ヒロイン攻略の分岐点に差しかかりました。
「そもそも、どうしてリゼット殿下が『悪女』なのでしょうか? 僕には、殿下がそのような御方だとは到底思えませんし、何より……
「っ!?」
僕が鋭い視線を向けてそう告げると、ポーラ王妃が息を呑んだ。
ハア……さっきは王妃の無礼を心の中で指摘したけど、僕も大概無礼だよね。相手はこの国の王妃だというのに、他国の親善大使にすぎない僕が、こんな視線を向けるんだから。
でも、あいにく僕は、目の前であれほど好きだった『エンハザ』のヒロインが、理不尽な目に遭いそうになっているのを黙っていられるほど、大人じゃないんだよ。
本当の彼女は、とても優しい心を持っていることを知っているから、余計にね。
「とにかく、昨夜のことについては調査が始まったばかり。リゼット殿下が犯人である証拠が何一つない以上、たとえ実の母親だからといって、妃殿下のなされたことはさすがに早計でしょう。むしろ、このように安直なやり方で犯人を決めてしまわれるのでは、僕は……いえ、デハウバルズ王国は、カペティエン王国を信用できなくなってしまいます」
「っ!? そ、そうですね……確かに、少し焦り過ぎておりました……」
最後の言葉が決めてとなり、このままでは両国の関係にひびを入れてしまうと考えたポーラ王妃は、リゼットへの追求を撤回し、言葉を濁す。
いくら自分の息子を溺愛しているからといって、ちょっとやり過ぎだよ。
「で、では私は、これで失礼します。エリーヌ、行くわよ」
「は、はい……」
そそくさとこの場を立ち去るポーラ王妃の後に続くエリーヌ。
だけどエリーヌは、何度もこちらを振り返っていた。
「あ……あの……」
「ふう……リゼット殿下、災難でしたね」
戸惑いながら声をかけてきたリゼットに、僕は深く息を吐いてから肩を
こんなくだらないことを、いちいち気にする必要はないのだと、言外に告げて。
「それよりもリゼット殿下。昨夜のことがありましたので、ハル様も私も、今日の予定が全てなくなってしまったんです。もしよろしければ、昨日のように楽しいお話を、たくさんお聞かせいただけないでしょうか」
「あ……」
リゼットの手を取り、サンドラはニコリ、と微笑んだ。
さすがは僕の最推しの婚約者。ちゃんと分かってくれている。
「ほ、本当に、しょうがないですわね……っ」
ギュ、とサンドラの手を握り返し、リゼットはうつむいて肩を震わせた。
分かるよ、リゼット……自分を見てくれる人がいるって、すごく幸せだよね。
「ぐす……ほ、ほら、早く行きますわよ! とっておきのお茶とお菓子を、ご用意して差し上げますわ!」
勢いよく顔を上げたリゼットが、咲き誇るような笑みを浮かべて、僕達を引き連れる。
そんな彼女のアメジストの瞳から
◇
「へえ……それはすごいですね!」
「そそ、そうでしょう! こんなことは、王国広しといえども、この私にしかできませんわ!」
僕達は王宮の庭園で、昨夜の続きとばかりにリゼットの独演会を聞いている。
すっかり元気を取り戻した彼女は、それはもう嬉しそうに語ってくれた。
……まあ、全部『エンハザ』で知っていることばかりだけどね。
ちなみに、今リゼットが話してくれているのは、自身の能力について。
何を隠そう、彼女は火属性と闇属性の二つの属性を持つ、『エンハザ』唯一のヒロインなのだ。
ラファエルも光属性を含めた三属性のスキルを使用できるけど、それは全て【妖精王の祝福】というパッシブスキルによるもの。
だけど、リゼットはそもそも二つの属性を内包している。
なので、スキル枠を消費することなく、火属性と闇属性のスキルを使用することが可能という、ヒロインらしくチートな存在なのだ。
しかも。
「その【獄炎】という魔法……とんでもないですね……」
そう……火属性と闇属性の両方の特性を併せ持つリゼット固有のスキル【獄炎】は、全てを焼き尽くす地獄の業火と呼ぶに相応しいもの。
何より、一度【獄炎】による攻撃を受ければ、戦闘終了まで永続的に一定ダメージを負い続ける、まさに
「……そんなことをおっしゃってくれるのは、ハロルド殿下とアレクサンドラだけ、ですけど」
「リゼット殿下?」
おや? リゼットが、急にしおらしくなってしまったぞ?
常に尊大で傲慢な姿しか見せようとしない、超絶ツンツンツンデレヒロインなのに。
「もう二人も分かっているでしょう? 私はこの国で“悪女”と呼ばれ、誰にも相手にされてこなかった。家族はもちろん、全ての国民が。……もちろん、私の自業自得ではあるのだけど」
まるで告白するように、
僕は、そんな彼女の姿を知っている。
『エンゲージ・ハザード』において、好感度が上がると冤罪事件の直前にリゼットが語ってくれるのだ。
さらにここで、リゼットは主人公に選択を迫る。
『悪女の私と、地獄に堕ちてくれる?』
主人公がその言葉を受け入れるような答えをすると、ジャンによるクーデターを阻止した後、晴れて『恋愛状態』になることができる。
しかし、彼女を受け入れなかった場合には、永遠に『恋愛状態』にはなることもなく、全ての能力値が〇.七五倍に減少してしまうという地雷が潜んでいるのだ。
まあ、『エンハザ』は普通にハーレムありのため、プレイヤーなら迷いなく受け入れるだけなんだけどね。
「……だから、私は悪女になった。私を……リゼット=ジョセフィーヌ=ド=カペティエンを見てほしくて。その結果は、あなた達が見たように、実の母親から昨夜の首謀者にされるところだったのだけど」
リゼットは、僕達を見て自虐的に
アメジストの瞳に、悲しみと寂しさを
「ハロルド殿下……あなたは言ってくださったわよね? 私のこと、
「はい」
何かを期待するような、だけど、諦めたような瞳で僕を見つめ、尋ねるリゼット。
もちろん僕は、力強く頷く。
そして。
「なら……なら、『悪女の私と、地獄に堕ちてくれる?』」
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