泣き所さん!?
「おい、影」
「ようやく呼んでくれるようになったかい」
「ああ、理解し難いけど、この呼び名がお前にとって本当に重要なモノってことは伝わった」
俺は背筋に走る寒気を無理やり己が内に抑え込みつつ、続ける。
「……ずっと見てたのか」
「影はいつだって傍に居るだろう?」
先ほどの俺の「おい、影」という言葉は、俺の部屋の壁に向けて適当に発したものだった。
だがこの男は俺の話しかけた壁から、いや正確には壁の影からぬるりと現れ出た。
こりゃマジもんのチートだな……
「何か話したいことがあるから呼んだんじゃないのかな?」
「……ああ。情報をくれないか」
俺の言葉を受け影はニタリと笑った。
「いいよ。特級に関して、かな?」
そう言いながら触手を俺の身体に纏わりつかせてくる。
コイツやっぱマジきめぇな。さっさと殺そう。
「でもねぇ、君達が立てている作戦は上手く行くよ。君達が唆して実行させようとしている、特級数人で魔王を潰してサクっと撤退、って作戦は……今、練られてる最中だ」
……まぁ予測でもされない限り有効ではある策だし練られててもおかしくはないが……
「そしてその作戦で使われるのはこのアイテムだ。砂漠の女王に渡して解析して貰うといいよ」
そう言うと影は拳大のジェムのようなモノを俺によこしてきた。
「そこまでこっちの情報を把握してるのはさっきの妙な魔法の効果か?」
「さてさて。もしかしたら掲示板を覗いてたのかも?」
「悪いが掲示板じゃ大した話はしてない。……こっちの記憶が多少そっちに悟られるって感じか」
影は俺の問いに答える様子もなく、俺の頭を触手で一撫ですると来た時と同じように影の中に溶けるようにして消えていった。
転移系のほとんどを封じられる領域に引きずり込んでしまえば楽に殺せそうだが……
領域の事ぐらいはもう把握済みだろうし、全く対策をしないというのは有り得ないだろうな。
「……はあ」
道は見えてきたが、それと同時に厄介事も顕在してきたな。
タカ:掲示板見られてる可能性あるわ
タカ:あと妙なアイテム渡された
タカ:そっちに渡したいんだがどうすればいい
砂漠の女王:アイテムですか
砂漠の女王:その程度の枠分のゲートなら比較的簡単に開けますわ
砂漠の女王:開きましょうか?
タカ:開いてくれ
タカ:ただ受け渡しはモータルに頼む
タカ:俺はちょっと指揮官の女の気を引いておく
ジーク:ナンパかな
タカ:お前またサボりか?
ジーク:は?
タカ:は?
ガッテン:共食いやめて
タカ:いや俺は異世界出張っていう大仕事の真っ最中だから
タカ:この場で息してるだけでも仕事だから
タカ:もはや仕事=俺みたいなとこある
ガッテン:ないです
ジーク:俺も仕事してるっての
ジーク:罠組むの手伝ってんだぞ
砂漠の女王:もしかして渡した分の仕事、終わったんですか?
ジーク:あともうちょいかかるよ
タカ:コイツ絶対手抜いて楽してまっせ女王さぁん
ジーク:おい
ジーク:いや違うって
ほっぴー:疲れた
ほっぴー:ジーク、仕事終わったんなら俺の方手伝いに来い
ほっぴー:あとタカ、お前んとこのバンシー全然言うこと聞かねぇんだけど
タカ:は?なに勝手にうちの子使おうとしてんの
ほっぴー:魔物で団体行動取れるように今俺が動き教えてんの!
ほっぴー:例外なく協力して貰ってんの!
タカ:ジムバッチ集めたら言うこと聞くようになるよ
ほっぴー:ポケモンの話じゃねぇ!
Mortal:アイテム受け渡し把握
Mortal:どこに?いつ?
タカ:とりえずお前の部屋に……ああやっぱいいわ。影に運ばせる
ガッテン:順応が早すぎる
ジーク:契約したその日の内に使いこなしていくのか……
「つーわけでモータルんとこまでよろしく」
俺はそう言って先ほどのジェムを壁に向け投げつける。
そのジェムは壁に叩きつけられ壊れる……等ということはなく、壁の影へと吸い込まれていった。
「さぁて、ちょっとおしゃべりしてきますかねぇ」
上唇をペロリと舐めると、俺は部屋を後にした。
コンコン。
「誰だ」
「本日付けで配属になりましたタカです」
「挨拶は先ほど聞いたぞ」
……そういやそうだったな。
「いえ、アレだけでは不十分かと思いまして。せめてどんなスタイルで戦うかだけでも把握して頂きたく」
「……ふむ。分かった。入れ」
「失礼します」
扉を開ける。
その瞬間、俺の頭部に向けとんできた槍を紙一重でかわす。
「!?」
「せいッ!」
いつの間にか眼前にまで迫ってきていたレオノラ。
そのレオノラの槍の薙ぎ払い。
これも必死の思いで何とかかわす。
「武器を出せ。貴様が私に一撃でも入れた時点でこの手厚い歓迎をやめるとしよう」
こいつ狂ってんのか!?
「自分で言うのも何ですが俺はそれなりに貴重な……あっぶなっ!?」
今避けてなかったらおもっくそ心臓貫かれてたよねぇ!?
「ふ、ははははは!戦い方を教えてくれるのだろう!?この私に!」
「こんの……キチガイ女がァ!上等だァ!」
あっやべ、本音が。
「いい!いいぞ!本気でこい!」
「誰か助けてくださーーーーーーい!!!!!」
俺は悲鳴をあげながら廊下を走り出した。
「逃がさんぞ!」
廊下の角を曲がり、くるりと方向転換。腰に携えていた短剣を構える。
「不意打ちをするのならもっと殺意を隠せ!」
「なんで普通にバレてんだよッ!!!?」
廊下の角から現れたレオノラに向け放った一撃は、槍をもって軽くいなされた。
「ブレイドダンス……!」
「ほう!」
速度の増した俺に感嘆の声を漏らすレオノラ。
「死ね!バーサーカー女!」
「ふはははは!殺意が心地よいぞ!」
何なのコイツ。魔王なの?
俺は心の中でそう愚痴りつつ、体重を乗せた短剣の一撃をかます。
だが当然それは――
「ふんッ!」
レオノラの槍にはじかれる。
だがそれでいい。
槍にはじかれた反動で背の方へと回った短剣と、それを握る手。
その状態のまま姿勢を下げ、俺は短剣をぶん投げた。
小学校時代なんかに、ボール投げが上手いヤツがよくやっていた、背中から投げるアレと同じ要領である。
「くっ!?」
それも防がれる。だが、それでいい。当たればラッキーとは考えていたが、そこまで期待していたわけではない。
「うらァッ!」
懐からもう一本短剣を……などと言えるほど俺は用意周到ではない。
俺は短剣も何も持たず、拳で抵抗した。
顔を狙って投げられた短剣の対処をしていたレオノラの、ガラ空きの脛に俺の拳が吸い込まれ――
「痛ったぁ!?」
「ぬぅッ!?」
お互いに悶絶した。