会議は踊り、そして爆散する。
「……徹夜組か何かか?」
どこからか掛けられた声。
その声をきっかけとして、意識が段々とハッキリしてくる。
「おはよう。紅羽」
「何もカーリアちゃんの部屋の前でずっと待つ事ないだろお前ら」
そりゃ正論なんだが、どうも昂ぶった精神を静め切れなくて、な。
俺だけじゃなく、ほっぴーとスペルマンも。
「この三人ってアレじゃん。撮影班じゃん。ついでに何か悪い事企んでんじゃ……」
「おい前科があるみてぇな言い方やめろ」
「前科しかねぇだろ!」
「お前らうるせぇ!……ふぁーあ。結局全員寝落ちかよ」
横で転がって寝ていたほっぴーがブツブツ言いつつも起き上がり、胡坐をかいて壁に背を預ける。
「おう、ほっぴーおはよう」
「おはよ。他の面子は?紅羽だけか?」
「七色の悪魔さんと鳩貴族さんは朝のラジオ体操に参加。あと多分ジークは寝坊。モータルは知らない」
おかしいなー。昨晩の会議だと満場一致の案が出たはずなんだけどなー。
朝になったらカーリアちゃんの部屋の前に集合って話だったんだけどなー。
いやまぁ七色の悪魔さんと鳩貴族さんは仕方ないとしてさぁ!
ジークは……まぁ、うん。
「モータル……」
「諦めろ」
そうだな。そういう生き物だもんな。
「で?一応七色の悪魔さん達待つの?正直、ちょうどあたし達……元広報部の面子揃ってるし、行っちゃって良い気もするけど」
「んー……ほっぴー、どうする?」
「カーリアちゃんが起きてるかどうかがな。おい、スペルマン。起きろ」
「んぐ……ぐぉお!?」
盛大に床によだれをぶちまけ寝ていたスペルマンの脇腹にチョップをかますほっぴー。
ツボに当たったのか、壊れたおもちゃのような挙動でスペルマンが起き上がった。
「痛ッ!?え、なに!?」
「うるせぇよ!カーリアちゃんが起きちゃうだろ!」
ほっぴーに窘められ、スペルマンが自らの手で口を塞ぐ。
「なあ、お前らやっぱ悪だくみ……」
「悪だくみじゃねぇ。寝起きドッキリだ」
「馬鹿なのか?」
はっ、馬鹿と天才は紙一重なのさ!
「カーリアちゃんとの用事も済ませつつ、動画を一本撮れる。いやぁ、自らの才能が怖いぜ」
「あたし、カーリアちゃん起こしてくるわ」
「紅羽さぁん。後で余ってる干し肉あげようかぁ?」
「早く行ってこい。用事もサクっと済ませて肉をよこせ」
あの肉は俺が楽しみとしてこっそり取っておいた物だったが、カーリアちゃんの寝起きドッキリが撮れるなら安いもんだ。
「ほっぴー。アレはあるか?」
「ああ、アレだろ?勿論」
ほっぴーが枕代わりに使っていたタオルにくるまれた物体。
タオルがはらりと落ち、その姿を現した。
「早朝バズーカ……!さあ、どんなリアクションがとれるか見物だぜ!」
無論、バズーカといっても本物ではない。
驚かすための、音と煙が出るだけの単なるおもちゃだ。
「わははは、これを作るために使った術式、知りたいか?」
いや別に……
「一瞬で死んだ目になるのやめろ」
だってな……うん。
お前の話長いもん……。昨晩も散々聞かされたし。
正直寝落ちの原因、お前の長話……
「ほっぴー氏、タカ氏~、はやく行こう。起きてちゃ興ざめでしょ」
それもそうだな。よし、ほっぴー。
「おう……へへ、鍵をかけねぇってのはマジだったんだな」
ドアノブがガチャリ、と音を立て回り、ほっぴーがゆっくりと扉を開け中へと入っていく。
「お前らー、絵面ひでぇぞー」
「紅羽氏、静かに!」
紅羽に向け唇に人差し指を立て、しーっ、と言ったスペルマンの脇腹に紅羽の蹴りが突き刺さった。
「ぐぅ!?」
「おい、カメラマン!はやく来い!」
「というかタカに至ってはただ見てるだけだよな……?」
俺もスペルマンと同様に紅羽に向け唇に人差し指を立て……あぶねっ!馬鹿お前!干し肉がどうなってもいいのか!?
「……チッ」
この弱みに付け込み更に煽り倒そうと思ったが、先に部屋に入っていったほっぴーが扉から手を出し、オッケーサインを送ってきたので、さっさと部屋に入る事にした。
へっ!命拾いしたな!俺が。
「おはようございまぁす……」
既にカメラはまわっている。
紅羽は、先ほど俺に対し「見てるだけ」だなんて言ったが、それは違う。
今回の俺の役目はレポート。
あ、ちなみに声は編集で加工する。今更身バレしてもどうって事ない気はするんだが、まあ、一応な。
「えー、今日はですね……起床前のですね、カーリアちゃんのお部屋に来ております……」
「えー、内装は引越し初日の如く、荷物が積まれており少し無骨さを感じますが、時折置かれているぬいぐるみ。これが可愛らしさを演出していますねぇ……」
どこぞのおっさんとは大違いですねぇ。
「さてさて。おお、これは……ファンレターですね。綺麗に整理してあります……ファンを大事にしているんですね……」
ここでは敢えて触れないが、俺達がミスって渡してしまった数通ほどのアンチレターも、別のファイルに入れてしっかり保管していた。
……うん。すげぇよカーリアちゃんは。
「さてさて……それでは、そろそろ……はい、こちらでね。カーリアちゃんを起こしていきたいと思います」
ほっぴーから渡された覆面を被り、バズーカを構える。
「……っと、その前に。寝顔を拝見」
カメラがベッドですやすや眠るカーリアちゃんにグッと寄る。
そして数秒ほど撮影したところで、カメラを元の位置まで戻す。
「じゃあ、行きますよー。さーん、にーい、いーち……おっはようございまぁああす!」
ドガァアアアアアン!
まるで真横を飛行機が通り過ぎたかのような爆音に、俺の鼓膜がぶっ壊れる。
はっはっは。ほっぴーくん。さては馬鹿だな?
「……ごふっ」
そして遅れてやってくる痛み。
これは……
気付けば俺は。いや俺達は壁にめり込まされていた。
俺と目があったカーリアちゃんの目が驚愕に染められ、慌ててこちらに寄ってくる。
その時、無論、カーリアちゃんはパジャマ姿で。
ブラという枷から解き放たれた暴力的なまでのその質量の塊が、ばるんばるん、と揺れていた。
「ああ……」
死にかけるくらいの価値はあるな。
ただそれだけに惜しい。
これを撮影出来ていないという事……いや、待てよ?あれは……!?
鼓膜は既に破れ、俺の知覚世界に音はもう無い。
ただただ、肩を必死にゆするカーリアちゃんの姿と、その後ろで自分だけヒールで回復しているほっぴーの姿。そしてその更に後ろには――血反吐を吐き、片腕が変な方向に曲がりつつも、懸命にカメラをまわすスペルマンが見えていた。
スペルマン……お前、男、いや漢だぜ……!あとほっぴーは後でぶん殴る。
俺はそんな思考を最後に、意識を手放した。