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1話 小太郎と愉快なバーサーカーたち

「ウルガよ、これは一体どういうことだ?」

「わたしにも何が何やらわかりかねる状況でして……」

「それが貴様の最後の言葉ということでよいのだな?」

「さ、早急に原因を調べます!」


 不測の事態に遭遇……。


 情報収集を開始。


 身体の異常──見当たらず。


 退路──目視で確認できるのは背後の扉のみ。


 壁一面に血のような赤い模様が広がり、天井からは鋭い針のような装飾が吊り下がっている、まるで血の祭壇のような部屋。正面、そして左右には異形な仮面を身に着けた者たちが多数。

 置かれた状況、相手の言動から90%の確率で異世界召喚であることを確認。


「──ダ、ダーナ様、確認したところ術式に不備はありませんでした。復活のための〝にえ〟も十分に足りていましたので……」


 声を震わせるウルガの言葉がそれ以上続くことはなかった。壇上からごろごろと転げ落ちる首。立ち並ぶ異形者たちは拳をギュッと握りしめ、息を殺して静まり返っている。

 腕を軽く横に振っただけでそれを成した者と俺は目が合った。


「吐いて捨てるほど存在しているとはいえ、それなりに苦労して集めた贄を使って召喚したのがよりにもよって同じ贄、しかも〝魔なし〟とはな。この失態、ゼブル様にどう申し開きせよというのだ。──珍妙な衣服を身につけた贄以下のゴミ屑共よ、この場で選べ。今殺されるか、それとも十秒後に殺されるか」


 誰だよ、異世界に召喚されたらそれだけで勝ち組だなんて言ったやつは。スタート直後から目も当てられないことになってるぞ。

 と、いくら嘆いたところで状況が変わるはずもなく、会話の内容からして相手も想定外の状況に置かれていることはわかる。

 ……うん、ここは少しでも会話を長引かして情報を引き出すのが今打てる最善の手。ならば彼女に出張ってもらうのが最適解だろう。


 俺は隣に立つスラリと背の高いポニーテールのくノ一、情報収集のスペシャリストである蓮華れんかに視線のみでこちらの意思を伝えると、彼女は自信満々にうなずいてみせた。


 さすがは持つべきものは幼馴染。

 そう思った矢先、


「なにっ……⁉」

「ちょっ⁉ 情報収──」


 壇上から軽快に転げ落ちる新たな首を呆然と見つめていると、ヒヒイロカネで作られた円月刀(えんげつとう)を握る蓮香がひらりと俺の前に舞い降りる。

 俺は円月刀からポタポタと滴り落ちる紫色の血を見つめながら、


「……どして殺してしまうん?」

「え? どうしてって小太郎様の命令に従ったまでだけど」


 首をこてんと傾け、不思議そうに言う蓮華。

 俺がいつそんな命令をしたんだよ!


 気づけば周囲にいた異形たちももれなく絶命し、一息でそれを成した背後の男たち──段蔵(だんぞう)猪助(いのすけ)に対し俺は立て続けに問う。


「勘違いだったらゴメンね。僕、君たちにはなにも命令してないよね?」


 尋ねると段蔵は胸を張って威圧的に言い放った。


「何年若と行動を共にしていると思っているんですか。この段蔵、若の心情など手に取るようにわかりますとも。ええ、ええ」


 いや、わかっていないから聞いてるんだけど……。


 困惑している俺に、猪助がもっともだと言わんばかりにうなずく。


「そもそも若様に向かって殺すなんて大言壮語を吐くやからを生かしておく理由なんてどこにもないっす。しかしこいつら一体何者なんすか。恰好からしてラプラスの刺客って風にも見えないし」

「いのにはこいつらの正体がわからんか」

「そう言う段蔵さんはわかるんすか?」

「もちろんだ。こいつらをよく見てみろ。どいつもこいつもふざけた仮面で顔を隠しちゃいるが、頭に角を生やしているだろ? 肌も青いし間違いなく鬼だ」

「鬼? 戦国時代にはうじゃうじゃいたっていうあの鬼っすか? じゃあ俺たちは鬼退治をしたってことっすか。へへっ。なんだか令和の桃太郎って感じっすね」


 とても呑気で的外れな会話に興じている二人と、褒めてもらいたそうにぴょこぴょこと頭を突き出してくる蓮華を背に、俺はそっと部屋を後にし……。


「は? なんであいつらそろいもそろってバーサーカーなわけ? まずはこの異常な状況を少しは疑問に思うのが普通でしょ! 俺たちはついさっきまで修練場にいたんだぞ! なにが令和の桃太郎だよ! こういうときこそ情報を集めるのが鉄則でしょうに、なにいきなり殺っちゃってくれてるのさ!」


 頭を抱える俺の肩に優しく手が置かれる。振り返るとそこには優しい眼差しを浮かべた幻爺(げんじい)の姿。


「げんじいぃぃ!」

「フォッフォッフォ」


 うんそうだよね。

 わかってた。

 幻爺って昔っからフォッフォッフォしか言わないし。



「99%の確率でここは異世界だと思う」

「「「異世界?」」」


 にこにこしている幻爺を除いた三人が一斉に首を傾げる。

 うん、まぁその反応は当然だよね。


 風魔の隠れ里において娯楽の類は極端に制限されている。風魔の里の生き字引である達磨(だるま)仙人曰く、現代の娯楽は魅力がありすぎていかな忍びといえども精神支配されてしまう恐れがあるからとかなんとか。

 現代人の必需品であるスマホは全員所持していても、通話とメール機能のみに限定されたカスタムスマホだ。それってもうガラケーだよね?

 当然異世界召喚なんて知識がこの四人にあるはずもなく……。


 俺は部下たちに異世界召喚の何たるかをわかりやすく語って聞かせることにした──。


「──日本でも地球でもない、全く異なる別の世界……ちょっとまって。それが本当なら大変なことじゃない」


 深刻な表情を見せる蓮華。

 ようやく蓮華も事の重大さに気づいてくれたか。

 そう俺が思ったのも束の間、


「この世界にコスメ用品ってあるわよね? 一日でも手を抜くとお肌の質を取り戻すのに最低でも一ヶ月はかかるんだけど」


 そっち⁉


「ほえぇ。そんなおとぎ話のような世界が実際にあるんすか。なんだか面白そうっすね」

「正直殺伐とした今の生活に飽き飽きしていたんだ。大体生活に潤いってものが足りなさすぎるんだよ。ここが異世界っていうなら当然小うるさいジジイ共もいない。いのの言う通り面白くはなりそうだ。あ、幻爺は人畜無害だからノーカンな」

「フォッフォッフォ」


 異世界召喚されたというのに誰一人として動揺がないんだけど。

 まぁわかっちゃいたけどね……。


 幼少のころからどんな状況に置かれても動じない、はたから見ればアタオカな修行を散々やらされてきたので当たり前と言えば当たり前なんだけど。

 でもそれと今の状況に危機感がないのは全く別の話だ。


 俺はことさらに厳しい表情を作り、四人に警告を促す。


「深刻さがいまいち足りてないようだから絶望的なことを言うけど、俺たちはもう日本に、風魔の里に戻ることができない可能性が高い。なぜなら命令もしてないのにどこかの誰かさんたちが情報源を殺しちゃったから。殺し尽くしちゃったから。もしかしたら帰る方法を知っていたかもしれないとっても貴重な情報源を」


 俺が蓮華、段蔵、猪助と立て続けに睨みつければ、三人は申し合わせたようにフイと目をそらす。

 幻爺は豊かな白髭を撫でつけながら、


「フォッフォッフォ」

「幻爺、今は割と真面目な話をしているから話の腰を折らないでね」

「フォッフォッフォ」


 駄目だこりゃ。

 俺が内心で溜息を吐いていると、蓮華がピッと手を上げた。


「はい、そこの蓮華さん」


「あたしたちを召喚っていうの? それができるのがあいつらだけって考えるのは早計なんじゃない? 要するにあいつらが言っていた術式? っていうのがわかれば日本に帰れるんじゃないの?」


 なるほど、蓮華の言うことも一理ある。

 だが──。


「たとえわかったとしても簡単に日本に帰れるとは思わないほうがいい」

「どうして?」

「多分術式だけだと不十分だからだ。女神様や国が魔王に対抗するため異世界の人間を召喚するのが本来のお約束のはずなんだけど、なぜか俺たちは敵側に召喚された。ここまではいいか?」


 蓮華は数度目を瞬かせたのち、コクコクとうなずく。

 段蔵と猪助も真顔でうなずいてみせる。


 本当にわかってるのかなー。

 ニコニコと笑顔を絶やさない幻爺を横目に俺は話を続けていく。


「俺たちを召喚するために必要だったらしい贄というのが人間のことを指しているのなら、帰還のためにも贄が必要と考えるのはそうズレてない考えだと思う。蓮華が殺ったあの中ボスっぽい奴は少なくない贄を集めたと言っていた。つまり俺たちが帰還するために無関係なこの世界の人間を殺す必要があるかもしれないってことだ」


 蓮華が困ったような仕草で、


「さすがに無関係な人を殺すのはちょっと、ね……」

 

 忍びは必要であれば嘘もつくし卑怯な真似だって平然と、それこそ息を吐くようにこなす。それは忍びのさがと言ってもいい。

 しかし、無関係な一般人を己の益のために殺めてしまえばそれはもはや忍びでなく外道のたぐいとなってしまう。

 

「もちろん術式も贄も不要で簡単に帰れる可能性もゼロじゃない。だけど俺の知る限り帰還するための道のりは非情に困難なことが多かったりする」


 俺が説明を終えると蓮華はあからさまに口を尖らせ、


「そういう事情なら最初からそう命じてくれればいくらでもやりようはあったのに」

「命じたよね⁉ や、確かに口には出してないけどさ」

「あたしには即刻殺れとの命令にしか見えなかった!」


 そう言われたら返す言葉もない。

 明確に指示を出さなかった俺も悪いし。

 終わったことをくちゅくちゅ言ったところで情報源が生き返るわけでもないしね。


 不毛な会話を打ち切ると、蓮華が不思議そうに尋ねてきた。


「ところでさ。どうして小太郎様はここが異世界だとすぐに認識できたの? それに話を聞いていると異世界のこともそれなりに知っているような口ぶりだし」

「あ~、俺も話を聞いててそれは思ったっすね」

「ま、当然の疑問だわな」

「フォッフォッフォ」

「ええと、それは……」

「「「それは?」」」


 興味津々といったみんなの目が俺に降り注がれる。

 い、言えない。訳知り顔で語っておいて今さら情報源が禁書(異世界漫画)だったなんて。ほかにも現実が俺に厳しすぎるから隠れて色んな娯楽に手を出していたことが部下に知られた日には……。

 だってしょうがないじゃん。頭領には頭領たる立ち振る舞いみたいのが求められるし、ストレス半端ないんだもん。

 

 俺はコホンと咳払いし、誤魔化すように話を続けた。


「と、とにかく俺たちはこの異世界のことについてまるで知らない。生まれたての小鹿ちゃんと一緒だ。ということで今は少しでも情報がほしい。まずはこの建物の状況を把握しようと思う。言うまでもないが奴らの仲間がいる可能性は十分にある。慎重に行動してくれ。奴らに出くわした場合は捕獲を最優先で。頼むからくれぐれも脊髄反射(せきずいはんしゃ)で殺らないように」


「さも俺たちを脳筋のようにいうのは心外ですな。あいつらが俺たちを殺す気満々だったから自衛手段をとったまでですぜ」


 段蔵が呆れたような顔で不満を表明すると、


「本当、段蔵さんの言う通りっす」


 言って猪助はフッと笑む。


 段蔵も猪助も得体の知れない異形共をノータイムで殺りに行ったよね?

 ゴリッゴリのバーサーカーじゃん。


「あたしは命令に従っただけだから野蛮な段蔵たちと一緒にしないでよね。あたしは情報収集が主任務のか弱いくノ一だもん♡」


 蓮華がそう言ってバチコーンとウインクしてくる。

 むしろ蓮華こそが一番のバーサーカー……。


「小太郎様、何かあたしに言いたいことがあるのかしら?」

「ありません」

「絶対にあるよね?」

「絶対になかとです」


 部屋を出てざっと建物の様子を確認したところ、地上三階、地下一階であることがわかった。


「それなりに広いが俺たちならそう時間もかからないと思う。蓮華は三階、段蔵は二階、猪助は地下室を調べてくれ。俺はこのまま一階を──」


 背中をちょんちょんと突かれて振り返れば、


「フォッフォッフォ」

「幻爺は俺と一緒に一階の探索な」

「フォッフォッフォ」


 探索を始めてから間もなくして、地下室担当の猪助から人を見つけたとの報告がもたらされた。


「ここっす」


 俺の目に映るのは、地下牢で鎖に繋がれて倒れているひとりの少女だった。



◆◆◆

小太郎 20歳

蓮華 23歳

段蔵 37歳

猪助 18歳

幻爺 ?歳

◆◆◆


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