領域の内情
二話連続でカーリアちゃんの描写しかしないのは流石にまずいと思ったので次回の幕間に回しました
すまない……
「バレーボールだなぁ」
「ああ」
抽選で選ばれた数人の避難民とカーリアが楽しげにバレーに興じ、それをスペルマンが必死に撮影している。
そんな光景を遠巻きに椅子に座って眺めながら、俺とほっぴーが感嘆の声を漏らした。
「でかい……バレーボールだ」
「ああ……!」
ばるん、ばるん、と弾むカーリアちゃんのバレーボールを眺めながらもう一度、噛み締めるように言葉を発する。
「おい、アホ共。何もやってねぇなら仕事しろ」
後ろからバシン、とはたかれ振り返る。
紅羽か。はー……カーリアちゃんのを眺めた後だと、つくづく……
「……何だ?あたしに何かついてるか?」
「ついてるというかついてないというか」
なあ?とほっぴーに同意を求めるような視線を送ると、ほっぴーが黙って肩をすくめた。
「何だ、その目配せ。あたしに何がついてねぇんだよ。運か?」
何が、ってそりゃあ……
「バレーボール」
俺は、紅羽の渾身のチョップを肩に受け叫び声をあげた。
コンコン、という扉をノックする音が廊下に響く。
「失礼しまーす」
部屋の主の返事を待たずして中へと入る。
「ああ、タカか……ふむ。すまんな、急に呼び出して」
「いや、暇だったし気にしてないよ、お代官さん」
そこで机に向かい何やら書類を整理していたお代官がくるり、と振り返る。
「急な話にはなるが……この領域の現状、君はどう見る」
ふむ。どう見る、ね。
「いい感じなんじゃないか?人と魔物が打ち解けつつある」
ミノタウロスや魔狼はその辺のガキの遊びに付き合ってやってるし、おっさんは一部の女性に人気がある。バンシーは相変わらず俺の枕だけど。
意外だったのは、紅羽のザントマンだな。
あの付け髭をつけたショタみたいな見た目と、二人セットでふわふわ浮いて散歩をする姿がウケたらしく、たまーに一部の奥様方の要望に応えちょっとしたショーをやっている。
ほっぴーとスペルマンとの会議の際、その件について俺が「廃材アート」と称したら、回りまわって紅羽の耳に入り、ぶん殴られた。
まあ、それはさておき。
現状、人と魔物はかなり打ち解けてきているのではないだろうか。
ゴブリン軍団も、最近じゃ警備及び食料調達班の面子とは仲が良いらしいし。
あー、待てよ?
「もしかして食料、ヤバい?」
「ああ。そうだ。今回はその件について相談があってな」
「結界のギリギリ外側あたりにある川の魔物のドロップじゃもう賄えないのか?」
「奴らとて別に何も無い場所からポップしている訳ではない。一種類の、生物だ。このままのペースで狩れば流石に全滅する。かと言って、普通の魚も絶滅の手前のようでな。魔物に食い荒らされたのだろう」
「じゃあ米軍からの支援は?」
「どうも妙な魔物が出現し始めたらしく、食料の盗難が相次いで余裕が無いようでな……あまり借りを作ると後が怖い。まあ最終手段として泣き付く手は無くはないが……」
どうやら想像以上にまずい状態らしい。
とは言え、俺に出せるような案なんてない。
「なんだそのやる気の無さそうな顔は……」
「話の意図が掴めん。俺は結局何をすればいい?」
その時、背後の扉がガチャリ、と開き、モータルが入室してきた。ノックしろよ。
「用事があるって言うから来たけど。あれ、タカじゃん」
「おう、モータル……お前、服ずぶ濡れだな……」
「皆と魚ぶっ殺してきた」
皆と、の意味がアンドなのかウィズなのかはっきりしてくれ。
「お代官さん、俺すげぇ嫌な予感がするんだが」
「奇遇だな、私もだ。だが悲しいかな、君達二人が適任なのだよ。魚型の魔物の狩りは暫くすれば嫌でも規模が縮小される。そうすればモータルは暇になるだろうし、タカ、君に至っては常に暇だろう」
「失礼な事言うなよ。俺は、人と魔物の融和をだな……」
「自室でバンシーを愛でているだけだろう!?」
「そうとも言う」
「そうとしか言わんわ!」
そう叫んだ後、ぜえ、ぜえ、と肩で息をするお代官。
やがて落ち着いたのか、顔をあげ、俺とモータルに向け言い放った。
「もういい。本当はもっと前置きを入れるつもりだったが、キリが無いのでな。結論を先に述べよう。君達二人には、異世界に出張してもらう」
……は?
お代官の話はこうだ。
この東京の領域は、別段、土地に対する縛りが薄く、異界への門を開ける可能性がある。
出来るのなら、俺とモータルには、行商人の振りをして、食料を買い付けてきて欲しい。
「こうしてまとめてみれば単純な話に思えるが……」
「面白そうじゃん。行こうぜ」
「かーっ、モータルは気楽で良いよなぁ。そりゃ俺だって興味はあるけどよ」
お代官さんは用事があると言って席を外したので、今部屋に居るのは俺とモータルだけだ。
「……それに、その門とやらを何処に開くつもりなんだ?」
「さあ?」
「それは勿論、人里の近くですわ」
うわびっくりした。
「そうやって急に現れるのはやめてくれ……砂漠の女王」
「うふふ。領域の確立の段階が一つ上がりましたので、思わず能力を乱用してしまうのです……」
「習得したてのスキルを調子乗って使いまくっちゃうみたいな感じ?」
「モータル、多分それこっちの世界の人間にしか伝わらないぞ」
「いえ?分かりますわ。だって観測してましたもの……うふふ……」
観測、ねぇ。
何度かその事について質問をしたが、何故かはぐらかされる。
ありゃ喋りたくない、というよりは喋れない感じに近かった気がする。
「……あー、まあ、いいか。本題に入ってくれ」
「本題は既にお話した通りですわ……異世界に行き、食料を買い付けてくる……勿論、現地におけるお金と、情報も支給しますわ」
ふむ。
「危険性は?」
「未知数ですわ……うふふ。だってそうでしょう?わたくし自身はあの砂漠から出た事が無かったんですもの」
かなりのハイリスクだが、食料問題というのはなかなかに根が深い。
せっかく保護した人達を餓死させたとなれば、寝覚めが悪いどころの話じゃないしな。
「タカ!俺行きたい!」
「なあ、コイツだけで何とかならねぇか?」
興奮状態に入り始めたモータルを抑えつつ、砂漠の女王に問う。
「いけると思います?」
「無理だろうなぁ」
あーあ、分かった、分かった。
それに、何度も言うが俺だって異世界と言われれば多少ワクワクもする。
「ですが初回は様子見です……そうですわね、一週間ほど滞在したら一旦帰還してくださいまし」
「つーかあんたが行く……のは、無理か」
「ええ。そもそも、開ける門の枠が小さいですし、貴方方二人でもギリギリですのよ」
枠?……まあいい。その辺はほっぴーが必死に解釈しようとしてるみたいだし、俺は俺のやれる事をやるしかない。
「じゃあ、行くよ」
「おー!タカと一緒に旅かぁ!」
「はしゃぐんじゃねぇ」
肩を組もうとしてくるモータルをひっぺがすと、砂漠の女王がドサリ、とやや古びた衣服や鞄を目の前に置いた。
「……何これ」
「現地人成り切りセットですわ」
「おー!意外にしっかりした素材だな!」
意気揚々と着替え始めるモータルを呆れたように見ていたら、砂漠の女王に衣服を押し付けられた。
は?
「早く着替えてくださいまし」
「……あーっと、まさかとは思うが」
今から行くの?
砂漠の女王は笑顔で頷いた。