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婚約者に内緒で聖女を誘い出すことにしました。

「あー……今日は王立学院への視察に付き合わないといけないのかあ……」


 バルティアン聖王国の使節団が王国にやって来てから、今日で五日目。

 僕はホストとして連日の使節団の接待などに付き合わされ、お疲れのため思わず朝からテーブルに突っ伏していた。


「ハロルド殿下。そろそろ準備なさいませんと、お嬢様がいらっしゃいますよ?」

「そ、そうだった!」


 たとえ疲れていても、最推しの婚約者をお出迎えするのは話が別。

 僕は慌てて着替えると、いそいそと玄関へと向かった。


 すると。


「……ハロルド殿下。サルヴァトーリ猊下(げいか)より、言付かって……!?」

「殿下の後ろに不用意に立つなんて、無礼ですね」


 音もなく背後に近づいたロレンツォの使者の首筋に、モニカがダガーナイフの刃を当てる。

 馬鹿だなあ……シュヴァリエ家の諜報員を務めるモニカに、たかが聖王国の諜報員ごときが、敵うわけがないじゃないか。


「それで? サルヴァトーリ猊下(げいか)は何と?」

「は……はっ。『本日、王立学院の視察で学院長との面談の後、こちらへの誘導をお願いしたい』とのことです」


 何とか平静を装い、使いの者は一枚の紙片を僕に渡して用件を告げた。

 そうか……やはり思ったとおり、『聖女誘拐事件』は『エンハザ』のシナリオどおり王立学院で決行するんだな。


 まあ、そのほうがあの男にとって一番都合がいいからね。


「サルヴァトーリ猊下(げいか)には、『わかった』と伝えてくれ」

「……し、失礼します」


 ようやくモニカに解放され、使者は逃げるようにこの場を後にした。


「それにしても、聖王国は人材難のようですね。わざわざ(すき)を作ってあげましたのに、それにも気づかないでされるがままなんて」


 モニカはひらひらと布? のようなものを振り、無表情で告げる。

 あの使者も、ロレンツォに報告する際にお尻丸出しで恥ずかしい思いをすることだろう。本当にモニカは鬼畜だなあ。


「さて……そういうことらしいから、お願い(・・・)してもいいかな?」

「お任せください」


 (うやうや)しく一礼し、モニカが僕の(そば)を離れた。


「キャス。サンドラのお迎えは、僕達だけでな」

「うん!」


 肩に乗るキャスは、笑顔で頬ずりをした。


 ◇


「……ということで、この王立学院では国外から優秀な多くの留学生を受け入れ、身分にとらわれない生徒同士の交流が盛んです」


 使節団を引き連れ、学院長の話を聞いているんだけど……うん、メッチャ眠い。

 最近お疲れだってこともあるけど、そもそも話がつまらないのだ。


 なのに、クリスティアだけでなくウィルフレッドも、真剣に聞き入っている。

 このくだらない話のどこに、興味をひくポイントがあるんだろう。


「ふふ……ハル様、もう少し我慢なさいませ」

「う……」


 苦笑するサンドラに耳打ちされ、僕は背筋を伸ばした。

 ありがたいことに、カルラとの試合以降、毎日こうして僕に付き合って使節団の視察に同行してくれているのだ。


「んー……ムニャムニャ……もう食べられないニャ……」


 で、僕達の事情なんて知らないとばかりに寝言を言っているのは、『漆黒盾キャスパリーグ』の姿で居眠りをしているキャスだ。

 といっても、僕からSPの供給を受けていないのでミニチュアサイズのままであり、上着の内ポケットに収まっているけど。


 今日のことが全て終わったら、キャスにはお菓子をたくさん用意してあげるとしよう。


 ちなみに、使節団の中にカルラの姿はない。

 やはり先日の試合でのクリスティアに対する無礼な態度を叱責され、帰る日までの間、王宮の一室で謹慎処分となった。聖王国に戻ったら、正式に処罰されるそうだ。


 誰がそんな処分を下したのかって? もちろん、責任者であるクリスティアとロレンツォの二人だよ。

 特にクリスティアの怒りはすさまじく、ロレンツォも慌てて止めたと、モニカが神官から聞き出した。


 つまり……自分を守ってくれる剣と盾を、自ら引き離したってわけだ。


「それでは、これから学院内をご案内いたします」


 ようやく学院長の話が終わり、僕達は応接室を出る。


 その時。


「聖女様……実は、この視察が終わった後のことで、お耳に入れておきたいことがありまして、少々お付き合いいただいてもいいですか?」


 ウィルフレッドがよそ見している間に、僕はそっと耳打ちした。


「うふふ……ハロルド殿下が私に、ですか?」

「はい」


 チラリ、とサンドラを見やり、含み笑いをするクリスティアに、僕は真剣な表情で頷く。

 なお、サンドラはこの時窓の外を眺めており、こちらの様子には気づいていない。


「そのような熱のこもった瞳で見つめられてお願いされては、お受けしないわけにはまいりませんね。では、私を(さら)ってくださいますか?」

「お任せください」


 僕は仰々しく振る舞い、差し出された彼女の手を取ると、誰にも気づかれないようにこの場を離れた。

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