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案の定ゲームのシナリオに巻き込まれました。

「これ……本当に大丈夫かなあ……」

「もちろん。とてもお似合いです」


 鏡を見つめて不安で首を傾げる僕に、モニカがサムズアップした。

 だけどさあ……僕の人格って、前世の記憶を取り戻してからそっちのほうに引っ張られているんだよ。もちろん、諸々の一般常識も含めて。


 なので、色々とゴテゴテした装飾品がついているわ、肩パットがすごいことになっているわで、僕としてはこういう服装、どうかと思うんだけど。

 とはいえ、これが親善大使としての正装らしいから、自由にできないのがなあ……。


「ほ、本当に大丈夫? サンドラ、幻滅したりしない?」

「それはもう、お嬢様は殿下に惚れ直すこと間違いございません」


 念を押す僕に、モニカが今度は両手でサムズアップした。あまりしつこく尋ねるものだから、ちょっと面倒くさそうではあるけど。


 すると。


「はうう~……いっつもボクだけ、お留守番だあ……」

「キャスさん。パーティーや晩餐会などというものは、決して楽しいものではありませんよ? むしろ、誰にも気兼ねなくこのお部屋で美味しい料理に舌鼓を打つことができるキャスさんこそ、まさに勝ち組です」

「ホント? な、ならいいや!」


 ベッドの上で()ねるキャスだけど、モニカの口車に乗せられてすぐにゴキゲンになる。安定のチョロさだね。

 というか、キャスに限らず『エンハザ』の登場人物、軒並みチョロイけど。


「それじゃ、サンドラを迎えに行ってくるね」

「はい」

「行ってらっしゃい!」


 モニカとキャスに見送られ、僕は部屋を出て隣のサンドラの部屋の扉をノックした。


「ど、どうぞ」

「失礼します……って」


 サンドラの了解を得たので、部屋の扉を開けた僕の視界に飛び込んできたのは、黒のドレスに身を包んだ、彼女の美しい姿だった。

 もちろん、僕の髪の色をイメージしてくれたことは分かるんだけど、普段の彼女とは違うミステリアスな雰囲気を漂わせていて、それはもう一瞬で目を奪われてしまいましたが何か?


「あ……ふふ、ありがとうございます」

「へ……?」

「ハル様に、気に入っていただけたようですので」


 呆けていた僕が何かを言う前に、お礼を言われてしまったよ。もちろん、サンドラが指摘したとおりだけれども。


「そ、そんなに分かりやすかったですか?」

「はい。それに、マーシャル家や聖王国使節団のパーティーの際にも、同じようなお姿を拝見しておりましたから」


 (そば)に来たサンドラが、僕の手をその小さな手でそっと握り、サファイアの瞳を潤ませて僕の顔を上目遣いで見つめる。

 ヤバイ、メッチャ可愛い上に、すごくいい匂いがするよ。


 とまあ、世界一素敵に着飾った最推しの婚約者に見惚れていると。


「ご準備が整いましたので、ご案内いたします」


 王宮の使用人が、僕達を呼びに来た。


「では、まいりましょう。僕の大切な婚約者様」

「はい……私の大切な婚約者様」


 使用人の後に続き、僕達は会場となる場所へ……って。


「あれ? 王宮の中ではないのですか?」

「はい。本日は特別に、庭園にて晩餐会を執り行います」


 へえー、星空の下で晩餐会なんて、なかなかオシャレなことをするなあ。

 だけど、ちょっとだけ嫌な予感(・・・・)がするんだけど……あ、あはは、まさかね。


「ハル様、楽しみですね」

「ええ」


 会場となる庭園に到着すると、夜空の満月や星だけでなく、各テーブルにランプが用意され、とても幻想的な雰囲気を漂わせていた。


「綺麗……」

「うわあ……」


 サンドラが、ポツリ、と呟く。

 明かりに照らされた彼女はもっと綺麗だと言いたいところだけど、困ったことに、僕はそんなことすらも忘れて、彼女とは別の意味(・・・・)で変な声を漏らしてしまっていたよ。


 『エンゲージ・ハザード』における、リゼットシナリオの中にある、一つのイベント。

 リゼットに招待された主人公が巻き込まれる、まさにカペティエン王国を揺るがす大事件が発生するんだ。


 ――それこそが、『サロモン王暗殺未遂事件』。


 サロモン王が晩餐会の食事に盛られた毒によって意識不明になり、会場が騒然となるんだけど、リゼットがその犯人に仕立て上げられてしまうんだ。

 もちろんこれは冤罪なんだけど、カペティエン王国では悪女として名を馳せるリゼットだからこそ、誰もが彼女こそが犯人であると信じて疑わない。


 だけど、主人公のウィルフレッドだけがリゼットを信じ続け、冤罪を晴らすために他のヒロイン達とともに、事件に介入していくことになる。


 犯人? 言わずもがなだけど、王太子のジャンだよ。


 ジャンはリゼットの悪女としての評判を利用し、罪をなすりつけたわけだ。

 結局、主人公の手によってリゼットの冤罪は晴れるものの、真相は闇の中へと葬り去ってしまう。


 そして毒殺が失敗し、これでは(らち)が明かないと考えたジャンによる、クーデターが決行されてしまうのだ。


 いやー……目の前に広がる晩餐会の様子、まんまイベントのイラストと同じだったから、すぐに分かったよ……。

 というか、クリスティアの『聖女誘拐事件』もそうだけど、どうして『エンハザ』本編が始まってもいないのに、次々とヒロインのイベントばかり発生するかなあ……。


 まあでも。


「……『大切なもの』のために、シナリオをぶち壊すだけなんだけどね」

「ハル様……?」

「あはは、なんでもありません」


 不思議そうに見つめるサンドラに、僕は微笑んで返した。

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