かつての仲間
「今日も教会で依頼を受けに行く?」
「はい、そうして頂けると助かります」
リビングで今日の行動方針を決めると、私とルーちゃんは屋敷を出ることにした。
ルーちゃんのために作った新しい聖剣に慣れるために、ここのところは率先して瘴気持ちの魔物を討伐するようにしている。
やはり剣士にとって剣が変わるというのは、大きな出来事らしい。
戦闘を終えては考え込んだり、依頼をこなしてからも、屋敷で念入りに素振りをしている。命を預ける武器だけあって妥協はできないので当然だ。
「すみません。何度も突き合わせてご迷惑をおかけしてしまい」
通りを歩いていると、不意にルーちゃんが申し訳なさそうに言った。
「私はルーちゃんのパートナーなんだから迷惑に思うわけないよ。これくらい付き合うのは当然!」
「ありがとうございます、ソフィア様」
「そういうわけだから迷惑なんて謝ったりするのは禁止だよ?」
「はい」
私がそのように言うと、ルーちゃんは吹っ切れたような綺麗な笑みを浮かべた。
ルーちゃんは相変わらず責任感が強くて真面目だ。まあ、そんなところも後輩として可愛いんだけどね。
なんて思いながら通りを歩いていると、途中からやけに人が増え始めた。
朝の大通りはそれなりに人が多いが、混雑するほどではない。
前方の様子を確かめようとジャンプしてみるが、悲しいかな。私は低身長なので確かめることができなかった。
「聖騎士見習いによって大通りが封鎖されているようですね」
代わりに高身長のルーちゃんが視線を前にやりながら報告してくれる。
……背伸びすらする必要がないんだ。などと思ったが、私の羨望心は横に置いておくことにする。
「なにか教会の催し事があるとか?」
聖騎士見習いが交通整理をしているということは、教会が関係しているのだろう。
「いえ、特にそういったものはなかったはずですが……」
尋ねてみるが、ルーちゃんは首を横に振った。
じゃあ、どうして大通りを封鎖などしているのだろうか?
色々と気になる状態ではあるが、私たちが考え込んでもわかりっこない。
仕方なく私とルーちゃんは聖騎士見習いの指示に従って回り道をし、教会に向かうことにした。
「ようやく傍に着いたね」
聖騎士見習いの誘導に従い、人混みに揉まれながら移動することしばらく。
私とルーちゃんはようやく王都の教会本部の近くにたどり着いた。
いつもなら十分程度でたどり着くはずが、混雑と迂回のせいで三倍以上時間がかかった気がする。
「ようやくですか……」
私の傍で疲れたようなため息を吐いているルーちゃん。
いつもは涼しい顔をしている彼女が珍しくグロッキーだ。
「ルーちゃん、大丈夫?」
「心配してくださりありがとうございます」
「ルーちゃんがグロッキーになるなんて珍しいね?」
こういった状況でもいつもピンピンとしているのがルーちゃんだ。
私が平然としており、ルーちゃんがしんどそうにしているのは大変珍しい。
「人混みに酔ってしまったようです。逆にソフィア様はよく平然とされていますね?」
「あはは、人混みには慣れてるから」
前世では都内の満員電車に揉まれて長時間の通勤をしていたし、オタクの祭典にも参加していた。
それに比べれば、これくらいの人混みは優しいものだよ。
「さすがは大聖女。いかなる状況でも聖魔法が唱えられるように稽古されているのですね。私もソフィア様を見習って精進します」
「ま、まあね」
聖女にそんな稽古はなく、前世の影響なんだけどキラキラした瞳で言われると正直に答えづらかった。とりあえず、曖昧に頷くしかない。
「もう大丈夫です。行きましょう」
少し休憩を挟んでルーちゃんの体調が落ち着いたところで、私たちは改めて教会本部へ。
中に入ると、本部はいつになく慌ただしい感じがした。
瘴気持ちの魔物や眷属が現れた時のような張りつめた空気はしない。
いつもは市民からの相談や説法なんかを受け付けているはずの受付も、今日はなぜか業務を停止しているようだった。
疑問に思った私は、ひっそりと受付に移動する。
「ねえ、サレン……」
「こっちにいらっしゃい」
声をかけると、サレンは周囲を見渡してから端っこに移動し始めた。
どうやら少し込み入った話みたい。
私たちは素直に頷いて後ろを付いて行く。
「大通りも封鎖されて妙に騒がしいけど何かあったの?」
「クロイツ王国の使節団が、急遽やってくることになったのよ」
クロイツ王国というと、うちのお隣の国だ。
どうやらそこからお偉い人たちがやってきて、てんやわんやしているらしい。
「なんで?」
「……思い当たる節はなーい?」
サレンの綺麗な笑みがちょっと怖い。
「え、えっと、私とルーちゃんでウルガリンを奪還したこと?」
罪悪感を少しでも減らすために、ちゃっかりとルーちゃんの名前も入れておく。
「そう。うちが防衛都市を奪還したことによってクロイツ王国も動き出したのよ。というか、動かざるを得なかったわけ。そして、ついクロイツからウルガリンの瘴気が浄化されて最短ルートが開通し
たってわけ」
「なるほど。今後の綿密な連携をとるために使節団がやってきたというわけですね」
なんだ。それならいいことじゃないか。
とんでもない事態が起こったのかと心配してしまったが、そういう慌ただしさならいいと思う。平和が一番だ。
「だけど、クロイツ王国のあまりに急な動きが気になるのよね。国交とは別の目的がありそうな……」
頬に手を当てて悩ましそうに呟くサレン。
私はあくまで前線組なので組織や国の思惑などさっぱりだ。
今日は忙しいみたいだし、依頼を受けられる感じではない。
ルーちゃんにそれとなく視線を送ると、私の意図を察してくれたのか軽く頷いた。
「そういうことなら、今日のところはお暇しようかな」
「ごめんなさいね。今日のところはそうしてくれると助かるわ。落ち着いたら、また頼むわね」
使節団がやってくることによって教会も忙しいだろう。
申し訳なさそうにするサレンにお暇の言葉を述べて出入口に向かおうとすると、教会本部の出入り口が勢いよく開いた。
バーンと開かれた扉に驚いて振り返ると、橙色の髪をした長身の獣人女性がいた。
聖女の法衣を纏っているが、一般的な聖女の法衣とは違って、かなり動きやすさを重視した服装だ。
あの髪色に特徴的な聖女服はどこか見覚えがある。
「……もしかして、リーナ?」
キョロキョロと首を動かしていた女性だが、私の言葉を耳にするとピクリと耳を振るわせてこちらを向いた。
やっぱり、リーナだ。
二十前、私と寝食を共にした同年代の聖女であり、特に仲良くしていた同僚だ。
明るい髪色や猫のようなアーモンド形の瞳。それに他の聖女とは違った、カスタマイズされたあの聖女服は彼女に他ならなかった。
私が眠っている間に二十年という月日が経過し、身長がかなり伸びて大人っぽくなっている。
クロイツ王国で活躍していると聞いていたが、ずっと気になっていたのだ。
感極まって見つめる中、リーナはニヤリと口角を上げると勢いよく走り出した。
危険を察知すると、いつもは守ってくれるルーちゃんであるが、相手が誰だかわかっているのかサッと身を避けた。
「えっ、この勢いヤバくない?」
減速する様子がないんだけど?
「ソフィアー!」
「わわっ! ちょっと、リーナ!?」
飛び込んできたリーナに反応することができず、私はそのままの勢いで押し倒された。
「あはは、すげえな! 二十年とホントに変わってねえ!」
お尻の痛みに呻きながら顔を上げると、両手で頬をむにっと掴まれた。
そのまま頬肉を堪能するように弄り回される。
「ちょ、ちょっ、リーナ。ふべっ」
「ふべっ、だってよ。わはは」
私が口を開こうとするが、リーナが頬をこね回すのでまともに喋れない。
再会の嬉しさで興奮しているようなので諦めてされるがままにした。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
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冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。