転移から二ヶ月経った。
今僕は海の上で平穏な日々のありがたみを痛感している。
平穏な日々を満喫出来たのは転移から一ヶ月半までだった。
一ヶ月半が過ぎたある日、いつものように転移した僕は見知らぬ森の中にいた。
だが様々な森を見てきた僕は、特に気にすることなく散策を始めた。
そして僅か五分後に熊の魔物と出会った。
熊の魔物は体長五メートルはあり、見るからに硬そうな毛皮と最早鉈にしか見えない爪を備えており、しかもやや後ろに小熊もいた。
あっ、死ぬ。
そう頭が考えた頃には既に僕の体は生を諦めたのか、震えていなかったものの腰が抜けて尻もちを着いていた。
体を動かそうとしても指先すら動かないほど体が死を明確に感じながらも頭は冷静だった。
だから目の前に最大サイズ、直径一メートルの風魔術の玉を「発生」させ即座に解除した。
「発生」させた魔法を解除した場合、水や土はその場で形が崩れながら落ちていき、火と風の場合は周囲に勢いよく拡散する。
今回の場合は風が全方向に吹くので、それを利用して熊と距離をとったのだ。
更に数メートルも吹き飛ぶほどの衝撃で体は動くようになった。
最悪ひたすら同じ工程で吹き飛び続けようと思ったが、打撲で全身が痛くても走れたので後ろへ風の魔術を放ち不格好に加速しながら逃げた。
既にある程度歩いていたため、それからすぐに転移した。
だが今度は海のド真ん中だった。
踏んだり蹴ったりだと思いながらもアイテムボックスから筏を出して乗る。
それから一息吐くとようやく体が震え出した。
そしてその日一日は最低限の水分補給と排泄以外せず、ずっと筏の上で蹲っていた。
翌日の太陽が真上に登ってきた辺りでようやく気分を持ち直した僕は重大な事実に気が付いた。
ここでは転移出来ない、ということに。
何故なら「方向音痴」の発動条件は、しっかりした地面でないと歩数がカウントされないからだ。
しかも周囲には一切の島影が見当たらない。
ついでに以前川で泳いでもカウントされるか試した時はダメだった。
つまり歩ける範囲に大地が見つかるまで漂流生活をしなければならないのだ。
食料面はアイテムボックスで、衛生面は魔術で何とかなるため餓死等の心配はしてないが、海から鮫なんかに襲われたら一溜りも無いだろうし、海流や渦潮に攫われたら一巻の終わりだ。
しかしどうすることも出来ない僕はそうなる前に陸地が見つかることを祈って今日も漂流している。