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抜かれた男

「死を覚悟した」


「いちいち大げさなんだよ」


 腹にぶっ刺さった槍抜くのが大ごとじゃないわけないだろ。

 あとほっぴーてめぇ、モータルが槍引っこ抜く時俺の顔見てゲラゲラ笑ってただろ。末代まで祟ってやるからな。


「いやいや笑ってねぇって」


 本音は?


「正直ちょっと楽しかった」


 狂ってやがる……

 俺は槍が抜かれ心なしか寂しくなった腹周りをさすりつつ、チラリと時計を確認した。


「そろそろじゃねぇか?」


「ああ、ヘビ狩りの時間だな」


 ほっぴーがそんなイキり発言をしているが、残念なことに対ヘビ男戦に関して俺らがやれることは少ない。


 俺たちは特級を一人倒したものの、あの勝利は相性や敵のミスによるものが大きい。

 そもそもあの戦いで本来俺は死んでいるはずだったし。


 とまぁ結局何が言いたいかと言うと。


「俺ら普通の人よりちょっと強いだけなんだから出しゃばらねぇ方が良いぞ」


「タカが珍しく謙虚だ」


 珍しくはねぇだろ。

 俺はしっかりと身の程をわきまえて、相手を選んで煽る。


「言うほど相手選んでるか?お前、煽り界のバーサーカーってので有名だったじゃん」


 黙らっしゃい。というか何だその不名誉な二つ名。

 

「いやまぁ俺が言い出した名称なんだけど」


 ほっぴー後で覚えてろよ……?


 俺はそう言ってほっぴーを睨みつけつつ、部屋を去った。


 妹に呼び出しを食らったのだ。









「お兄ちゃん、正座」


「はい……」


 部屋に入るなり俺は妹に正座を強要された。


「シャノンから聞いたよ。腹に槍が刺さってたって」


「まぁ、うん」


「……どういうことなの」


 どういう事と言われましても。


「いやまぁ、長い人生、腹から槍が生えることの一度や二度……」


「普通無いから。また無茶したんでしょ」


 無茶したかしてないかで言えば圧倒的に無茶をしたが、結果的にリターンだけを得る戦いとなったのだ。あの行動は最善手だったと言えよう。


 という話を馬鹿正直にすればお説教延長は確定だ。ここは一つ、さほど無茶はしてないよ風な答弁で何とか逃げ切ろうと思う。

 後々バレるだろうがそん時はそん時だ。頑張れ未来の俺。


「あれは確かに見た目こそ酷かったが、実際に俺が自由に動き回ってたことから分かるように別段無茶をしたというわけではないんだ」


「死にかけたって聞いたけど」


「いっけねーッ!そろそろ集合の時間だーーーーッ」


「ちょ、お兄ちゃん!?」


 不利を悟った俺は早々に退散した。







 さくさくと砂を踏み締め、砂漠を進む。


 数分ほど歩いたところで、俺に追いついてきたほっぴーが話しかけてきた。


「説教どうだった」


「さては俺が死にかけてたのバラしたのお前だな?」


「はい」


 はいじゃないが。

 ……まぁいずれバレることだっただろうし別にいいけどよ。


 ……っと。ここか。

 砂漠の女王が目印としてたてたのであろう旗。その付近まで到達したところで、どさりと砂の上に腰を降ろした。


「今更ながら、俺ら部屋でゴロゴロしてていいのではという疑惑が」


「言ってたろ?全員で囲んだならば余裕で勝てる。逆に言えば中途半端な囲い方じゃ――」


 べらべらと何やら語り始めたほっぴー。

 その話を適当に流し聞きしつつ、集まった面子――その中でも一人、いや一匹だけサイズ感のおかしいヤツを見つけ、じろじろと眺める。


「渦風魔シルフィードじゃん」


「そういやカーリアちゃんの眷属だったな」


 俺も眷属になりてぇなぁ。

 その巨躯を見上げぼんやりとそんな事を思う。


 というか俺らって魔族的にはどうなんだろうか。

 強いんだろうか。

 特級を倒せはしたがアレは敵のガバによる部分が多かったし、アレは強さの裏付けとしちゃ弱い気がする。


 俺のそんな考えを知ってか知らずか、カーリアちゃんが手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。


「お腹は大丈夫ですか?」


「あー、大丈夫大丈夫」


「戦闘中に気分が悪くなったり、出血したりしたら無理せず下がってくださいね」


「生理かな」


 俺は余計な発言をしたほっぴーにアイアンクローをかましつつカーリアちゃんにペコリと頭を下げた。


「ありがと。まぁ死ぬ以外はかすり傷みてぇなとこあるし、今回も割と無茶するわ」


「話聞いてましたか……?」


 聞いてた聞いてた。大丈夫だって。安心しろよ。


 俺はカーリアちゃんに向けサムズアップをきめると、砂の上にごろんと横になった。


「じゃあ始まったら起こして」


「おい」


 ほっぴーに揺すられ、嫌々顔を向ける。


「なんだよ」


「いや緊張感なさすぎだろお前。槍と一緒に尻子玉も抜けたか?」


「お前ら河童かなんかだったの?」


 とはいえ、ほっぴーの言う事はそう的外れというわけでもない。

 槍を抜かれてから――というか一度死にかけてから――俺の心境は少し変わった。


 具体的にどこがどう変わったか説明しろと言われれば難しいのだが。

 

「……はあ、もういい。俺は砂漠の女王と話してくるからお前は掲示板でもやってろ」


「おう」


 俺は言われるがまま掲示板を起動した。





タカ:誰か居るか?


ガッテン:お


タカ:お?


ガッテン:やっぱお前も緊張してここに来た感じか


タカ:いや別に……


ガッテン:違うのかよ


タカ:分からん


タカ:緊張し過ぎて逆に意識できてねぇのかもな


ガッテン:調子が出ないなら下がってていいんだぞ


タカ:それはしない


ガッテン:無理すんなよ


タカ:急に優しくすんのやめて???きもいよ?????


ガッテン:なんだてめぇ


タカ:ごめんねガッテンくん……急に優しくされてもわたしガッテンくんのことは……


ガッテン:なんでそんな流れるように古傷えぐるの??????


ほっぴー:何やってんだお前ら


タカ:お


タカ:話どうだった


ほっぴー:十分後にアナウンスするからそれまで休むかウォーミングアップすっかしとけってよ


ガッテン:了解


タカ:了解






「……」


 十分後、か。


 分からないな。

 落ち着いてんのか、浮ついてんのか。


「まぁなるようになる、か」


 俺は砂に背を預け目を瞑った。






『ヘビ男の解放3分前です!総員、配置についてください!』


 砂漠の女王の切羽詰ったようなアナウンスに、慌てて飛び起きる。


「……っと、やべぇやべぇ」


「タカー!こっちだ!」


「分かった!今行く!」


 そう言って走りながらも俺は、何か見過ごしているような、漫然とした不安を消しきれずにいた。



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