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幕間:とあるサバイバー、またはとあるリスナー

「今日の所はこんなもんか」


 倒れ伏したゴブリンを踏みつけ、とどめを刺した男は、そうポツリと呟いた後、鞄を背負いなおし、歩き出した。


 暫く道を行った後、周囲を警戒しつつ路地裏に入る。


「……よし」


 路地裏の裏口から建物の中へと入った男は、短く息を吐くと扉に鍵をかけた。

 

 そして室内を暫く見て回った後に、地下室へと降りていった。





 ズル……ズルルッ


 ラーメンをすすりながら男がスマホを起動する。


「……お」


 新着動画を知らせる通知がピコピコと光っているのを確認した男が、その通知をタップし、新着動画のサイトへととんだ。


『動画のご視聴ありがとうございますっ!』


「うお、びっくりした……」


 そんな言葉と共に、メイド服に身を包んだカーリアが、スカートの裾をつまみ、ちょこん、と礼をした。

 

『えーっと、それではですね……え?顔をあげる時はもっと勢いよく、ですか?あとスマイルも増し増し……分かりました!』


 何やら指示を出されたカーリアがもう一度礼をし、勢い良く顔をあげた。そしてそのままとびきりのスマイル。

 その勢いは肩や胸部の端に付いたフリフリをふわり、と揺らし、また、胸部に隠された超重量の物体をぶるり、と震わせた。


「ほう……!」


 男から感嘆の声があがる。


 無論、動画はここだけに留まらない。


『よし!では改めまして、私から重大なお知らせが……え、衣装変えですか?もう?』


『で、でもまだ何も喋れて…………分かりました。なるべく動作をゆっくり?はあ……分かりました、けど……』


 カーリアが渋々といった風に、スカートの裾に手をかける。

 そして、そのロングスカートをゆっくりとたくし上げ始めた。


「何!?馬鹿な、いくら法が機能していないからと言って……ッ!?」


 徐々に網タイツに包まれた脚が、太ももが、露わになる。


「ちょっと待て……まだ上げる・・・・・のか!?それは……いいのか!?」


 そこでカーリアに何かが差し出され、カーリアの手から離れたスカートの裾が、ふわり、と重力に従い元の位置へと戻っていった。


 安心したような残念なような、そんな複雑な心持ちの男。

 だが、次の瞬間、男は目を見開く事となる。


「ウサ耳……!?」


 ケモミミメイドというやつだろうか。


 だが驚くべき事はそれだけに留まらない。

 ウサ耳を頭に装着したカーリアが、再びスカートをたくしあげ始めたのだ。


 再び露わとなる網タイツそして……


「……ウサ耳……網タイツ……衣装、変え……まさか!」


 バニースーツ!?


 先ほど見えたような気がした黒いモノは……あの名状し難きパンツのようなモノは……パンツでは、無かった。


『す、凄くスースーします……』


 メイド服を脱ぎ終え、完全なバニースーツ姿となったカーリアが肩を抱き寄せぶるりと震える。具体的にどこ、という訳ではないが、ぶるり……いや、ぶるんっと震える。


『や、やっぱり他の衣装が良いです……あ、えぇと……じゃあ、お願いします』


 顔を真っ赤にしたカーリアがそう喋った後に、画面が暗転し、切り替わる。


「……これは……!」


『えぇと、アオザイ、という民族衣装です!かわいいでしょうか!?』


「……ッ!!!!??!!」


 一瞬にして言語野に致命的ダメージを負い語彙力を喪失した男が、カワイイ……とうわ言のように呟く。


 画面が切り替わり、映ったのは、アオザイと呼ばれる衣装に身を包み、椅子に座るカーリアであった。


 純白の衣装がカーリアの身体の曲線を美しく描き出し、腰にかけてのスリットから覗く黒いスラックスが全体の印象を引き締める。


 そして、表情。

 薄っすらと浮かぶ、笑みと、少しの悲壮。

 それらがまるで、ガラス細工のような美しさを彼女に与えていた。


 御伽噺のワンシーンをそのまま抜き出したような、そんな幻想的な雰囲気がカーリアの周囲に漂う。


『……さて。今日は、私から重大な発表が、あります』


 もはや呼吸すらも許されないような、そんなおごそかな空気の中、カーリアが口を開く。


『私は、魔王軍を辞め、この世界の人達の手を取る事に決めました』


 衝撃的な発言だ。

 だが既に言語野に致命傷を受けた男からは、「なにそれなにそれ!?すっごーい!」以上の感想が出る事はなかった。


『ですので、この動画投稿の一時間後、チャンネル名を変更しようと思います。変更後のチャンネル名は、人魔連合軍、広報部……です!』


 動画の中で、カーリアが立ち上がり、こぶしを掲げる。


『皆さんでこの世界を守り、平穏を取り戻しましょう!』


 そこで下に字幕が流れる。


 私達の本拠地は東京にあります。具体的な情報に関しましては、動画の詳細にデータを添付しておきますので、そちらからご覧ください。


「……っは!」


 その真面目な文面に、ようやく我に返った男が、動画の詳細をタップし、確認する。


「魔術による結界……事前の申請、及び受け付けを経てようやく進入可となっております、か……ふむ」


 暫くその詳細情報を熟読していた男だったが、不意に資料データの下部にある文字列が目に入る。


「なお、魔族と人族の融和のため、今後も動画を撮影し、アップしていきます……基本はカーリアちゃんによる異文化交流の動画……へえ、なるほどな」


 見れば、今後の動画予定リストなるものまでが記されていた。


 ・カーリアちゃん、バレーをする


 ・カーリアちゃん3分クッキング


 ・カーリアちゃん、浴衣で夏祭り


 ・教えて!カーリアちゃん!~魔法陣って?①~


 ・教えて!カーリアちゃん!~緊急時の手当ての豆知識~


 ・教えて!カーリアちゃん!~水中の魔物を倒すには?~


 ・カーリアちゃんの日常




「……魅力的なラインナップだな」


 そう呟くと、男がスッと立ち上がる。


「ああ。魅力的だよ、本当に。これじゃあ……死ぬに死ねなくなっちまう」


 その男の目には、動画視聴以前には無かった、性……生への希望が灯っていた。






カーリア回、もうちっとだけ続くんじゃ

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