草採取の依頼って普段からこんなにあるもんなの?」
「普通はないと思います。ですが今は普通の状況ではありませんので……」
薬師と冒険者は通常セットで考えるらしい。どういうことかというと、腕に覚えのある薬師なんてそうそういない。獣魔から身を守るためには冒険者の護衛が必須というわけだ。
問題なのはベテラン冒険者の多くが魔族によって殺されたため、薬師は薬草採取に行くことができず、結果今の状況を招いていることにある。
「つまり需要に供給が追いついていないってことか。薬草採取なのにやたらと報酬が高いのも納得できるな」
何かを考えるように掲示板をジッと見つめていたフィアナが、
「コタロウさん、薬草採取の依頼を受けましょう」
「受けましょうって、今から薬師を探して雇うのか?」
風魔の里にくる依頼の半分は護衛任務だったのでこの点は問題ない。仮に薬師と報酬を半分に分け合ったとしても、十分手元に残るくらいの金額がどの依頼書にも明記されている。拒否する理由はなかった。
「薬師ならもうここにいます」
「え?」
突然意味不明なことを言いだすフィアナ。周囲を見回すも相変わらず受付嬢と女騎士が口論しているだけでほかに人はいなかった。
「どこにいるんだ?」
「コタロウさんの目の前にいます」
言ってフィアナはにこりと笑った。