特大ホーリースラッシュ
『転生大聖女の目覚め』コミック2巻発売中です!
サレンから川の浄化依頼を受けると、キュロス馬車に乗って王都の西に向かうことにした。
キューとロスカが走りガタゴトと馬車が揺れながら進んでいく。
王都を横断するように流れている川はいくつにも分離して、外へと流れている。
私たちはその内の西へと続いている川沿いを進んでいた。
「この辺りの川に瘴気は残ってないみたいだね」
「王都の近くだけあって、念入りに聖女が浄化したそうですから」
一応、見逃しがないか確かめる意味で視線をやっているが、瘴気の反応はない。
澄み切った水が流れていた。
この分なら王都の近郊は問題ないだろう。
「にしても、キューとロスカがご機嫌だね」
「久し振りに外で思いっきり走ることができて嬉しいのでしょう」
「「クエエエエッ!」」
手綱を持っているルーちゃんの言葉に同意するように元気良く鳴いた。
「そういえば、ウルガリンを奪還してから外に出ていなかったもんね」
王都の通りを歩くことや、小走りで駆け抜けることは少しあったが、その程度。
馬車を引っ張って走るのが大好きなキューとロスカからすれば、物足りなかったことだろう。
「ここ最近は王都での細々とした用事や事件がありましたから……」
確かに仕方ないともいえるが、それでも飼い主としっかり面倒を見る必要がある。
「ごめんね、キューとロスカ。これからは時間を見つけて、思いっきり走れるようにしてあげるから」
「「クエエエエッ!」」
私のそんな言葉を聞いて嬉しそうに羽を広げるキューとロスカ。
嬉しさのあまりスピードが上がって、馬車の進む速度が速くなる。
「……ソフィア様、キューとロスカに付与をかけていますか?」
「いや、かけてないよ。私もスピードの速さに驚いているところ」
今出ている速度は以前なら軽く付与をかけたスピードだ。
しかし、私が付与をかけていないのにも関わらず、それだけのスピードが出ている。
「ソフィア様の聖魔力の影響を受けて、身体能力も上がったのでしょうか?」
私の聖魔法を受け続けて体毛が翡翠色になるだけでなく、聖力も宿しているのだ。
それくらいの変化があってもおかしくはない。
「それはあり得るかも。後でエクレールに報告しておくよ」
私はキュロスの専門家ではないので、より深く知っている人に報告しておくに限る。
キューとロスカの身体能力が上がったことにより、私たちは予定よりも早く目的の川へとやってくることができた。
「あっ、この辺りから瘴気を感じるよ」
「……確かにありますね。私も感じ取ることができました」
私が察知してからしばらく経ってから、ルーちゃんも瘴気を感じ取ることができたようだ。
現段階では小さな汚染のため、それほど大きな変化は起きていない。
しかし、奥に向かうにつれて川の水が濁りを帯びていた。
「浄化されていきますか?」
「浄化しても上流から瘴気が流れてきそうだし、そっちを終わらせてからにするよ」
「かしこまりました」
ここだけを浄化しても、上に残っている瘴気が流れてくるだけだ。
だとしたら、元凶をしっかりと浄化してから叩いてやるのがいいだろう。
汚染されているとわかっていて放置するのが少しモヤッとしちゃうけど、スルーしてさらに奥へと進んでいく。
奥へ進んでくると段々と瘴気が強く感じられるようになり、川の色にも強い濁りが見えていた。
サレンの伝えてくれた瘴気の汚染度と同じくらいなので動揺することはなかった。
御者席から降りると、私たちは川沿いを歩く。
「この辺りに瘴気が溜まっているね」
「はい、ここが元凶と見て間違いないでしょう」
地下水道から流れた瘴気がこの辺りで溜まり、拡大しているのが私たちには感じられた。
つまり、ここさえ浄化してしまえば、これ以上瘴気が広がることはない。
「じゃあ、早速浄化――といきたいところだけど……」
「そうはさせてくれないみたいですね。魔物がやってきています」
そんな会話をしていると、川底から勢いよく顎が突き出された。
しかし、事前に気配を察知していた私とルーちゃんは余裕をもって跳び下がる。
私たちが川辺へと歩いていた頃から、それらはこちらへと近づいてきていた。
岸に上がってきた二体はアリゲーターというワニの魔物だ。
普通のワニであれば、体長は四メートルから六メートルくらいだが、アリゲーターは遥かにガタイがよく八メートルはあった。
人間なんて軽く丸呑みにできてしまうサイズだ。
通常のアリゲーターは灰色の体表をしているのだが、瘴気に汚染されているせいか変質し、体表が紫色に染まっていた。
奇襲に失敗した二体のアリゲーターは、顎を大きく開けながら威嚇してきている。
さらに川の中にはまだ何体も潜んでいるようだった。
「ルーちゃん、一人で大丈夫?」
「はい、この程度の相手であれば、私一人で問題ありません。手出しは無用でお願いします」
「わかった」
私の聖魔法による浄化で一発だが、今回はルーちゃんの新しい聖剣の試運転。
私が手を出しては意味がないだろう。
そういうわけで素直に頷いて任せることにした。
でも、心配だから即座に浄化を放てるように準備だけはしておこう。
後輩の心配するのは先輩の特権なのだ。
「では、行きます!」
鮮やかな動きで鞘から聖剣を抜くと、ルーちゃんは一直線に駆け出した。
それと共に右手に引っ提げた聖剣が翡翠色の輝きを放つ。
「『ホーリースラッシュ』」
刀身に宿った聖力が刃となって飛んでいく。
それは正面にいたアリゲーターを真っ二つに切り裂いた。
聖なる刃はそれで留まることなく、奥に潜んでいる二体のアリゲーターをも両断。
水が割れて、川底がパックリと見えていた。
「おおー! ルーちゃん、すごい!」
「えっ……?」
見事な威力に私は感激したが、本人は困惑している様子。
しかし、戦闘中ということもあってか、すぐに動揺を抑えたみたいだ。
アリゲーターの突撃をルーちゃんは躱す。
それを追撃するように大きな顎が迫りくるが、ルーちゃんは横側に回り込んで回避すると、そのまま聖剣を薙ぎ払った。
すると、すっぱりとアリゲーターの横っ腹に深い切り傷が入った。
さすがに通常の薙ぎ払いで一刀両断とはいかなかったが、傷はとても深い。
深手を負ったアリゲーターは機敏な動きをすることができず、すぐに頭を落とされた。
「ルーちゃん、すごいね!」
「……すごいのはこの聖剣ですよ」
自らの聖剣に戦慄した表情をしながらも、岸辺に上がってくるアリゲーターを迎い撃つルーちゃん。
迫りくる顎や鞭のようにしなる尻尾を華麗なステップで回避。
素早い足さばきで肉薄すると、次々とアリゲーターを斬り裂いていき、あっという間にアリゲーターの群れはいなくなった。
「ルーちゃん、まだいるよ!」
しかし、川に潜んでいたのはアリゲーターだけではなかった。
川から大きな蟹の魔物が上がってくる。
「鎧蟹ですか……」
大きな岩を彷彿とさせる甲殻を身に纏っており、腕には強靭な鋏がついていた。
鎧蟹は機敏な動きで前進すると、巨大な鋏を振り上げた。
巨大な質量を持ったハンマーの如き一撃。
「通常であれば、関節を狙って切り崩すのが定石。ですが、ソフィア様に作って頂いた聖剣ならば……っ!」
その一撃を躱すと、ルーちゃんは聖剣に聖力を込めた。
刀身が淡い翡翠色の光に包まれ、堅牢な鎧を纏った鎧蟹を両断した。
口から泡を吹き出しながら崩れ落ちる鎧蟹。
そして、周囲から完全に魔物の気配がなくなったところで、ルーちゃんは息を吐いた。
「まさか、鎧蟹まで両断できるとは……」
「どう? どう? 新しい聖剣は!」
「素晴らしいというか、凄まじいです。まさか、これほどとは……」
「私とデクラトスが気合いを入れて作った聖剣だからね! そこらの聖剣になんか負けないよ!」
胸を張ってどうよとばかりに言うと、ルーちゃんはクスリと笑った。
「ありがとうございます、ソフィア様。この剣を持つのに相応しくなれるように精進いたします」
「そんな……ルーちゃんが剣に劣っているようなことはないと思うけど……」
いくら素晴らしい武器を持とうが、それを使いこなせるだけの技量がなければ意味がない。
決して聖剣だけが凄いわけではないと思うのだけど。
「お気持ちは嬉しいですが、私はまだまだですよ。現状に満足しているだけでは成長できませんから」
驕ることなく謙虚でひたむきに努力を重ねる。そんなルーちゃんが傍にいると思うととても頼もしい。
なんだか私までやる気がみなぎってくるようだ。
「よし、私も頑張ろうっと! ひとまず、瘴気の浄化をしちゃうね! 『ホーリー』ッ!」
私はいつものように杖を掲げ、体内にある聖魔力を練り上げると浄化を放った。
私の聖魔法により汚染の根源となっていた瘴気が消え失せ、濁りはなくなり元の綺麗な透明さを取り戻してくれた。
岸辺では綺麗な草花が繁茂し、穏やかな光景が蘇る。
「浄化完了! 下流にある馬車に戻りながら瘴気の確認をしよっか」
「……ソフィア様には、まだまだ追いつけませんね」
「んん? なにか言った?」
ルーちゃんがなにか呟きを漏らした気がするけど、声が小さくて聞き取れなかった。
もしかして、瘴気が残ってるとかじゃないよね?
「いえ、なんでもありません。行きましょう」
内心焦っている私を置いて、ルーちゃんは微笑みながら歩きだした。
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『田んぼで拾った女騎士、田舎で俺の嫁だと思われている』
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異世界からやってきた女騎士との農業同居生活です。
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