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せっかくのパーティーに主人公が現れました。

「モニカ、おかしなところはないかな……?」


 鏡に映る自分の姿を見て、着付けをしてくれたモニカに尋ねる。

 今日はマーシャル公爵家のパーティーに、サンドラをエスコートして出席するんだ。婚約者に恥をかかせるわけにはいかないからね。


「ご安心ください。このモニカ=アシュトン、必ずやハロルド殿下こそが本日のパーティーの主役になると自負しております」


 (うやうや)しく一礼して自信満々に告げるモニカに、僕は不安で一杯だよ。

 あと、主役はサンドラで、僕は引き立て役に過ぎないんだからね。分かっているよね?


「ま、まあいいや。君がそう言うなら信じるよ」

「殿下、それは失礼ではないでしょうか」


 どうも僕の言い方が悪かったらしく、モニカがプイ、と顔を背けてしまった。

 ま、まあ、帰ってから謝るとしよう。


「それじゃ、行ってくるよ」

「ニャ!? ボ、ボクは一緒じゃないの!?」


 おっと。キャスの奴、一緒に連れていってもらえると勘違いしていたようだ。


「いや、動物はパーティーに連れていっちゃ駄目だから」

「ボクは動物じゃないよ!」

「魔獣でも無理」

「むうううううううううううう!」


 あーあ、キャスまで()ねてしまったよ。面倒くさい。


 僕は一人と一匹を王宮に置き去りにして、馬車に乗ってシュヴァリエ公爵家のタウンハウスへと向かう。

 夕暮れの王都はまだ賑わっており、人混みも多い。


「サンドラ、気に入ってくれるかな」


 上着に忍ばせてある、今日のために用意したものに触れ、彼女の喜ぶ顔を想像して、僕も頬を緩める。

 彼女のことばっかり考えていたせいだろう。シュヴァリエ家のタウンハウスには、あっという間に着いてしまった。


 だけど。


「ハル様、お迎えくださりありがとうございます」


 瞳と同じ青のドレスに身を包むサンドラは、僕の想像していた姿なんかよりも何倍……いや、何十倍も綺麗だった。

 おかげで僕は、胸が高鳴りっぱなしだよ。


「ハル様……?」

「あ……す、すみません。あまりにも綺麗だったから、見惚れてしまいました」

「ふあ……あ、ありがとうございます……」


 聞いた? サンドラ、『ふあ』なんて可愛らしい声を漏らしたよ。メッチャ可愛い。


「では、まいりましょう」

「はい」


 (ひざまず)いて差し出した右手に、彼女がその小さな手をそっと添えた。

 エスコートは、既に始まっているのだ。


「サンドラ……今夜の記念に」


 マーシャル公爵家のタウンハウスへと向かう馬車の中、正面に座る彼女に、あらかじめ用意しておいた、とっておきのプレゼントを渡す。


「そ、その……開けてもよろしいですか?」

「もちろんです」


 サンドラは頬を赤らめ、プレゼントの包装を丁寧に開き、(ふた)を開けると。


「綺麗……」

「気に入っていただけたでしょうか……?」

「はい……こんな素晴らしい髪飾りをくださり、本当にありがとうございます。惜しむらくは、せっかくいただいたこの髪飾りを、今日のパーティーにつけていくことができないことです」


 プレゼントの髪飾りを小さな胸に抱きしめ、サンドラはますます頬を染めた。

 うん、モニカにアドバイスをもらった甲斐があったよ。給金アップは任せてくれ。


 でも、実は以前から不思議に思っていることがある。

 サンドラはどうして、ここまで僕のために指導してくれて、些細なプレゼントでもこんなにも喜んでくれるのだろうか、と。


 知ってのとおり、僕は『無能の悪童王子』。評判は最悪だ。

 それでも、彼女はちゃんと僕を見てくれて、ヘンウェン討伐の時だって、危険を(かえり)みずに手伝ってくれて。


 もちろん、婚約者(・・・)だから……というのもあると思う。

 だけど、それだけでは済まないほど、僕は彼女からたくさんのものを貰っているんだ。


 ねえ、どうして君は、こんな僕にここまで尽くしてくれるの?

 ねえ、本当の君は、こんな僕のことをどう思ってくれているの?


 その答えを知りたいけど、今の(・・)僕にはそれを聞く勇気はない。


「ハル様、到着したみたいです」

「あ……そ、そうですね」


 いけない。彼女がいるのに物思いにふけってしまうなんて。


「どうぞ」

「ふふ……ありがとうございます」


 慌てて先に降り、彼女の手を取って馬車から降ろす。


 その時、僕は。


「サンドラ……僕、もっと頑張ります。頑張って、頑張って、婚約の日の約束どおり、絶対に君に相応しい男になってみせます」

「はい……私は、いつまでも(・・・・・)お待ちしております」


 サンドラは、僕の決意の言葉にそう答えてくれた。

 あの時(・・・)とは違い、『エンハザ』本編が始まる三年後ではなく、『いつまでも』と言ってくれたんだ。


 もちろん僕は、『いつまでも』でもなく、『三年後』よりももっと早く、彼女に相応しい男になるんだ。


 その時は、この疑問を彼女に尋ねよう。

 そして……僕は、告げるんだ。


 あの、言葉(・・)を。


「やはりマーシャル家のパーティーだけあって、とても招待客が多いですね」

「へ? あ、ああ、そうですね」


 ハア……決意するのはいいけど、サンドラをエスコートしていることを忘れちゃ駄目じゃないか。

 ちゃんと彼女に集中しよう。


「ハロルド殿下、アレクサンドラ様、ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」


 マーシャル家の使用人に案内され、僕達は会場に入ると。


「うわあああ……!」


 きらびやかな中の様子に、僕は思わず、感嘆の声を漏らした。

 一応、前世の記憶を取り戻してからは初めてのパーティーだからね。人格も前世のものだから、そういう意味では初体験みたいなものだ。


「ハル様は、ひょっとしてパーティーの参加は初めてですか?」

「はい。君と初めて参加したパーティーです」

「あ……そ、そうですね……嬉しい……」


 頬を赤く染め、サンドラが口元を緩めてうつむいた。

 どうしよう、僕の婚約者は女神よりも可愛いです。


 などと見とれていると。


「? あれは?」

「何やら、騒がしいですね……」


 会場の奥のほうで、まるで取り囲むかのように遠巻きに眺めている貴族達。

 彼等の口からは、『何故あの御方が……』『さすがにこの場に不釣り合いでは……?』など、少なくとも歓迎ムードではないみたいだ。


 えーと……みんなこっちを向いていないから、少なくとも僕に対してってことじゃないよね?

 なら、一体……っ!?


 貴族達の隙間から見えた、赤のドレスを着た見覚えのある令嬢と、その隣にいる髪の色と同じ白銀のタキシードを着た少年。


 間違いない。あれは――。


 ――『エンゲージ・ハザード』の主人公、ウィルフレッド=ウェル=デハウバルズ。

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