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黒幕一味は、姑息でお粗末な真似を仕掛けてきました。

「ほ、ほら、これも美味しいですから、しっかり食べるんですのよ!」


 僕達のお茶会に晴れてエリーヌも加わり、リゼットがさっきからやたらとお菓子を勧めている。

 だけど、ちょっとやり過ぎじゃないかな? エリーヌの前には、お菓子が山のように積み上げられているよ。


「が、頑張ります! お姉様が私のために、くださったんですもの!」


 一方のエリーヌも、小さな拳を握りしめて、フンス! と気合いを入れた。

 というか、お互いの想いを知ったからとはいえ、空回りが過ぎる。


「まあまあ、二人とも落ち着いてください。これから一緒に、たくさんお茶を楽しむ機会はあるんですから……って」


 いけない。そういえば、あのこと(・・・・)をすっかり忘れていたよ。


「ハル様……?」

「いえ……実は、サロモン陛下との会談で、リゼット殿下がデハウバルズ王国の王立学院に留学することが、正式に決まったんですよ」

「「ええ!?」」


 リゼットとエリーヌが、揃って驚きの声を上げた。


「まだ十四歳ですので、王立学院への入学は一年後になりますが、それまで、デハウバルズの文化に慣れていただくために、僕達の帰還に合わせて一緒に来ていただくことに……」

「「…………………………」」


 ……まあ、そんな顔になるよね。

 せっかくお互いの想いを知った矢先に、離れ離れになってしまうんだから。僕も、ちょっと勇み足だったと反省してるよ。


「……留学は、国王陛下のご命令、なんですわよね……?」

「そ、そのー……違います。留学の件は、僕から提案しました……」


 悲しそうな表情で尋ねるリゼットに、居たたまれなくなった僕は思わずうつむいてしまった。


「そ、そんな、あんまりです!」


 エリーヌは泣きそうどころか、泣きながら訴えているよ。胃が痛い。


 あーもう。これじゃ僕、二人を引き離す悪者みたいじゃないか。

 エリーヌも一緒に連れて行けば解決できるけど、さすがに二人の王女を同時に連れて行くのは、絶対に認めてはくれないだろうなあ……。


 それに、留学のことは言い出しっぺが僕のため、今さら撤回しても、『はいそうですか』とはいかないことくらい理解している。

 それこそ、カペティエン王国を馬鹿にしていると受け止められかねない。


「僕も、まさかこのようなことになるとは予想外でしたので……も、もう一度、サロモン陛下に掛け合ってみますね!」

「「…………………………」」


 そんな気休めを言ってみるものの、結局、二人はずっと無言のままだった。


 ◇


「あー……本当に失敗した」

「ハル様のせいではありません。むしろ、リゼット殿下のことを思ってそのように交渉なされたのですから、ハル様はもっと胸を張るべきです」


 リゼット達と別れて部屋に戻り、落ち込む僕をサンドラが優しく慰めてくれた。

 いやあ、今回のことは本当にタイミングが悪い。


「いずれにせよ、もう一度サロモン陛下との謁見を申し込まないと」

「そうですね……ですが、おそらく交渉は難航するかと」

「ですよねー……」


 リゼットのデハウバルズ王国への留学というのは、両国にとってメリットのあるもの。

 お互いの友好関係を強化する狙いもあり、僕にとっても今回の成果につながる。


 それが分かっているのに、サロモン王はもちろんのこと、オルソン大臣だってリゼットの留学のことを知ったら、絶対に成立させようとするよなあ……。


「落としどころとしては、留学までの一年間の扱いくらいでしょうね」

「うん……」


 サンドラの言うとおり、僕にできるのはそこまでだろうね。

 もちろん、最初からそこを前提に交渉するつもりもないし、全力で留学回避を勝ち取りにいくつもりだけど。


「それについては、サロモン陛下と交渉をしてみなければ分からないとして……」


 僕は、ベッドの上で毛づくろいをしているキャスを見やる。


「……結果的によかったものの、あんなところで人の言葉を話したら駄目じゃないか」

「し、仕方なかったんだよ! ハルにどうしても伝えたいことが……って、忘れてた!」


 僕の指摘を受けて、キャスは何かを思い出したみたいだ。

 だけど、僕に伝えたいことって何だ?


「じ、実は、ハルとモニカがいない間に、男が二人、勝手に入ってきたんだ!」

「男が二人!?」

「うん! それであの引き出しの中に、何かを入れていったんだよ!」


 ベッドを降りて家具の前で手招きをするキャスのもとへ行き、僕はおそるおそる引き出しを開けてみると。


「これ、は……」


 中に入っていたのは、紫色の液体の入ったガラスの小瓶だった。

 僕は、この液体の正体を知っている。


 リゼットシナリオにある国王毒殺未遂の冤罪事件において、彼女が犯人である決定的な証拠として突きつけられてしまった、いわくつきの重要アイテム。

 言わなくても分かると思うけど、昨夜の晩餐会で使用された、毒薬だ。


 ジャンの奴は、サロモン王毒殺未遂事件の罪をリゼットになすりつけ、その混乱に乗じて注意を逸らし、クーデターに向けた準備を一気に進めていくことになる。


 『エンハザ』においては、リゼットの冤罪を晴らすために主人公達がこの毒薬の調査に乗り出し、その出どころを見事突き止めた。

 そして、事件の黒幕であり、シナリオボスであるジャンの存在と、クーデターの全容を知ることになるんだ。


「ハル様」

「はい。どうやら連中は、僕をサロモン王暗殺の犯人に仕立て上げようと考えたみたいです」


 おそらく、何らかの形で僕が犯人だと疑いをかけ、捜査においてこの部屋から毒薬を発見する手筈(てはず)なんだろうな。

 だけどさあ……キャスが見つけてくれたっていうのもあるけど、ちょっとお粗末じゃない?


 もし疑われて捜査ってことになれば、当然ながら疑わしきものがないか僕達も調べるし、毒薬を発見したら処分するに決まってるじゃないか。


 まあ、いずれにせよ。


「キャス、お手柄だよ。あとは誰がこの部屋に忍び込んだか、王宮にいる者達の顔を見て教えてくれたら完璧だね」

「えへへ、任せてよ!」


 僕はこの小さくて頼りになる相棒と、こつん、と拳と前脚を合わせた。

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