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第一王子の腰巾着を正式にやめることにしました。

「俺は、カーディス兄上に右腕として認められた」


 振り返ると、ウィルフレッドは勝ち誇るような笑みを浮かべていた。


 ああ……なるほど。

 どうしてコイツが、僕にこんなにもしつこく絡んでくるのか、理解したよ。


「そうか、それはよかったな。興味ないけど」

「聞きましたよ? これまでずっと、『カーディス兄上の右腕は俺だ』と、自慢げに言いふらしていたそうじゃないですか」

「…………………………」

「ですが、カーディス兄上はあなたを『右腕だと思ったことは一度もない』そうですよ?」


 ほら、思ったとおりだ。

 コイツは腰巾着で才能のかけらもない『無能の悪童王子』よりも、ただ愛人の息子というだけで不当な評価を受けている『(けが)れた王子』のほうが遥かに優秀なのだと、マウントを取りにわざわざここに来たってわけだ。暇なのかな? 暇なんだろうな。


 それはともかく、モニカとキャスは、少し落ち着こうか。

 キャスは僕の肩でメッチャ毛を逆立てているし、モニカもモニカで気配を完全に消してるよ。今すぐにでもウィルフレッド達を暗殺しそうで、逆に恐いわ。


「でも、安心してください。これからは俺が派閥をまとめてカーディス兄上を盛り立てていきますから、ハロルド兄上は第三王子としていてくれるだけでいい……」

「いや、僕はカーディス兄上の派閥から抜けるつもりだけど」

「「「っ!?」」」


 言葉を(さえぎ)ってそう告げると、ウィルフレッドだけでなく後ろに控えていたマリオン、果てはモニカまでも目を見開いた。何も分からないキャスだけ、オロオロしてるけど。ちょっと癒される。

 だけどさあ……僕はバッドエンド回避のために関わりたくないんだ。なら、この選択肢も当然だよ。


「……そんなことが許されるとでも?」

「フン。カーディス兄上が言うのなら分かるが、関係のないオマエに、なんでそんなことを言う資格があるんだよ」


 鋭い視線を向けるウィルフレッドに対し、僕は鼻を鳴らした。

 それにしても……コイツ、主人公だよね? 幼い頃にサンドラにした悪事といい、鬱陶(うっとう)しく(から)んできたりと、これじゃウィルフレッドに以前のハロルドが乗り移ったみたいじゃないか。


「ありますよ。さっきも言いましたが、俺はカーディス兄上の右腕です。第三王子のあなたにそんなことをされたら、他の者達に示しがつきません。足を引っ張るような真似はやめてください」

「おいおい、大丈夫か? オマエも知ってのとおり、僕は『無能の悪童王子』なんだぞ? なら、示しがつかないなんて今さらだろ。それどころか、厄介払いができて清々するんじゃないか?」


 まあ、僕がカーディスの派閥から抜けてしまったら、せっかく立場が逆転して意趣返しをしようと思っているのに、できなくなってしまうのが気に入らないんだろう。

 もしくは、僕……ではなく、最大貴族のシュヴァリエ家の離脱を防ぎたいってところかな。


 そんなことになったら、僕の不興(ふきょう)を買ったウィルフレッドの責任になってしまうし。


「もういいだろ? 僕は行くぞ」


 吐き捨てるようにそう告げると、僕は今度こそこの場から去った。


「……『無能の悪童王子』のくせに」


 フン、聞こえてるよ。

 本性を隠したいなら、もっと聞こえないように呟けよ。


「……ハロルド殿下。私にウィルフレッド殿下……いえ、ウィルフレッド暗殺のご指示を」

「よし、一旦落ち着こうか」


 専属侍女として仕えてから初めて見せる、モニカの険しい表情。

 僕のためにこんなにも怒ってくれるのは嬉しいけど、あんな奴のために君が手を汚す必要はないよ。


 だけど、まあ……サンドラじゃないけど、ちょっと僕も手を打ってみようかな。色々と面倒になってきたし。


 ◇


「ハル様が王子でも貴族でもなくなってしまったら、ですか?」

「は、はいい……っ」


 次の日、訓練を終えて地面に転がる僕は、サンドラに尋ねてみた。

 もし王侯貴族じゃなくなった場合、ハロルドという人間をどう評価するのかを。


「率直に申し上げますと、ハル様の身分などに興味はありません。ハル様はハル様だからこそ、尊いのです」

「そ、そう……」


 事もなげに即答されてしまい、僕はプイ、と顔を彼女から背けた。

 今の僕、絶対に顔は真っ赤だしにやけてると思う。


「……ひょっとして、ハル様にそのような思いを抱かせるようなことを(のたま)った不届き者がいるのですか?」

「っ!? ち、違います! ちょっと思うところがあって!」


 殺気を感じ、僕は慌てて否定した……っていうのにさあ……。


「そうなんだよサンドラ! あのウィルフレッドとかいう馬鹿、馬鹿のくせにハルを馬鹿にしたんだ! ハルが止めなかったら、アイツの顔を引っ()いてやったのに!」


 キャスの奴、速攻でバラしてるし。

 あと、馬鹿って連呼しすぎ。もっと言ってやれ。


「なるほど……どうやらあの(くず)、命が惜しくないようですね」

「サンドラも落ち着いてください」


 これ、放っておいたら絶対にウィルフレッドを暗殺しに行くだろ。

 アイツが死のうが生きようが知ったことじゃないけど、そのせいでサンドラに危害が及ぶなら絶対に受け入れられないよ。


「とにかく、アイツにはカーディス兄上の派閥を抜けると言っちゃったので、もう僕と関わり合いになることなんてないですよ」

「……そうでしょうか」


 サンドラにジト目で睨まれ、僕は慌てて視線を逸らす。

 あの様子だと、これからも間違いなくちょっかいをかけてくるだろうな。


 それと、ウィルフレッドから事の仔細(しさい)を聞いたカーディスが、問い(ただ)してくるはずだ。面倒だけど仕方ない。


 ということなので。


「……サンドラには、たしか兄君がいらっしゃいましたよね?」

「はい、一人だけ」


 『エンハザ』のチュートリアルシナリオである『シュヴァリエ家の反乱』では、当主であるシュヴァリエ公爵のほかにも、その息子である“セドリック=オブ=シュヴァリエ”が、名前だけ登場したからね。


「ですが……それが、どうかしましたか?」

「ああいえ。一度もお会いしたことがありませんので、ご挨拶に伺おうかと……」


 婚約してから半年近く経っているのに、何を今さらって顔をされそうだけど、僕達の今後(・・)のためにも、今からでも()びを売っておかないと。腰巾着は伊達じゃないのだ。


 だけど。


「……それは、やめておいたほうがいいかと」


 サンドラは、メッチャ微妙な表情でそう告げた。

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