悪女の正体は、寂しがり屋のツンデレでした。
『エンゲージ・ハザード』のメインヒロインの一人、リゼット=ジョセフィーヌ=ド=カペティエンは、
妹である第二王女の“エリーヌ=ヴァネッサ=ド=カペティエン”を事あるごとにいじめ、王宮の使用人達にはきつく当たり、常に尊大に振る舞い続ける。
だがそれは、家族の……いや、母親の愛情を全て兄であるジャンと妹のエリーヌに独占され、寂しい思いをしてきた彼女の、精一杯の抵抗でもあった。
悪女として振る舞えば、家族が叱ってくれるのではないか……家族が自分を見てくれるのではないか、と。
そんな彼女を唯一人だけ本気で叱り、諭し、見てくれたのが、『エンハザ』の主人公であるウィルフレッド。
これにより、リゼットは少しずつ主人公に対して心を開いていき、カペティアンの王宮内で起きた、ある冤罪事件を解決することによって、晴れて彼女と『恋愛状態』となるのだ。
ちなみに、彼女も聖女クリスティアナと同様、『エンハザ』本編開始時点で既にデハウバルズ王国の王立学院に留学しており、最初から攻略可能になっている。
「これはこれは……まさかジャン殿下とリゼット殿下のお二人にお出迎えいただけるとは、思いもよりませんでした。デハウバルズ王国よりまいりました、ハロルドです」
「アレクサンドラと申します」
僕は急いで馬車を降り、手を差し出してサンドラを降ろすと、二人揃って
「いやいや、こちらこそハロルド殿下の丁寧なご挨拶、痛み入ります。ですが……よく俺とリゼットのことが分かりましたね」
「っ!? も、もちろんです。他の方々とは雰囲気がまるで違いましたので……」
はい、嘘です。二人のことは、『エンハザ』で散々見たから、知っているだけですとも。
というか、僕の最推しの婚約者がたった一枚しかスチルがないのに、ヒロインのリゼットはともかく、ジャンにまで負けているのはちょっと許せない。(言いがかり)
「ハハハ、それは嬉しいことをおっしゃってくれますな。さあさあ、長旅でお疲れでしょう。すぐに身体を休めるよう、ご案内……したいところなのですが、我が王が、ぜひとも殿下にお会いしたいとおっしゃっておりまして……」
「ありがとうございます。僕も親善大使として、ぜひ国王陛下にご挨拶させてください」
ということで、僕達使節団はジャンの案内で王宮内を歩く……んだけど。
「…………………………」
「…………………………」
はい。僕とジャンが会話しながら先頭を歩く中、後ろに続くサンドラとリゼットが、ただ無言でついてきております。
しかも、リゼットに至ってはあからさまに不機嫌な表情で。それもあってか、サンドラはまるで仮面でも被っているかのように、無表情なんですけど。怖い。
「ところで……お連れの令嬢は、ハロルド殿下の奥方ですか?」
「い、いえ。僕の婚約者です」
「そうでしたか。素敵な婚約者がおられて、羨ましいかぎりですね」
そうだろう? 僕の最推しの婚約者は、『エンハザ』のヒロイン達よりも可愛いのだ。
「ありがとうございます。お褒めいただき、恐縮です」
「なあに、本当のことを言ったまで」
澄ました表情でお礼を告げるサンドラに、ジャンは軽く微笑んで返した。
でも、サンドラも悪い気はしていないみたいで、少しだけ表情が柔らかくなったよ。
ただし。
「そうかしら?
リゼットが早速、悪女らしく難癖をつけてきたけど。
あと、胸のサイズはともかく身長に関してはリゼットも大して変わらないだろ。
「リゼット」
「…………………………フン」
有無を言わさぬような強い口調でジャンにたしなめられ、リゼットは口を尖らせてプイ、と顔を背ける。
だけど、前世の記憶からリゼットの
「リゼット殿下も、とてもお美しいですね。王都サン=ジュヌを訪れ、カペティエンの人々は美しい女性が多いと思いましたが、その中でもリゼット殿下は群を抜いており、とても比べ物になりません」
「っ!? そそ、そうかしら?」
そう……このヒロイン、あまり褒められ慣れていないのだ。
いや、悪女としての振る舞いをしなければ、それなりに周囲から評価されると思うんだけど、そんなことをしたって肝心の家族は誰も見てくれないし、それは彼女にとってあまり意味はないから。
まあでも。
「僕が存じ上げている限りでは、リゼット殿下は僕や婚約者のサンドラとは同い年だったと思います。なら、殿下とはぜひ仲良くさせていただきたいです。僕も色々と至らぬところがありますので、これから色々と教えていただけると嬉しいです」
「しょ……しょうがないですわね! そこまでおっしゃるなら、その……仲良くして差し上げてもよろしくってよ!」
リゼットは顔を真っ赤にして高飛車に振る舞おうとするんだけど、嬉しさが全然隠し切れてない。本当にチョロイな。嫌いじゃないけど。
「ほう……
幸いにもリゼットには聞こえなかったようだけど、せめて僕にも聞こえないように呟くべきじゃないかな。
ジャンを見ていると、イライラするよ……って。
サンドラが僕の服の
うん、分かっているよ。親善大使としてここに来た以上、この怒りの感情を抑えなければいけないことは。
「ありがとうございます」
「……いえ」
サンドラの耳元でそっと感謝の言葉を紡ぐと、口元を緩める彼女と一緒に、気を改めて国王の待つ謁見の間へと向かった。
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