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11話 猪助、ニヨニヨする

「いやいや、ちょっと待て。色々とおかしすぎるだろ。どこをどうしたら10億が100億って話になるんだ? ちゃんとわかるように説明してくれ」

「えっと……つまりこういうことっす」


 猪助の説明によれば、交渉相手である王がかなりムカつく対応をしてきたらしく、頭に血が上った猪助は要求金額を勝手に爆上げした、というのが事の顛末らしい。

 段蔵の危惧していたことが斜め上過ぎる形で現実になったということだ。


「へー、やるじゃん猪助。正直小太郎様が猪助を交渉役に送り込むって言ったときは、どうせ値切りに値切られて半べそで帰ってくると思ってたのに。少なくてもその話で半年は猪助をおもちゃにできると思ったのに」


 こいつ性格悪すぎだろ。

 段蔵はいいように解釈していたからあのときは反論しなかったけど、猪助を交渉役として送り込んだのは単なる消去法の結果に過ぎない。


 段蔵はその豪快な性格から、そもそも交渉事には向いていない。

 蓮華は最悪全員の首をすっ飛ばして帰ってくる可能性がある。

 幻爺に至っては会話すらままならない。


 あらためて思うとなんで俺の周りにはこう癖の強い奴ばかりなんだ? せめて蓮華じゃなくさくら子みたいな控えめで優しいくノ一ならよかったのに……。


「──おい、今異世界に召喚されたのがあたしじゃなくさくら子だったらよかったのにとか思っただろ?」

「思ってない」

「絶対に思ったよな?」

「絶対に思ってなかとです」

「ならおっぱいもますぞ!」

「それだけは勘弁してください!」


 蓮華のおっぱいは特級呪物

 蓮華のおっぱいは特級呪物。

 大事なことなので二度言いました。


「それにしても100億か。こりゃもう酒が飲み放題なんてレベルじゃないぜ。いの、大金星だぞ」

「そうね、猪助にしては上出来よ。最近任務続きで肌が荒れ気味だしこの異世界に最高級エステってあるかしら? しっかり情報収集してきちゃおうかな~♡」」

「フォッフォッフォ」


 滅多に人を褒めることのない蓮華と段蔵が猪助を褒めるという、一生に一度見れるかどうかの現象が目の前で繰り広げられていた。

 背が低い幻爺は猪助の頭を撫でたくても届かないようで、代わりにお尻をなでなでしている。

 そして、当の猪助も覆面越しでもわかるくらいには口をニヨニヨさせていた。

 猪助がやらかした失態を、事の重大さをまるで認識していないことが実によくわかる光景だ。

 

「お前たちはなーんもわかっとらん」


 言えば案の定、四人は何が? と言わんばかりの目を俺に向けてきた。


「わからないか? なら懇切丁寧に教えてやろう。猪助が喧嘩上等の交渉をしたおかげで俺たちはこの国から目を付けられた。もちろん悪い意味でだ」


 四人はふんふんとうなずきながら目だけで話の続きを促してくる。

 こいつらマジか……。


「王が怒りまくってたんだろ? もし俺たちの素性がばれたらいつ寝首をかかれたっておかしくない」

「一応身辺を探るなと釘を刺しておいたからその心配はないと思うっす」


 頭に血が上っていても、言うべきことはしっかり言ってるってわけか。

 だがしかし、


「今はそうだとしても将来的にはどうだ? 俺たちを危険分子と判断したら刺客を放ってくるかもしれない。すでに危険分子と判断しているかもな」

「若、こういっちゃなんですが刺客を差し向けられたところで俺たちをどうこうできるとはとても思えませんぜ」


 呆れたような段蔵の言葉に、蓮華はうんうんとうなずく。


「こればっかりは段蔵の言う通りね。助けてあげた恩も忘れてちょっかいを出してくるつもりならそれ相応の罰は受けてもらうわ」


 あとでわかったことだが段蔵が仕留めた甲殻蟲は、手練れの3級冒険者がそれこそ数人がかりで対処する獣魔だった。猪助が仕留めた魔将バルガに至ってはもはや言わずもがな。

 二人がそう判断するのもわかる話ではある。

 だがここは異世界。

 必ずお約束イベントが待ち構えているはずだ。

 

「確かに現時点では俺たちと互角に渡り合えそうな奴はいない。そう油断しているときにこそ強い奴が突然やって来たりするんだよ。雑魚を倒したくらいで調子に乗るなとか言ってさ」

「え~強いやつぅ~?」


 蓮華が半笑いでそう言えば、


「むしろ望むところですぜ」


 段蔵が不敵に笑い、

 

「若様、心なしか楽しそうっすね」


 猪助が探るような目を向けて言う。


 楽しいかどうかは別として、昔からあるコテコテなセリフらしいから一回は生で聞いてみたい。そう、一回でいいのだ。

 強敵→さらなる強敵→さらなるさらなる強敵みたいな無限インフレバトルなんてものを俺はこれっぽっちも望んじゃいない。面倒なだけだし。

 だが悲しいかな、インフレバトルはお約束であり鉄板と言っても過言ではない。この異世界だけが例外なんてことはあり得ないだろう。

 

「まぁここまでは単なる前振りで本題はここからだ。俺たちがもっとも恐れなきゃいけないことは俺たち自身が賞金首になること。これに尽きる。賞金首になったらどういう結果を生むか、わかる者は挙手」


 真っ先に手を上げたのは猪助だった。


「間違いなく賞金欲しさに命知らずの馬鹿がやって来るっす」


 猪助の言ってることは正しい。

 だが俺は否定する。


「それは大した問題じゃない」

「どういうことっすか?」

「そんなこともわからないの? 二度と馬鹿が出ないよう大々的に血祭りにあげればそれですむ話だからに決まってるじゃない」


 とてもバーサーカーなことを言う蓮華。

 さくら子でなかったことが本当に悔やまれる。


「問題はもっと深刻だ。俺たちが賞金首になった場合、もれなく店の出入りができなくなる」


 少なくとも俺が出入りする店全てに手配書が貼られている。そこに俺たちの手配書があらたに加わるということだ。

 

「それってつまり……酒が買えなくなるってことですか?」

「そうだ」

「最高級エステも?」

「もちろん」

「フォッフォッフォ?」

「もち、ろん?」

「もしかしてファッション喫茶【このロリコンどもめっ!】も出禁になるんすか⁉️ それは絶対に困るっす!」

「うんうん、ファッション喫茶このロリコンどもめっ! も……ってお前、まさかその喫茶もどきに金を突っ込んだわけじゃないよな……?」


 恐る恐る尋ねる俺に、猪助は神に祈るようなポーズでのたまう。


「尊き推しにお布施する。これは崇高な行いであります」


 ここで俺は思い出す。

 猪助が里のアイドル的存在だった小町ちゃんお手製グッズに湯水のごとく金を使っていたことを。そして、小町ちゃんが陰で札束を軽妙に弾きながら邪神のような笑みを浮かべていたことも。

 小町ちゃん普通に怖すぎるでしょ。


 ようやく事の重大さが四人に伝わったらしく、蓮華が猪助の胸倉をねじり上げるようにして掴んだ。


「あんたのヘマのせいであたしたちが賞金首になったら100億あったところで最高級エステに通えないし最高級ご飯も食べられなくなるじゃない! この落とし前どうつけてくれるのよ!」

「不可抗力! これは完全なる不可抗力っす! せめてそうなってから文句を言ってほしいっす!」

「バカなの? ねぇおバカさんなの? そうなってからじゃ遅いって言ってるのよ!」


 いい感じにキュッと首を締められ、ついでに関節技まで極められた猪助が必死に俺に助けを求めてくるが、ある意味自業自得なので放っておく。


「若、こうなった以上は腹を(くく)って国盗りするしかありませんぜ。そうすりゃ問題も一気に解決だ」

「だから何度も言わせるなよ。国盗りなんか絶対しないって」


 隙あらばみたいな感じで話を振るな。

 まったくこれだからバーサーカーは……。


 段蔵は気軽に国を盗れと言うが、国を盗るということはすなわち(まつりごと)中枢(ちゅうすう)に関わるということ。ただの忍びにそんな真似ができるはずもなく、またそんな器でもない。誰よりも自分自身がよく知っている。


「若はどうも難しく考えていけねぇ。先代様を少しは見習うべきだ」


 思いがけない段蔵の言葉に、俺は自然と眉根を寄せる。


「よりにもよって親父殿かよ。あれのどこに見習う要素があるんだ?」

「前々から思っていましたが若は先代様を軽く見ているところがあるようで」

「隙あれば女中の尻を追いかけ回している親父殿をどう重く見ろっていうんだ。無茶言うなよ」

「若はかつての先代様を知らない。だからそんな軽口が叩ける」


 でたよ、かつてはすごかった発言。かつてのことなんて知らんわ。大事なのは今であって過去じゃない。

 どうせ俺が消えたことも大して気に留めず、きっと今も犯罪者まっしぐらな顔で女中を追いかけ回しているに違いない。


「少なくても俺の知る親父殿は昔からあんなんだ」

「それでもやるときはちゃんとやりますよ」

「そこまで言うなら教えてくれ。たとえばどんなときよ?」


 万が一にもやるときがあるのなら、是非後学のために聞いてみたいものだ。


「いつだったか里が襲われたことがあったでしょう」


 今から五年前。

 上忍と中忍のほとんどが任務で出払っているときを狙いすましたかのように、里が急襲されるという事件があった。襲ってきた相手はありとあらゆるブラックマーケットに干渉する死の商人ゼダン。そのゼダン子飼いの特殊傭兵部隊、通称ラプラス。

 急報を受けた俺が急いで里に戻ると、うず高く積まれた死体の上で親父はぷかりと煙管(きせる)をふかしていた。


「や、里が襲われて呑気してるやつなんて普通いないから」

「それでも先代様が里に残っていたからこそ一人の死者も出さずに済んだ。違いますか?」


 ラプラスの死体の中に、何度かやり合った顔もちらほらあった。そりゃまぁ親父がいなかったらやばかったかもな。


「今のあれはまぁ俗にいう世を忍ぶ仮の姿ってやつです。ある意味誰よりも忍びの本道を行ってますよ、あのお方は」

「忍びの本道ねぇ……」


 そう言われても、思い浮かぶのは放送コードに引っかかる親父の顔だけ。本当にそれだけだ。


 段蔵が俺を諭すように言う。


「政なんていう小難しいことはそれこそ伊織いおりのような堅物に任せておけばいいんです。こんな国でも探せば優秀な文官のひとりやふたり見つかるでしょう。頭領に必要な資質は決断力と行動力と武力、たったそれだけです」


 たったそれだけって三つもあるじゃん!

 国盗りの話は置いとくとして、猪助のおかげでリーンウィル王国との関係は最悪なものになったのは間違いないだろう。

 はっきり言ってこの先不安しかないんだが……。


 俺が深い溜息を盛大に垂れ流していると、蓮華が会話に混ざってきた。


「ねぇねぇ、先代様が無類の女好きっていうのはよく聞くんだけど、なぜかあたしには指一本触れてこなかったのよねー。あたしが可憐なくノ一だからって遠慮しちゃったのかしら? 先代様ならおっぱいくらい触らせてあげるのに」


 可憐なくノ一はおっぱいを触らせるなんて言わないし、仲間に関節技を決めて気絶させたりもしない。


「綺麗な薔薇には棘があるって言うからな」


 段蔵がしたり顔で言い、蓮華はまんざらでもなさそうな表情をしていた。

 親父が蓮華に手を出さなかった理由は単に命を惜しんだだけ。そんなことを口にしようものならもれなくガブリと噛みつかれてしまう。ここは黙ってスルーしておくのが大人の対応というもの。


 とにかく部下のやらかしは頭領たる俺の責任。

 金の受け取りは俺が行ってリカバリーしますか。


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