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レイドボスとの戦闘を開始しました。

「その薄汚い足をどけろ! この豚野郎ッッッ!」


 僕は草むらを飛び出して、『エヴァラックの盾』でヘンウェンを思いきり殴りつけ、大声を上げた。

 だけど悲しいかな、僕の貧弱な物理攻撃力では、ヘンウェンには蚊に刺された程度だったみたいだよ。チクショウ。


 でも。


「ッ!? ブヒヒヒッッッ!?」


 僕に追随したアレクサンドラとモニカが、二人同時に攻撃を仕掛けたことにより、ヘンウェンが苦痛で顔を歪め、キャスパリーグを踏みつけていた前足を上げて後退した。


「……ハロルド殿下。あなた様のなされたことは、勇気ではなく無謀(・・)と言うのですよ?」


 隣に立ち剣を構えるアレクサンドラが、冷たい視線を向ける。

 彼女の言うとおり、僕のしたことは無謀で愚かな行為だと思う。大した実力もないくせにね。


 でも、『漆黒盾キャスパリーグ』がどうしても欲しいと思ってしまった……というのは建前で、本当は、この小さな黒猫魔獣をどうしても助けたくなってしまったんだ。


 無力で悔しい思いをしたのは、僕……ハロルドも同じだったから。


 ハア……アレクサンドラも、こんな僕に心の中で呆れかえっているだろうなあ……。

 ひょっとしたら、無事に王都に帰れても、すぐに婚約解消されてしまうかも。大ピンチだよ。どうしよう……って。


「ふふ……」


 アレクサンドラが、クスリ、と微笑んだ。


「あ、あのー……」

「本当に、ハロルド殿下はどうしようもない御方です。どうしようもなく、不器用で優しい御方。でも……私は、そんなあなた様をとても好ましく思います」


 彼女の予想だにしない言葉に、僕は思わず顔が熱くなる。

 てっきり叱られるか幻滅されると思っていたのに、これじゃ不意打ちもいいとこだよ。


「ハア……このような御方にこれからもずっとお仕えするなんて、苦労が絶えなさそうです」


 僕を挟んでアレクサンドラと反対側に立つモニカが、白々しくこめかみを押さえてかぶりを振る。


「これは、王都に戻りましたら給金を倍にしていただきませんと」

「あ、あはは……善処します」


 モ、モニカって、そんなにたくさん給金を貰ってないよね? 僕に割り当てられた予算で足りることを祈るばかりだ。


「あ……」

「キャスパリーグ。あの豚野郎を、一緒に倒そう。あれが、お前のお母さんの仇なんだろう?」

「ああああああああ……っ!」


 傷だらけのキャスパリーグを抱きかかえ、ニコリ、と微笑むと、その黄金の瞳から大粒の涙が(あふ)れ出す。

 母親の命を奪われて今まで誰にも頼ることができず、歯を食いしばって機を(うかが)っていた小さな黒猫魔獣は、器用に前足でグイ、と涙を(ぬぐ)う。


「さあ、行くぞ! ここからは、僕達のターンだッッッ!」

「うん!」


 僕はキャスパリーグを抱えたまま、『エヴァラックの盾』を構えて突撃した。

 この中で一番実力が劣る僕がそんな真似をしたら、本当に自殺行為ではある。


 だけど。


「ブヒャアアアアアアアアアアッッッ!」


 怒り狂うヘンウェンの前脚による攻撃を、僕は盾で防ぐ。

 巨体の雌豚だけあって、一撃一撃の威力はものすごく強いものの、その動きはアレクサンドラとは比べ物にならないくらい遅い。


 たったの三割程度とはいえ、僕は彼女の剣撃を防御できるんだ。これなら、気を抜かなければ防ぐことが可能。


 その隙に。


「ッ!? プギュウウウウウウウッッッ!?」

「遅い」

「本当ですね」


 アレクサンドラとモニカが、最初の攻撃の十倍もの連撃をぶよぶよした巨体に叩き込み、ヘンウェンの身体から赤い鮮血が噴き出した。


「プギャアアアアアアアアアアアッッッ!」


 ならばと、怒りに任せて突進するヘンウェンだが。


「させるかああああああああああッッッ!」


 僕は二人とヘンウェンの間に割って入り、ガキン! と歯を食いしばって『エヴァラックの盾』で受け止める。


 でも。


「うわあああああああああああッッッ!?」


 残念ながら貧弱な僕の身体では、ヘンウェンの巨体を受け止めることができず、思いきり弾き飛ばされてしまった。

 それでも、その間に二人が突進を(かわ)すだけの時間を稼げたので、何よりだよ。


「ハロルド殿下!」


 モニカが牽制を繰り返す隙に、アレクサンドラが真っ青な顔で僕の(そば)に駆け寄る。

 僕の大切な女性(ひと)と僕自身を守るって言ったのに、こんなに心配をかけて情けないなあ。


「う……うぐ……や、やっぱり『エヴァラックの盾』じゃ、捌き切るのは厳しいかあ……」


 単純に防ぐだけなら、アレクサンドラとの特訓のおかげでヘンウェン程度なら大したことはない。

 だけど、一撃の重みに耐えられるだけの体力もないため、少なくともこの盾では防ぎ切ることは不可能だ。


 せめて、同じ闇属性の『漆黒盾キャスパリーグ』があれば……。


「あ、あの……ニンゲン……」

「……僕はハロルド。『ニンゲン』なんて名前じゃないぞ」


 申し訳なさそうに僕の顔を舐めたキャスパリーグに、口の端を持ち上げて冗談交じりにツッコミを入れる。

 まったく……人間の僕をこんな心境にさせるなんて、ちょっと魔獣としての自覚が足りないんじゃないだろうか。


 だけど、キャスパリーグは置いといて、大切な婚約者にまでこんな顔をさせるわけにはいかないよね。


 なので。


「なあ……『漆黒盾キャスパリーグ』は、どこにあるんだ?」

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