婚約者はスパルタでした。
「げふううう……あ、ありがとう……ござい……まし、た……(ガクッ)」
アレクサンドラと婚約を交わしてから、三か月。
僕は今日も拷問とも呼べる訓練を終え、『エンハザ』でハロルドを倒した時の断末魔『げふううう』を発動させた。
「ハロルド殿下、かなり良くなりましたね。これであれば、並みの者では殿下に傷一つつけることはできないでしょう」
アレクサンドラが涼しい顔で僕を見下ろし、額の汗を拭う。
彼女は『守れる強さが欲しい』という僕のオーダーに従い、防御面を徹底的に鍛えてくれた。
まずは最低限必要となる基礎体力を身につけるためと言って、訓練場に放たれた魔獣から逃げ回る訓練に始まり、王宮の敷地内で最も高い塔を自力でよじ登り下から迫りくる魔獣から逃れる訓練、さらには池に放り込まれ、水の魔獣から泳いで逃げる訓練。逃げてばっかりだな。
それが終わると、今度は防御訓練としてアレクサンドラの目にもとまらぬ剣の連撃を避け、
だって、彼女自身の動きも含めとてもじゃないけど目で追えるような代物じゃないし、一撃一撃が強烈。ちょっとかすっただけで地面に転がって悶絶するほどだ。
何より。
「で、ですが、僕は君の攻撃の三割も防ぐことができないんですけど……」
そう……僕のこの三か月の成果は、その程度のものでしかない。
おかげで、最初と比べてすごく打たれ強くなりましたとも。
「ハロルド殿下、自信を持ってください。三割とはいえ私の剣を防ぐことができる者など、シュヴァリエ公爵家においてもお父様を除き誰もおりません」
「あ、あははー……」
とりあえずは慰めてくれているみたいだけど、喜んでいいのかな……。
「ですが、気がかりなのはこのように武術に多くの時間を割いて鍛えるのはよろしいのですが、学業のほうをおろそかにしてしまうのではないかと……」
「あー……そちらは問題ありません」
心配そうな表情を浮かべるアレクサンドラに、僕は仰向けのまま気の抜けた声で答える。
実際、前世の記憶を取り戻してから家庭教師の授業を受けてみたんだけど、歴史以外は小学生程度のレベルのものばかりだった。
僕はまだ十三歳だから、年齢に合わせて難しくしていくんだと思うが、いずれにせよ前世では大学生だった僕に、解けない問題は何一つない。
一度、家庭教師の出した問題を全問正解してみせると、目を白黒させていたなあ……以前のハロルドが、酷過ぎただけに。
「それならよろしいのですが……」
それでも、彼女はなおも心配そうに眉根を寄せる。
これは安心させるためにも、機会があれば僕と一緒に授業を受けてみたほうがいいかも。
「では、今日の訓練はここまでといたしましょう。明日もまた、どうぞよろしくお願いいたします」
「は、はい……」
アレクサンドラはペコリ、とお辞儀をすると、着替えをするために訓練場を出て行った。
さあて、僕も着替えないと。
訓練による疲労とダメージで立ち上がることもできない僕は、いつものように
◇
「ハロルド殿下、お嬢様。失礼いたします」
湯浴みと着替えを済ませ、庭園のテラスで向かい合わせに座る僕とアレクサンドラに、専属侍女のモニカがカップにお茶を注いでくれた。
ちなみに彼女、マリオンをウィルフレッドにあてがったことで専属侍女が不在となったことを受け、アレクサンドラが僕のためにシュヴァリエ家から派遣してくれたのだ。
何でも、彼女はシュヴァリエ家に代々仕えるアシュトン男爵家の令嬢で、とても優秀なのだとか。
それもさることながら、
というか、この世界って綺麗な女性しかいないんじゃないかと思ってしまう。
ただ。
「殿下からそのような熱烈な視線を受けますと、思わず
「っ!? モ、モニカ!」
人差し指を口元に当ててクスリ、と微笑むモニカに、アレクサンドラが立ち上がって声を荒げる。
とまあ、こうやって事あるごとに主君である僕や彼女を
「ハア……もういいです。それより、今さらではありますが、本当にその……
「もちろんです。僕の望む強さは、まさに
アレクサンドラにはこうやって何度も念を押されているけど、僕は後悔なんて何一つない。
そう……僕がこの『エンゲージ・ハザード』の世界で生き抜くために選択した武器は、剣や槍、弓、メイスなど、数あるものの中であえて
いや、『盾って防具じゃん』っていうツッコミもあることは承知しているけど、『エンハザ』ではれっきとした武器カードとして存在しているのだ。
だから、戦闘パートでは物理攻撃を行う時は、キャラが盾を剣のように振り回している。
とにかく、『僕自身と僕の大切な
「それで……僕は、大丈夫でしょうか……?」
カップに口をつけるアレクサンドラに、僕は上目遣いでおずおずと尋ねた。
「……私とモニカの同行をお許しいただけるなら、問題ないかと」
「っ! ありがとうございます!」
彼女の許しを得たことで、僕は嬉しくて何度も頭を下げる。
これで、僕は手に入れることができる。
――役に立たない『死神の鎌』じゃない、僕だけの専用武器を。
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