お遊戯の終わり
「師匠」
「なんだ」
「このケイドロ、何か意味があると思わないッスか?」
意味?
……うーん。
「いや、無いだろ」
「そうッスかね……」
「そもそも事の発端は俺だし……いやまぁ厳密に言えば七色の悪魔さんだけど」
「……まぁ杞憂なら良いッス」
引っかかる言い方だな。
このケイドロをやる事によって影響が出る事柄なんてあるか?
……駄目だ全く思いつかん。
「じゃあ俺軽く見てくるッスから」
「待て」
おいおい、妙な勘繰りはするくせに気付けてないのか?
「トラップが仕掛けられてる。間違いなく、な」
「何でそんな事分かるんスか」
「こっちまでなかなか警察がやってこない。そして露骨な程に下の階を警戒してる」
「……えーと、つまり?」
「下の階……つまりは檻があるとこまで来い、と誘われてるんだよ、俺達は。と、なると……」
俺は窓をガラガラと開け、くいくい、と親指で外を指し示す。
「階段に何も仕掛けないはずがない。外から壁よじ登って行くぞ」
「えぇ……」
えぇ、じゃねぇよ。
「落ちたら死にかねないッスよ?」
「安心しろ。砂漠の女王は常に俺達を見てる。ヤバそうなら助けてくれるさ」
風が吹き付ける中、俺達はせっせと壁を登っていた。
というか無風状態にできるはずなのにしていない辺り、砂漠の女王のそこはかとない悪意を感じる。
「し、師匠……これ一人で良かったんじゃないッスかね……?」
「馬鹿野郎、いざって時の盾……じゃない、師弟は一心同体、だろ?」
「本音隠す気ないッスよね……」
まぁぶっちゃけ脚の速さの差のせいで、どう足掻いても囮になっちゃうだろうしな。
……っと、そろそろか。
「屋上、到着ー」
「つ、疲れた……」
屋上の床にごろりと転がり、ぜーはー言っているベガを放置し、俺は階段へと通じる扉へと向かう。
「あ、ちょ、師匠!トラップとかは」
「ねぇよ。多分な」
扉の前に立つ。
すると、妙な物が目についた。
「ん……?おお、これは」
扉と壁の隙間から飛び出した紙。
「メモだな」
その紙には、106号室と表記されていた。
「……んー……まぁ信じるしかないわなぁ」
俺はその紙をポケットに入れ、ベガの元へ行こうとした。
その時。
つい、と何かを引っ張ったような感覚。
そして次の瞬間には、扉が開き、そこから飛び出した網が俺を拘束していた。
「うおおおおお!!!?」
「師匠!?」
開いた扉から、バタバタと階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
「106号室が檻だ!早く行け!」
「で、でも師匠!」
「うるせぇ!早く行けつってんだろ!そしてさっさと救出に来い!」
ベガが悲痛な面持ちのまま、屋上から逃げ出していく。
「クッソ、この作戦考えたの誰だ!?たかがケイドロで……性格悪ぃよなぁ!本当さぁ!この網、粘着力えぐいしさぁ!ちゃんと取れるんだろうなぁ!オイ!……なあオイ!」
俺は最後の足掻きとして精一杯悪態をついた。
「あー、ベトつくわー。マジでベトつくわー」
「うるせぇ」
俺は現在、203号室にて、監視のほっぴーに対しぐだぐだ文句を言っていた。
「あのな、これお遊戯なのよ。お前みたいにガチ盗賊ムーブされっともうなんか違うモノになっちゃうわけ。分かる?」
「ガチって何が悪い」
「うわぁ……」
ドン引きした様子のほっぴー。
俺はすかさず、服にくっついていた粘着物質の塊をぶん投げた。
チッ、避けたか。
「つーか。檻が複数ってどうなのさ」
「人数的に一個じゃ無理だろ」
「何で俺だけ個室なの」
「個室じゃねぇ、懲罰房だ」
かーっ、俺みたいな人畜無害な男になんて仕打ちを。
俺が拗ねた様子で床に転がると、ほっぴーが溜め息をつきつつ俺に語りかけた。
「いいか?大前提として、これはストレス解消のためのレクリエーションだ。勝敗という概念は確かにあるが、それはガキ共にプレゼントをやる口実に過ぎない。だいたいの大人は、チーム分けの時点でそれを何となく察するんだよ」
「俺も察してたけど」
「察した上であの動き!?馬鹿なの!?」
いやだってさ。
「警察陣営にお前らが居たからさ。嫌がらせで、な?」
「性格悪ぃなぁ!ほんとによぉ!」
そう言うほっぴーの口角は少し上がっている。
「お前楽しんでただろ?」
「……へへ、まぁな」
物の見事に俺が罠にハマったしな。罠を仕掛けた本人であるジークもさぞかし笑ったんだろうな。
なんかムカつくな。
「ほっぴー、忘れてないか?」
「あん?」
「モータルが残ってるぞ」
「あいつはお前と違って子供相手にえげつない真似したりしないから」
「何言ってんだお前。俺はガキだけじゃなくだいたいの人に優しいぞ。バファリンの半分担当って言われてっから」
「ああ、うん……」
おい何だその可哀想なモノを見る目は。
『泥棒全員が捕まりました。警察の勝利です。ではこれよりお代官様から賞品についてお話がありますので、心して聞くように』
結局、俺が懲罰房でほっぴーとぐだぐだ話している内にモータルが捕まったらしい。
『領域の皆様、レクリエーションは楽しんでいただけましたか?』
まぁ何だかんだ楽しんだかな。
『今回のMVPである子供達に、賞品を配ろうと思います。中学生以下の子達は、三階の倉庫まで集まるように』
『では各自、解散!』
……ふう。
「じゃあ俺、部屋に戻ってあうあうするから」
「あうあうするって何だ」
あうあうはあうあうやぞ。
『おっと、忘れるところだった。ケイドロ中に壁をよじ登ったタカ君。あと勝手に罠を配置して回ったジーク君、それを指示したほっぴー君と紅羽ちゃん。あとおよそ子供の前でやるような速度じゃない立ち回りをやった七色の悪魔君にモータル君。良い機会とばかりに領域内を漁って回っていた鳩貴族君。警察を不純なイラストで買収しようとしたスペルマン君…………以上、八名!まとめて私の部屋に来なさい』
あ、あうあう……
「よし、揃ったね」
「領域内の十傑勢ぞろいかよ」
ジークがボソリと呟く。
え?十傑ってこれで全員じゃなかったっけ?
ガッテン?知らんなぁそんなヤツは。
「こんな集まり方をさせられて、悲しいとは思わんかね?」
ああ。悲しいよ。お前ら!分かってんのか!
「タカ君、そっと私の隣に立とうとしない。君も呼び出しをされた側だ」
「すいません……」
俺が下がったのを見て、お代官さんが咳払いをひとつした後、いよいよ話し始めた。
「本当は普通に呼び出して、したい話があったのだがな、うん。君達、単なるお遊びなのに暴れすぎ」
「「「「「すいません」」」」」
八人の声が重なる。
「……はあ、まあいいか。楽しんだようだし」
そこで言葉を一旦区切ると、お代官さんが打って変わって真剣な顔つきになる。
「まず結論から言おう。ここが異世界の“人間”に攻め込まれる可能性が出てきた」
誰かの息を呑む声が、聞こえた。