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僕達は断罪を開始しました。

「ところでサンドラ、その男は一体何者なんですか?」

「ふふ……ポーラ王妃の侍従です」

「「「「「っ!?」」」」」

「…………………………」


クスクスと(わら)いながらサンドラが告げた瞬間、ここにいる全員が、ポーラ王妃へと視線を向けた。

ここにきてもなお、ポーラ王妃は涼しい顔をしているけど、これくらいのことが当たり前のようにできなければ、王妃は務まらないんだろうなあ。少なくとも、リゼットには無理だろう。


「……ポーラ、これはどういうことだ?」

「さあ? 私はあのような者を侍従に持ったことなど、ありませんわ」


サロモン王は喉の調子が悪いのか、それとも怒りによるものか、普段よりも低い声で尋ねるが、ポーラ王妃はとぼける。

案の定、侍従を切り捨てたけど、だからといって一度生まれた疑念を晴らすのは無理だよ。


おそらくは、このままあやふやにして、侍従の単独犯というオチで決着つける魂胆かもしれない。


ただ。


「お姉様……よかった……よかった……っ」


傍聴席で両手を合わせ、祈るようにしてリゼットの無罪を喜ぶエリーヌの姿が。

そんな彼女を、リゼットはどこまでも優しさを(たた)えた瞳で見つめている。


さあて……当然、これで終わるつもりはないよね?

僕は別に、ポーラ王妃や黒幕であるジャンを糾弾するために、リゼットを告発してこの裁判を行ったわけじゃないんだよ。


そう、本命は。


「ふう……『無能の悪童王子』と呼ばれる他国の王子に、『悪女』と呼ばれる自国の王女が告発され、その結末が王妃の侍従による単独犯の仕業だとは……このような情けない事態を招いたのは、だれの責任なのでしょうか」

「ジャン……?」


隣でヤレヤレといった様子でかぶりを振るジャンに、ポーラ王妃は怪訝(けげん)な表情を浮かべる。

この一言でサロモン王は何かに気づいたようで、すぐに後ろを……騎士団長を見る。


もちろん、何かをしでかしそうな雰囲気のジャンを、取り押さえるように命令するために。


だけど。


「な……っ!?」

「国王陛下、どうかそのままお静かに」


首筋に剣を突きつけられ、サロモン王は絶句した。


「「「「「っ!?」」」」」

「静かにするのだ! この場は、我々騎士団が制圧する!」


騎士団長の行動を合図に、騎士達が一斉になだれ込む。

そう……首謀者のジャンによる、クーデターの始まりだ。


サロモン王が王宮から出て足を運び、しかも、この国を支える多くの貴族が注目する第一王女の裁判は、クーデターを起こすには絶好の機会だよね。

 『エンハザ』の本編が開始する二年後とは違い、今の段階ではクーデターの同志は少ないかもしれないけど、これならサロモン王を暗殺するだけでなく、貴族達を人質に取ることだってできるのだから。


だからほら、ここになだれ込んできた騎士の数も、せいぜい五十人が関の山ってところじゃないか。

一方で、ここにいる者は、王族と騎士を除けば百人を超える。数では上回っているけれど、さすがに騎士が相手では、大人しく従うほかない。


「いやあ……本当に、『無能の悪童王子』の名に相応しく、この俺のためにこのような舞台を用意してくれたのですから、感謝しかありませんよ」

「ジャン殿下……」

「ご安心ください。ハロルド殿下に人質の価値がないことは分かっておりますので、一人でおめおめと帰国することは認めてあげますよ。そして、エイバル王に伝えてください。『カペティエン王国は、デハウバルズ王国に宣戦布告する』と」


あー……やっぱり『エンハザ』のリゼットシナリオのとおり、デハウバルズに牙を剥いたか。

そもそも、穏健派であるサロモン王の政治が気に入らない強硬派のジャンは、クーデターによって軍国主義に舵を切りたいんだよね。知ってるよ。


本当にさあ……平和を維持することがどれだけ大変なことなのか、まるで分かっちゃいない。


「母上、俺は王になる。このような愚王などではなく、いずれこの世界を統べる、最も優れた王に」

「おお……! ジャン、あなたならきっとなれます! 子供の頃から(そば)で仕える情婦に懸想してうつつを抜かしていた、この(くず)とは違って!」


なるほど。その使用人というのが、リゼットの本当の母親ってことかな。

確かにポーラ王妃からすれば、面白くないだろうなあ。知らんけど。


ま、だけど。


「「「「「っ!?」」」」」

「この逆賊どもめ! 大人しくしろ!」


いつの間にか帯剣している貴族達が一斉に立ち上がり、騎士達を制圧し始めた。


「こ、これは……!?」

「いやあ、自国の貴族の顔くらい、ちゃんと覚えておいたほうがいいですよ。これでは、ジャン殿下が王となっても、愚王のそしりを受ける未来しかありませんね」


こうやって舞台を用意してやれば、クーデターを起こすことは分かっているんだから、迎え撃つ準備をしておくのは当然だよね。

ここにいる貴族達は、全てデハウバルズ王国から使節団の護衛として連れてきた兵士達が変装したもの。


そして。


「なっ!?」


サロモン王だと思われていた者も、背格好が似ているこちらの手の者だよ。

本物のサロモン王は、安全な場所で今日の結果を待ちわびているとも。


「ふふ……本当に、全てハル様の思惑どおりとなりましたね」

「ええ。まさかこうも見事に騙されるとは、思いもよりませんでしたよ」


まあ、毒殺未遂の一件で謹慎する羽目になったことで、ジャンに焦りが生まれたんだろうな。

ひょっとしたら、クーデターを決行する前に、全てが瓦解してしまうのではないかと。


だから、リスクがあると分かっても、餌に食いついてクーデターを始めてしまったんだ。


あとは餌を用意するだけなんだけど、それはうちの優秀な外務大臣が、上手く段取りをつけてくれたよ。

加えて、カペティエン王国側の調整役には、エリーヌが請け負ってくれた。そんな彼女は、兵士達に守られながら、ちろ、と舌を出して喜んでいる。


本当はリゼットがその調整役を担ってくれればいいんだけど、残念ながら彼女は悪女として名が通ってしまっている。

こんなことを言いたくはないけど、王国の者達は、彼女のために動いてはくれないだろうからね。


「リゼット殿下にもご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」

「ハ、ハロルド殿下が謝ることではありませんわ! むしろカペティエンの揉め事に引き込んでしまい、その……申し訳ございません」


いつも態度だけは偉そうなリゼットが、しおらしく深々と頭を下げた。


「よしてください。それより、この逆賊どもをさっさと制圧するといたしましょう」

「ええ! みんな……やっておしまい!」


リゼットのまるで悪の女首領みたいな台詞(せりふ)を受け、僕達はクーデターの制圧を開始した。

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