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領域の終わりと、愛の始まり


コツ、コツ、と砂漠の神殿の廊下を、二つの足音が反響する。


「そういや、お代官さんは何で掲示板魔法使わねぇの?」


「……マサルが掲示板の方で報告したはずだが」


「そうだっけか?」


 モータルの間の抜けた返事に、顔を引きつらせるお代官。


「……はあ、仕方ない。今一度説明しようか」


「頼む」


「私は、いやこの世界に、災害以前に迷い込んだ人間は魔法が使えない。厳密に言えば訓練するか、無理やり魔力を通せば使えなくはないそうだが。とにかく現段階での魔法の行使は難しい」


「そうなのか」


「砂漠の女王からすれば、私はまだマシな方、らしい」


 そこまで話した辺りで、お代官が立ち止まる。

 それに釣られてモータルも立ち止まった。


 立ち止まったお代官の前には扉があり、中からは何やら談笑する声のようなものが聞こえてきていた。


「ここが私が……というか砂漠の女王が匿っている人達の居住スペースだ。私とモータル達を含めると、17人居る計算になるな」


「最初は数人って言ってたよな?増えたのか?」


「ああ。どうもバラけてこちらに転移してきていたらしくね。砂漠の女王に頼んで、少しばかり探索してもらった。無論、見つけた時には物言わぬ死体となっていた者達も居たが、何組か生存者を保護できた。まあ、今はかなり日数も経っているから、探索は打ち切っているがね」


 そこまで話を聞き、モータルが何やら考え込み始めた。


「……」


「えぇと、私としては君にいち早くこの部屋にいる人達と打ち解けて欲しいんだが」


「ちょっと先に砂漠の女王に会わせてくれ」


「……えぇ、なんか凄く嫌な予感がするんだが」


 露骨に顔をしかめるお代官。

 やがてモータルにまるで引く気が無い事を悟ったのか、はあ、と溜息をついた後にお代官がパンパン、と手を叩く。


「なんでしょうかぁ」


「せめて名前を呼んでから来てくれると助かるのだが」


 気づけばお代官の、息がかかるほどの真後ろに、砂漠の女王が立っていた。


「わたくしとお代官様は心で通じ合っていますもの……このくらい当然ですわ」


「はっはっは。いやー、こういう言葉は通じるが話は通じないみたいなのが一番のホラーだな。取引先にもたまに居たよ。モータルもそう思うだろう?」


「早速だが聞きたい事がある」


「はっはー!ホラーに挟み撃ちにあってしまったようだな!」


 砂漠の女王は、ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めたお代官の口をそっと手で塞ぐと、その妖しげな視線をモータルへと向けた。


「はぁい?なんでしょう」


「俺達をも……!?」


 モータルが何かを喋ろうとした瞬間。床から伸びてきた触手のようなモノで口を塞がれる。


「……そのお話は、後でゆっくりお伺いしますわ……」


『お代官様に喋ったら、殺しますわよ?』


 砂漠の女王は、ふふ、と妖しげに微笑むと、お代官と共に空気に溶けるようにして消えた。


「……なんかムカつくな」


 そんな一言で済ませていい事かどうかはともかく、モータルはそう呟いてから、廊下を再び歩き出した。











「普通、あの流れなら一旦部屋に入るのではないのですか……?」


 モータルが好奇心の赴くままに勝手に砂漠の女王の根城を探索していると、目の前に少し息を切らした様子の砂漠の女王が現れた。


「?」


「……はあ……まあ、いいでしょう。ここならわたくしと貴方以外居ませんし。話の続きを、いたしましょう?」


「おう。俺達を元の世界に帰せるだろ、お前」


 直球すぎるモータルの言葉に、頬をひくつかせる砂漠の女王。


「……何故、そう思ったのです?」


「元の世界に帰せるだろ?」


「ですから、何故」


「元の世界に帰せるだろ?」


「…………ええ、そうです」


 その答えを聞いたモータルは、満足そうに頷いた後、床に掲示板魔法の陣を――


「ちょっと!?」


「ん?何だよ」


「言いましたわよね?お代官様にバラせば、殺すと」


 砂漠の女王からぶわり、と、常人であれば失神するレベルの殺意がぶつけられる。


 その殺意を向けられ、少し不快そうな表情になったモータルが答える。


「タカ達に言うだけだぞ」


「そこ経由でお代官様にバレますでしょう!?」


「かもな」


「かもな、じゃなくてバレるんですのよ!!……ああ、ここまで話が通じない相手は初めてです……」


 盛大なブーメラン発言であるが、残念な事に、この場にそれを突っ込む人間はいない。


「バレるとまずいのか?」


「そりゃそうですわ……そんな事を伝えれば、お代官様は、わたくしの元から離れてしまいます」


 よよよ、と壁にもたれかかり悲嘆に暮れる砂漠の女王。


「離れなきゃいいんじゃねぇの?」


「わたくしは、砂漠の女王。何世代にも渡り呪術を施したこの地でなければ、今のような絶大な力など振るえません……。それに、この地を離れる事は呪術の解放を意味するのです。何世代にもおける苦労を、わたくし一人の独断で、無に帰してしまうなど……」


「なんだ、運命の相手つってもそんなもんなのか」


「……は?」


 ピシリ、と空気が凍る。


 一応補足しておくが、モータルの今の発言に煽りの意思など全くない。ただ思った事をそのまま言っただけである。


「今、なんと?」


「え?いやだってさ、結局愛より家柄優先?的な事だろ?それって」


 モータルは恋愛についてよく知らない。

 せいぜいが、タカ達から面白半分でやらされたギャルゲーでの知識くらいのモノだ。


「そ、んな……事は……」


「その程度ならいいんじゃねぇの?バラしても」


「……」


 突如、首をがくり、と俯かせ、ブツブツと何かぼやき始めた砂漠の女王。

 その様子をモータルが不思議そうに眺める。

 

 そんな奇妙な時間が数分ほど続いた後。


 砂漠の女王は、唐突に顔をあげ、高笑いを始めた。


「ふふ、あは!あーっはっはっは!その通り!全くもってその通りですわ!たかだか数世代に渡る苦労が何故わたくしの愛の枷となりましょうか!」


「……?お、おう」


「いえ!むしろ!数世代の苦労はこの為でしたのね!土地に呪術の根を下ろし擬似聖樹となる事で得た超越者的な世界観測も!砂漠に来た者を須く認知し、その場所へ一瞬で転移する術も!それを応用し、異界への門を開く事も!」


「……あれ、今回の災害ってお前がやったのか?」


「いいえ?わたくしにやらせたかったようでしたが、拒否しました。技術提供はしましたが。普通であれば魔王の命令は絶対ですが……この土地でわたくしに敵うモノはいませんもの。ここに篭っている限り、わたくしが奴等の要望を聞き入れる必要はありませんでしたわ」


「ふーん」


「まあ、それも今日で終わりですわ……わたくし、お代官様と異世界へ旅立ち、そこで婚姻を……」


「この土地を捨てたあんたの戦闘力は?」


「やだもう、無粋ですわね。せいぜいが幹部3人分程度ですわよ」


 そこまで言うと、地球での未来を想像してか、身体をくねくねさせ始めた砂漠の女王。

 モータルは、それを珍獣でも見るかのような目で見つめていた。


「そうか……じゃあ、まあ、頑張ってくれ」


「ええ、それはもう!ありがとうございます、貴方のお陰でふっきれましたわ!」


「おう」


 モータルは、今日中に消えてしまうなら、早めに物色済ませなきゃな、と考えながら再び廊下を歩き始めた。





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