唸りをあげて、動き出す
「お待たせしましたぁ」
モータルが廊下で剣を弄っていると、ニコニコと笑顔を浮かべた砂漠の女王が廊下の向こうから歩いてきた。
その脇にはお代官が抱えられており、お代官の表情からはかなりの疲弊が窺えた。
「こういう時何て言うんだったかな。あー、アレだ。お楽しみでしたね?」
「いったいどこでそんな言葉を……ああいや、どうせタカ達の仕込みだろう。言わずとも分かる」
砂漠の女王に降ろしてもらい、軽く衣類の乱れを整えた後にお代官が向き直る。
「さて、話があるとの事だったが」
「ああ。ここに関する事なんだけど……転移はちょっと延期してくんね?」
そう言うモータルにの目にはあまり期待の感情は篭っていなかった。
それは、今モータル達の立つ廊下に――草木が、生え始めていたから。
「うぅむ。どうなんだ、砂漠の女王」
「無理ですわ」
その答えはお代官も予期していたものであったのか、諦観の入り混じった声でモータルに向け言葉を発した。
「……だ、そうだ」
その様子を見て、砂漠の女王が慌てて補足する。
「いえ、わたくしとしてももう少し様子見をしたかったんですのよ?でも、こんな物を見せられちゃあ、ねぇ?」
砂漠の女王がそう言い、宙に妙なモニターのようなモノを発生させた。
そこに映っていたのは――
「東京?」
「ええ。東京なる都市に顕現した、擬似聖樹です……ふ、ふふ。おかしいですわね、ここまでの技術提供をした覚えはありませんが……ふふふふふふふ……しかもまぁ、二層に分けてまで隠蔽を施すなんて、よほど後ろめたい事があったのでしょうねぇ……」
次第に笑みが深く、そして纏う殺気も深くなっていく砂漠の女王。
「魔王もまさかわたくしが日本への転移を試みるとは思ってもいなかったようで。実際、こうやって転移を実行に移そうとでもしなければ、わたくしがこの聖樹を見つけるなんて事は無かったはずですわ……ふふふふふ。木っ端共が……舐めた真似してくれるじゃねぇか……おっと、わたくしとした事が、言葉使いが……」
あのモータルですら躊躇する程の殺気を纏い始めた砂漠の女王であったが、暫くして冷静になったのか、次第に殺気が収まっていく。
「……さて。どう落とし前をつけて差し上げましょうか」
「落とし前つける算段があるのか?」
「日本に行ってしまえば無くなる……はずでしたが」
そう言って砂漠の女王がそっと東京の映像を指差す。
「元はわたくしの技術の転用ですもの。少し、借りさせて頂きますわ」
Mortal:東京、砂漠化出来るっぽいよ
ほっぴー:は?
Mortal:すっげぇ簡易的らしいけど
ほっぴー:ちょっと待てどういう事だ
ほっぴー:ああいや、いい。領域だな?
ほっぴー:いや、でも異世界での拠点の方が優先じゃねぇのか?それともソレは両立できる?
鳩貴族:東京砂漠、という訳ですか
ジーク:東京砂漠(物理)
ジーク:うわ、鳩貴族さんとネタ被った死にたい
Mortal:いや、そもそも転移試みた時点で領域が軽く壊れるんだってよ。今聞いたけど両立は無理らしい
ほっぴー:あー……まあ別の土地と繋げる訳だしなぁ……
Mortal:それにもう転移の準備始めてるっぽいし。あと一日待ったら門?開くって
タカ:え?東京に迎えに行った方が良い感じか?コレ
鳩貴族:ネタ被った死にたいの件について詳しく話が伺いたいのですが
タカ:ジーク呼ばれてるぞ。個チャで話して来い
ジーク:嫌です……
ほっぴー:ああクソ。情報が足りん。だいたい領域だとか聖樹だとか。知らんわ!そんなん!
ほっぴー:軽く機能とその縛りみてぇなのは分かってるけど、何をどうすりゃそんな事になるんだよ!
タカ:アルザに魔法習ってりゃその内分かるんじゃね
ほっぴー:いやもう、東京のあの枯れ木にモロ干渉するんだろ!?おもっくそ敵対行動じゃねぇか!今の関係が長続きするとは思えんぞ!
ほっぴー:ああいや、失敗作みたいな事言ってたし今更気にしない、のか?
タカ:今の内に色々盗んで東京に出来る領域とやらに避難すっか?
ほっぴー:却下だ。簡易的つったな。モータル、その中での砂漠の女王はどのくらいの強さになる?
ジーク:ねぇ鳩貴族さんが個チャですげぇねちねち言ってくる助けて
ほっぴー:うるせぇ!知るか!
Mortal:魔王に一歩劣るってさ
ほっぴー:うーん。妥協ラインではあるが。つーかもう取り返しつかない所までやっちゃってんだよな。もう東京に領域が出来る前提で計画練るぞ。詳しい日時を教えろ
ジーク:鳩貴族さん二日後の夕方だっけ?こっち来るの
鳩貴族:そうですよ。何故個チャで聞かないんです?
タカ:怒った鳩貴族さんすっげぇめんどくさくて笑うが
ジーク:助けてタカ
タカ:知らんがな
Mortal:異世界冒険してぇ
ほっぴー:おい。日時聞けって!!頼むから!
Mortal:もうちょっと待てってさ。流石に細かい時間までは把握するのに時間がかかる、らしい
ほっぴー:分かった。なるべく早めに頼む
「避難所の西川さんに話通せ!明日、避難民全員を東京に移動させる!」
リビングにほっぴーの叫び声が響く。
「七色の悪魔さん経由で話は通す。護衛は?」
「俺のゴブリン軍団をつける。あとタカ、お前はなんだかんだ西川さんから信用されてる。ちょっと顔出すだけ出して来い」
「はぁー……了解。行ってくる。アルザとカーリアちゃんはどうするよ?」
「俺らがここに残る。避難所の様子なんて気にしちゃいないだろうから、俺らさえ居りゃ特に怪しみはしねぇだろ」
タカとほっぴーがそんな会話を交わしていると、ガチャリとリビングの扉が開き、一人の男が入ってきた。
背は高いが、白い肌に隈が目立っており、不健康そうな印象を受ける男。ジークである。
「やべぇキレた鳩貴族さんウザさ半端ない」
「お前の自業自得だろ。つーか何しに来た」
「あー……このままじゃゴブリン軍団を護衛につけるの厳しいかもしんないって事の、報告」
ジークの言葉にほっぴーが顔を顰める。
「……そりゃ、そうか。ゴブリンに酷い目に遭わされた奴も中には居るもんな」
「じゃあ誰を駆り出すんだ。俺のバンシーちゃんか?嫌だぞ?おっさんならいいけど」
「数が要る。質も一定以上は要る。……考えれば考えるほどゴブリン共が適任なんだがなぁ」
三人揃い踏みでうぅむ、と唸る。
「誰かゾンビ軍団でも作ってりゃ良かったのに」
ジークの呟きに、ほっぴーがすぐさま返す。
「アホか。そっちの方がショッキングだわ」
「ああクソ!もういい、俺が何とか説得してみせる!」
上着をバサリと着なおしたタカが、部屋から出て行く。その後ろに、ジークが慌てて付いていく。
ポツリと、一人部屋に残されたほっぴーがひとりごちる。
「ああクソ。いよいよ色々と動き出したって感じかぁ?こっちは何もかもが足りてねぇってのによ……!」