ダンスに誘ってみました。
「本日は、ようこそお越しくださいました」
「っ!?」
ええー……どうしてフレデリカが、僕のところに挨拶に来るんだよ……。
僕は慌てて周囲を見回すが、カーディスの姿はない。
そのことに胸を撫で下ろしたくなるけど、それはそれで婚約者を放ったらかしにして、どこに行ったんだよ。
「そ、その、本日はお招きいただき、ありがとうございます。こちらは……」
「アレクサンドラ様、よく来てくださいました」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
僕が紹介する前に、二人はにこやかに挨拶を交わす。
まあ、お互い公爵家同士だし、サンドラに招待状だって送っているんだ。面識があってもおかしくはないか。
「そういえば……お二人は婚約をなさったとか」
「はい。おかげさまで、こんなにも素敵な御方と婚約することができました」
「それはおめでとうございます」
胸に手を当て、心から幸せそうな笑顔のサンドラを見て、フレデリカも同じく微笑みを返した。
だけど、フレデリカの細い眉が、一瞬だけピクリ、と動いたのを、僕は見逃さなかったよ。
まあ、『無能な悪童王子』と陰で呼ばれている僕だから、サンドラの過剰な評価に首を
「では、他のお客様へご挨拶してまいります」
フレデリカは優雅にカーテシーをすると、この場から離れた。
「……カーディス殿下は、どうしてフレデリカ様のお
他の招待客に声をかけるフレデリカを見つめ、サンドラがポツリ、と呟く。
サファイアの瞳に、かすかに怒りを
「分かりません……ですが、これだけは言えます。今夜のパーティーでは、僕は絶対に君の
「あ……ふふ、ありがとうございます」
そう告げると、サンドラは綺麗な顔を
そもそも、会場にいる僕の知り合いなんてサンドラとフレデリカを除けば、カーディスとウィルフレッド、それと
あれ?
というか、フレデリカには挨拶も済ませたから、もうここにいる必要はないのでは?
「そ、そのー……もう目的は果たしましたし、何でしたら王宮にでも……」
「え……?」
そんな提案をしてみたものの、サンドラが目を見開いて顔を青くする。
えーと……彼女としては、まだこのパーティーを楽しみたい、のかなあ……。
「あ、ああいや、もちろんこのまま楽しんでも」
「は、はい。まだ始まって十分も経っておりませんし」
やっぱりサンドラは、もっとここにいたいみたいだ。
確かに、僕達が婚約者として二人でパーティーに参加したのは、今日が初めてなんだ。つまり、これって僕達のアピールの場でもある。
ハア……なのに僕ときたら、『エンハザ』のキャラに会いたくないばかりに、一番大切な彼女の気持ちを置き去りにしてしまっていたよ。
これだから、前世でもボッチ童貞だったんだよなあ……。
「その……すみません。ご存知のとおり、僕は至らないところがたくさんありますので、いつでも指摘してくださいね……?」
「こんなにも私のことを大切に想ってくださり、理解してくださるハル様に至らないことなど、あるはずがありません。私はあなた様と婚約できたこと、心から嬉しく思います」
僕の顔を見つめ、咲き誇るような笑顔を見せてくれるサンドラ。
いやもう、こんなに素晴らしい
すると。
「「あ……」」
会場に、オーケストラによる演奏が流れた。
どうやらダンスタイムが始まるようだ。
すると。
「カーディス殿下とフレデリカ様ですね……」
「ええ……」
ファーストダンスを踊るのは、当たり前だけど今日の主役であるフレデリカと、婚約者のカーディス。
どこに行っていたのか分からないけど、いつの間にかフレデリカと合流していたみたい。
だけど……さすがは『エンハザ』の主人公のライバルキャラとヒロイン。踊る姿も様になっている……って。
「サンドラ……?」
「そ、その、私も……」
僕の上着の
もちろん、彼女が僕に何を求めているのかは分かるけど、困ったことに前世の記憶を取り戻す前のハロルドを含め、まともにダンスを踊ったこともなければ習ったこともない。
つまりこれは、サンドラの好感度を下げるためのイベントということだ。どうしよう。
でも、上目遣いで僕を見つめる彼女の瞳は熱を帯びていて、とてもじゃないけどダンスを断れる雰囲気じゃないよ。詰んだ。
でも。
「そ、その……恥ずかしながら、僕はパーティーで踊ったことはありませんし、王宮でも真面目に習ってこなかったんです……で、でも! こんな僕だけど、君とダンスが踊りたい、んです……だ、だから、僕と……」
本当に、ダンスなんて中学校の運動会で踊ったオクラホマミキサーくらいしかないのに、何を調子に乗っているんだろうね、僕は。
最悪、サンドラに恥をかかせることになるっていうのに。
それでも、僕は彼女をダンスに誘うべきだと思った……いや違う、誘いたかったんだ。
僕はおそるおそる、サンドラの顔色を
「私がリードいたしますので、ご安心ください。ハル様」
頬を赤く染め、はにかみながら僕の手にその小さな手をそっと添えてくれた。
僕? それはもう、嬉しくて嬉しくて、その場で飛び上がってしまいそうになったよ。
だって……こんな駄目な僕の誘いを、最推しの婚約者が喜んで受け入れてくれたんだから。
「ちょうど今、お二人のダンスが終わりましたね」
「は、はい! では、まいりましょう!」
「ふふ……はい!」
嬉しすぎて思わず声が上ずってしまうばかりか、かなり鼻息の荒い僕。
そんな僕を見てクスリ、と微笑む彼女と一緒に、カーディス達と入れ替わるようにホールの中央へと向かう……んだけど。
「あれは……」
サンドラが、まるでタイミングを見計らったかのように同じく中央へ向かう二人の男女を見て、思わず眉根を寄せる。
ええー……どうして同じタイミングで、ウィルフレッドと彼女……マリオンがしゃしゃり出てくるんだよ……。
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