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玉砕覚悟の強行軍


「現地まで敵は無視しろ!どうせ俺らの脚には追い付けない!」


 今まで室内でゴロゴロしていた為特に実感が無かったのだが、俺の身体能力は有り得ないほどに向上していた。


「あ、主殿……速い、です、ぞ……!」


 既に人類の限界を突破しているレベルの速度で走る。全然追い付いてこない蝙蝠系列の最上位主(笑)みたいなのは知らん。


 全力で走る事数十分、何やら周囲の空気が変わる。これは……


「近い、ですな……っ!」


 ああ。レイドボスも、妹の居る場所も。近い。これが何を意味するか分からない程俺は鈍くはない。

 俺が走る速度を更に速めようとした瞬間。






 右手にあったマンションが唐突に、爆ぜた。いや、正確には一瞬にして瓦解したのだが、何かが爆発したとしか思えない程の衝撃が此方を襲ったのだ。


「スキルの衝撃か!?」


 紙装甲高回避である俺とそのスキルは非常に相性が悪いのだが、問題はそこではない。問題は、倒壊したマンションから覗いた顔が明らかにゴブリンキングとは異なっていた、という事だ。アレは、確か――


「ネームドモンスター、オーガ特異種のベンケイ……!」


「オオオオオオオオオオオ……!!!!!!」


 それは雄叫び等と言う生半可なモノでは無かった。身を貫く程の衝撃。ベンケイのレベルは50程度の筈だ。だがそれでも、俺は恐怖を覚えずにはいられなかった。


 ゆっくりとマンションの残骸を踏み潰し、ベンケイが歩み寄って来る。

 マンションの3階には届きそうな程の体躯。右手に構えた巨大な刀。憤怒に燃えるような正しく鬼の形相といった顔から生える歪に捻じれた一対の角。やはり間違いない。ネームドモンスターシリーズの初回クエストの敵、オーガ特異種「ベンケイ」だ。


「オアアアアアアア……ッ!」


 刀が振るわれる。直撃自体を避ける事は簡単だ。だが、その直後にその攻撃の余波が俺の身体を貫いた。


「ぐっ、おおお……ッ!」


 マンガみたいな吹っ飛び方をした俺はそのままゴロゴロと転がり壁に激突する。

 まずい。相性が悪すぎる。


「おっさん!道中で場所は教えた筈だ!はやく妹を保護してこの場から離れろ!」


「し、しかし主殿……!」


「お前が居たって足手まといだ!」


「くっ……御意に!」


 ベンケイは駆け出していったおっさんに一瞥をくれると、すぐに俺の方に視線を移した。

 その様子を見るに、あの「バトルジャンキー」と揶揄されていたAI設定は健在のようだな。


 「バトルジャンキー」、武人系の名前が付いたネームドモンスターによく見られる、熟練者を集中して狙う特性である。アレには苦労させられた。そのせいで短剣の熟練値を上げ過ぎた俺が執拗に狙われ、最終的に被弾し有り得ない桁のダメージを食らい、余波で周囲の味方が全滅するという「タカだいばくはつ事件」という凄惨な事故が起きたのだ。

 この事件の仕組みは衝撃というスキルにある。基本的には攻撃後、周囲及び被弾先に余波による追加ダメージを発生させるというスキルなのだが、これまた回避職と相性が悪い。この余波が範囲の中であれば必中であるという事もそうだが、この余波のダメージ量。その元となる攻撃を受けたプレイヤーのダメージ量によって威力が決まる。その結果紙装甲の俺が最高火力で死亡し、えげつない威力の余波が周囲に広がるという地獄絵図が出来上がったのだ。ただまあ、現在はソロである為余波に関しては必中である事以外は気にする必要はない。いやまあ必中の時点でほぼ詰んでいるのだが。


「うおおおおおおお!!!?」


 思い切り跳躍し余波の範囲から脱出する。俺は今、ベンケイと一定の距離を保ちつつ、必死に逃走を試みていた。


「オラ!こっちだ!マラソンはまだまだ始まったばかりだぞ!」


 声を張り上げベンケイを挑発する。よし、このまま遠くまで誘導してそこから適当に撒いて妹と合流しよう。


「オオオオオオオ……ッ!!」


「なんだ?急に雄叫びなんて……うおっ!?」


 慌てて伏せた俺の頭上を光の塊が通過していく。その塊はベンケイのすねに直撃し、一気に爆ぜる。文字通り「弁慶の泣き所」を突かれたベンケイは、苦悶の表情を浮かべ片膝立ちになる。

 その光の塊が飛んできた方角を見れば、こんな危機的状況においてすら堂々と仁王立ちでこちらを見下ろす人影。


「……あんた、何者だ」


 明らかに年下の女子にしか見えない、その人物は口元をニヤリと歪ませるとこう語った。


「なあに、単なる通りすがりの――」


 十傑さ。


「ふ、ふふ、ははははは!!!マジか!助かるぜ!」


「お前、戦闘スタイルからしてタカだろ」


「そうだ!俺がタカだ!特技はだいばくはつ!」


「おいやめろ……本当にやめろ」


 途端苦虫を噛み潰したような表情になるソイツの隣に立ち、息を整える。


「お前の魔物は?」


「アレだよ」


 そういってソイツ……いや、戦闘スタイルから察するに――紅羽くれはか。紅羽が示した先は、ベンケイの背後。それと同時に、ベンケイと比べれば少々控えめな咆哮が響く。


「ブモオオオオオオオオ!!!!」


 ミノタウロスか。タンクとして優秀なステータスを持つ魔物だ。そして何より進化先がある。良い引きしやがって。むかつくぜ!


 ミノタウロスが咆哮と共に初期装備の斧でベンケイの膝裏の辺りを切り裂く。


「オオオオオオ……ッ!」


 ベンケイが後ろを振り向こうとするが、どうも動きがぎこちない。


 見れば、何やら羽虫のような魔物がベンケイの周囲を飛んでいた。アレは……


「ザントマンか!」


 フェアリーの特殊進化枠。レア度はRの為大した性能ではないが、初期から睡眠の状態異常を振り撒く「ヒュプノスブロウⅠ」「眠りの粉Ⅰ」の二つを持つ魔物だ。


「よし、タカ。背後ががら空きになってる内にぶっこめ」


「……チッ、やってやらあ!」


 正直、あの巨体に突っ込むのは怖い。が、やらなければ速度のステータスが低い紅羽は逃げ切れないだろう。クソ、追い風吹いたのか追い込まれたのか分からねぇなコレじゃ。


「仕方ねぇな。じゃあ見せてやるよ。最高峰のDPSってやつをよォ!」


 一気に駆け出した俺は眠気に必死に抗いつつミノタウロスを相手取るベンケイの背後へと猛突進していく。

 そして足元に着くなり短剣を構え__


「馬鹿野郎!上だ!上に登って攻撃しろ!地団駄の余波で死ぬぞ!」


「んな事は分かってんだよッ!!!」


 構えた短剣を脚に突き刺し、ベンケイの身体をドンドン登っていく。

 無論、慌てたベンケイが身体を振り回し妨害しようとするが、その隙を突きミノタウロスが更に脚へと攻撃を加え、紅羽は魔法を放つ。

 眠気のデバフをかけられながらあらゆる方面から攻撃を受けるベンケイ。

 もたつくベンケイを余所に俺はベンケイのうなじの部分に到達する。


 さあ、食らいやがれデカブツ。


「ブレイドダンス!諸刃の構え!」


 自らにバフを掛け、繰り出すは“通常攻撃”だ。

 

 

 ――短剣は、装備するだけで通常攻撃が連撃になる。

 二分の一の威力の攻撃を二回繰り出す。威力の面だけを見ればあまり意味がないように思えるが、クリティカルの可能性が一気に二倍になると考えれば、盗賊系列のジョブにとっては恩恵のある装備と言える。


 だが、短剣の本領はそこではない。スキル:連撃との組み合わせが高火力を生み出すのだ。


 連撃はスキルレベルに応じて連撃回数と威力が変わるスキルである。例えば、スキルレベルが6なら、六分の一の威力の攻撃を六回放つ。だがここで短剣を装備していた場合、二分の一の攻撃を六回放つようになるのだ。これが防御半減のリスクの代わりに得たリターン。通常攻撃の威力を常に数倍に出来るロマン構成である。


 さて、ここで俺の連撃スキルのレベルを確認してみよう。6。6である。つまりは……!


「通常攻撃常時3倍だあ!じっくり味わいやがれえ!!」


 俺は特に大仰な構えも詠唱もMP消費もせず、ただただベンケイに切りかかった。



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