砂漠の女王
「お待たせしましたぁ」
森の中、ただ立ち尽くして待っていたモータル達に、満面の笑みでサソリに乗りながら近付いてきた一人の美女。
その美女は、艶やかな黒の長髪をハラリ、と舞わせつつ、丁寧にお辞儀をした。
「歓迎致します。ようこそお代官様のご友人。私の領域へ」
砂漠の管理者を自称する美女に連れられるままに砂漠へと足を踏み入れたモータル達。
さあいざ砂漠の旅へ、と勢い勇んで踏み出した足は、気づけば堅いタイルの上へと振り下ろされていた。
「……!?」
「お代官様ぁ?連れて参りましたよ?」
「ご苦労。さて、モータル君。こうしてリアルで会うのは初めてだな」
タイルの通路の先から歩いてきたのは、立派な口髭と贅肉を蓄えた、中年の男であった。
その男は、自らの禿頭の汗を拭うと、モータルに話しかけた。
「心配してたんだ。マサル君から行方不明だと聞いていたからね。掲示板魔法で連絡は取らなかったのかい?」
「俺は魔方陣の消し方を知らない。だから痕跡を残す事になると思って」
「自分の持ち物にかけばよかろう?」
「あれはかなり複雑な模様だし、書くのが指だからかなり大きい画用紙でもないと書けない。俺はそんな物は持ち歩いて無かったし」
モータルの返答に納得したように頷くお代官。
そこで未だに事情を飲み込めずにいる江藤が口を開いた。
「その……どういう、事なんだ。コレは。我々は先ほどまで砂漠に居たはずだが」
「言ったではないですかぁ……わたくしの領域です、と。この地はわたくしの一族が代々呪術を刻み、支配してきた地なのです。最早この地はわたくしの身体の一部のようなモノです……」
「あー、コレに関しては数時間ほど解説して貰ったのだが理解不能でな。聞くだけ無駄だと思うが」
苦々しい顔をしながらそう話すお代官。
「そうか……」
「とりあえず、そういうもんなんだと思っとけばいいだろ」
「モータル君は何故そこまで落ち着いていられるんだ……」
しゃがみこみ、床のタイルをコツコツ、と指でつついていたモータルが顔をあげる。
「コレ、どうやって作ってんの?材質は?」
「材質はわたくしです」
「そうか」
「そうか!?そうかの一言で済ませていいのか!?おい、やめろ!モータル!爪でちょっと削ってみようとするな!」
血相を変えたお代官が美女に詰め寄る。
「おい砂漠の女王。私は全くそんな話は聞かされていないが!?」
「あらぁ?数時間かけてお話した際にきっちり言及したはずですが……」
「覚えている訳があるかァ!途中からは睡魔に耐えるので精一杯だったわ!」
お代官はそこまで喋ると、はあ、はあ、と肩を落とし息を吐いた。
「……う、うむ。もういい。その件については後で詳しく聞くとして、君達は一度休みたまえ。砂漠の女王よ、部屋の手配を頼めるか」
「はい」
「助かる……ええと、お代官様、だったか」
「うむ」
江藤、遠山、ライカンがお代官に会釈をし、砂漠の女王に連れられるがまま通路を進んでいく。
「……モータル君。流石だな。私の意を汲んでこの場に残ってくれたのだろう?……いい加減床を爪で削るのはやめないか?」
「よし、書けた」
モータルの一言と共に、ふわり、と床に描かれた魔法陣が光った。
「……私はもう突っ込まないぞ。突っ込み役はガッテン君に任せると決めている」
モータルの手の動きから、先ほどの魔法陣が掲示板魔法である事に気づいたお代官は、特に何か文句を言うでもなく、モータルを見守った。
Mortal:お代官さんと合流した
ガッテン:うお!?モータル!?
ガッテン:生きてたのかよお前
タカ:よう、脱走者
Mortal:なんで知ってんの?
タカ:アルザ経由で
ほっぴー:つーか脱走した挙句お代官と合流か……どんだけ運が良いんだよ
鳩貴族:ふむ。まあこれで十傑メンバーが孤立する事は避けられましたね
タカ:まあな。あー、ヘリの到着予定はどうなってたっけか
鳩貴族:こっちは確か三日後ですね
タカ:了解
Mortal:?
タカ:いやちょっと米軍さんの力借りて集まろうとしてるとこでな
Mortal:おお
Mortal:楽しそう。俺も行きたい
タカ:まあうまい事やってそっちの人たちも回収してやっから
ほっぴー:タカのペテンが光る
紅羽:なあ、また庭がゴブリン塗れになってるんだが
タカ:おい、ほっぴー。ちゃんと片付けろよ
ほっぴー:濡れ衣着せるのが早すぎる
紅羽:ぜってぇタカだろ。てめぇ前科重なり過ぎなんだよ!!!
ガッテン:ねぇコレほんとに集まって大丈夫?とんでもない事になるよ?
タカ:じゃあガッテンだけハブるわ
ガッテン:いや違うって。そういう事じゃないって
ジーク:そういう事でしょ。
Mortal:楽しそう
ガッテン:今のどこにエンジョイ要素を感じたか教えてもらえるかな!!!!??
ほっぴー:そっちもそっちで楽しそうだけどな
ほっぴー:マサル経由で聞いてるぞ。ゲーム時代に貢ぎまくった魔物に今度は逆に貢がれまくってるって
「貢がれてるのか?」
魔法陣の機能を停止した後、立ち上がりながらモータルがお代官にそう問う。
「人聞きが悪い。……しっかし、あそこの面子は相変わらず印象操作が達者だな」
「貢がれてるのか?」
「はい、分かった、分かった!そうだったな!君は煙に巻こうとしても巻かれてくれるような人間じゃなかったな!……はあ。少し長くなるが、いいかね?」
「……」
「無言で掲示板魔法を起動するな!いや、退屈はさせないから!聞いて!?ね!?」
お代官は、はあーー、と大きくため息をつくと、モータルがこちらに耳を傾けている事を確認し、話し始めた。
私は取引先との商談をいい形で終え、意気揚々と帰路に就いていた。
え?その辺はスキップで?……ふむ。そうか。……ええー、本当に聞いてくれないのか?
おっと、魔法陣の起動はやめたまえ。……そうだな、退屈させないと言ったのは私だ。
では私が異世界に来た、その瞬間の部分から話を始めよう。
混乱した頭で周囲を確認すれば、私と同じように唐突に異世界にとばされ、困惑している人間が数人ほど居た。
その数人と顔を突き合わせ、暫く話し合った結果、一先ず民家を探そうという話になった。
だが歩いて数分。私達は民家に行き着くどころか、砂漠に行き当たってしまったのだ。
この方向に民家は無さそうだ。そう判断した私達が踵を返し、元来た道を戻ろうとしたその時だ。
突如として声が響いた。何と言っていたのだったか、確か――
『ああ!わたくしの運命のお方!貴方様から注がれた無償の愛、たとえ世界が隔たれていようとも、しっかりとわたくしの元へ届いておりました!』
私は当然の事ながら、その声に聞き覚えがあった。
私が聖樹の国の魔物使いにおいて、溺愛し、金をぶっこんで丁重に育てあげた、「砂漠の女王」という魔物。そのボイスと、その響いた声は同じだった。
ああ。そうだな。君もあの魔物の性格は知っているか。……そうか。流石に、な。
ヤンデレは――怖いな。やはりヤンデレは二次に限る。