繋がり、広まる縁
「良い朝だ」
部屋の窓から朝日が差し込み、思わず目を細める。
「普通に健康的な生活してんな……」
澄んだ意識のまま、今日の予定を立てる。
昨晩モータルに聞いた話では、オーク討伐遠征の第二陣は明日らしい。
俺達はいきなり最前線で戦うことになっている。
一応は、第一陣の際の独断専行の罰という事らしい。
「アイテム整理した方が良いか。となると午前中に買い物やって、後は……」
一応スラムの方に顔出しして、あとギルドの方でも挨拶まわり……
「しんどいけど、モータルはどうせやらねぇだろうしなぁ」
買い物だけでも任せられたらいいが……
ガキはギルド員さんにお守りさせるとして……
あー、そうだ。
モータルの買い物にアルドを付いて行かせよう。
んで俺が挨拶まわり。
よし、これでいこう。
タカ:本日の予定を報告
タカ:俺が挨拶まわりでモータルが買い物
ほっぴー:モータル単体とか大丈夫かよ……
ジーク:付き添いがタカな時点でどうしようもないので単騎の方がマシ説ある
ガッテン:いやホラ、マイナスとマイナスかけたらプラスじゃん?
ジーク:虚数でしょ。
ほっぴー:虚数は笑う
ガッテン:マイナスになるやんけ
Mortal:え?俺買い物行くの?
ほっぴー:二人目の虚数のお出ましや
Mortal:虚数って響きかっこいいよね
ガッテン:駄目だコイツ……はやく何とかしないと……
「絶ッッッ対に!嫌だ!」
「……ふーーーん」
ギルドの軽食スペースにて、アルドが顔面を蒼白にしつつ叫ぶ。
「あんなイっちゃってる奴と買い物なんて命が幾つあっても足りねぇ!オークの巣に全裸で放置される方がマシだ!」
「へー……」
甘い。甘いぜアルド。
お前はもう既に詰んでいる……!
「旨そうに食ってたよなぁ……?」
「!!?」
「いやぁ昨晩は人が増えたせいで店側にも無理言っちゃったし、チップ代が嵩んだなぁ……」
「……い、いや、だって俺は」
「え?いや?良いんだぞ。その事に恩を感じないってんなら。俺がお前をそういう人間として捉えるようになるってだけだ」
アルドぉ……お前は良い奴、だもんなぁ……!?
「ぐぅっ!?うっ……」
「あと俺この後この前引率やってたギルド員さんのとこ行くんだけども」
「そっちの方面からも圧力かけてくるとか鬼か!?」
言ったろう。
食事の誘いに乗った時点で詰んでたのさ。
施しを一方的な益と勘違いしたお前の負けだぁーーーッ!!!はっはっはっはーーーッ!
無事モータルをアルドに押し付ける事に成功した俺は、意気揚々とギルド員用の待合室へと向かった。
「失礼します」
「ああ。どうぞ、そこの席に」
待合室にグレイゼルのソプラノボイスが響く。
「さっそくですが、明日の件についてお話します」
「ああいや、確か資料のような物を作っていると聞いたのですが。それさえ渡して後はその補足なんかをして頂ければ」
俺の言葉に、グレイゼルが目を細める。
「……そうですか。ではどうぞ」
「ありがとうございます」
グレイゼルに渡された地図上に様々なメモが書かれた資料に軽く目を通す。
「へぇ……妙に詳しいですね」
「ギルドには色々と伝手がありますから。少しばかり高くつきました」
……
最初から頼れよ、と思わなくもないが……その辺は俺がとやかく言える事じゃないか。
「これの補足は?」
「特には」
やっぱ慣れないな。ソプラノボイス。
しかも無駄に美声なのがまた異質さを際立ててる。
「……私の声が気になりますか?」
うげっ、バレた。
「そのような顔をしなくてもよろしいのですよ。それに、私のコレは生まれ持った物ではなく……半ば自業自得のようなものですから」
そう言うとグレイゼルが首元をぐっと見せ付けてきた。
「……よく分からん」
「あー、そうですね。腕の良いヒーラーでしたから……それでも、のどぼとけまでは完治できませんでしたが」
ふーん。
「のどぼとけがどっか行っちまうなんてよほどの大怪我じゃねぇか。それで声を失わなかったってんなら、そりゃ自業自得じゃなくてラッキーだろ」
「……そうですね」
「よほどその声が耐えられないってんなら……まあ、愚痴る先が違うわな。俺じゃなく酒場の店主にでも聞いて貰え。で?他に話は?」
「いえ。特には。その資料をよく読むように、だとかそのくらいです」
そんなもんか。
何か相談する事があったのかもしれないが、そりゃ人選ミスってもんだぜ、グレイゼルさん。
そんな事を心中に抱きながら、俺は待合室を出た。
「次はスラムの方に顔出しだな」
むしろスラムの方がメインである。
ギルドに口利きをして貰った以上、音沙汰無しという訳にはいくまい。
と、その前に。
「なんか小腹すいたし、屋台で腹ごしらえしとくか」
適当にフラつき、肉の焼ける匂いに釣られるようにして、焼き鳥を一本購入する。
「んー……」
周囲にあった公園らしき場所の噴水脇のベンチに座り、肉汁したたる焼き鳥にかぶりついた。
「うまいな」
俺がそうやって焼き鳥を堪能していると、遠くからいかつい男……というか昨晩会ったチンピラが赤髪の少女を引きずるようにしてこちらにやってきた。
「うっげぇ!?てめぇ!?」
「……」
俺はめんどくさいので見て見ぬフリをした。
「た、助け……むぐぅ!?」
「……美少女、か……何もマジで人身売買仕掛けにこなくても……」
「違うわ!」
こめかみに青筋を浮かべながらチンピラが叫ぶ。
「あー、ホラ。俺から言う事があるとすれば、そういうのはもっと人目を気にした方が良いぞって事ぐらいだ」
俺はスタスタとチンピラと美少女に歩み寄り、美少女の手に焼き鳥の残った串を握らせると、公園らしき場所から遠ざかった。
途中、後方からチンピラのうめき声が聞こえたが知らない。いやマジで知らない。
「あの。いつまで着いてくるんですか?」
思わず敬語になってしまった。
それも当然だ。
眼前の赤髪の少女は、その髪の色と比較しても遜色ないほどの……ああいや、もったいぶった言い方をするまでも無いか。
――眼前の少女は、血に濡れた串を握り、笑顔で俺を見つめていた。
「お礼、してない」
「いや……もう、その、結構ですんで……お引取りいただけますか」
「お礼する、当然!」
そう言ってその少女が無い胸をえへんと張った。
「こっちはこっちの事情があるんですよ……勘弁して……」
正直、人間関係をこれ以上広めるつもりは無いのだ。
今でこそスラム街のボスやギルドの中でも上役っぽい人と知り合いになっているが、俺はもっと慎ましい異世界ライフをおくる予定……だった。どうしてこうなった。
「というかお礼って言ったよな?俺はお前に対して礼をされるような事なんてしてない」
「ふぉおお!おとぎばなしの、ヒーローのせりふ!同じ!」
いや確かに「礼を言われるような事じゃないさ」みたいなセリフはあるけどな?
俺に関して言えば本当に何もしてないからな?
俺が宥めるもどんどんテンションをぶちあげていく眼前の少女に、俺はがっくりと肩を落とした。
いざとなったら世話はあのギルド員さんに丸投げしよう。
俺はそう心に決めつつ、目の前の少女との対話を試みた。