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森の先に

「町……いや、村がある。種族はよく分からん。角が生えてる」


 木に登り遠くを眺めていたライカンが望遠鏡から目を離しそう呟く。


「そうか。モータル君、どうする?」


「夜間に忍び込んで物資を盗もう」


 完全に山賊の所業であるが、モータル達には、人脈も金も、この世界においては皆無であり、物資の底が見えた今、そうするより他に手段は無かった。


「……魔王軍寄りの村、か」


 木から降り、三人の隠れる藪の中へ戻ってきたライカンから望遠鏡を受け取りつつ、モータルが呟く。


「最悪、どんな物食ってるか、とかが確認出来れば、こっちで調達できる」


「だがこの世界の住人と我々が同じ体質とは思えないぞ?体調を崩せば一巻の終わりだ」


 江藤の言葉に、モータルが、うぅむと唸る。


「物資を盗む事のリスクにも当てはまる事だよな……誰かが、毒見するとかは」


「俺がやろうか」


「いや、ライカンがやっても意味ないだろ。俺含む三人の内の誰かが……」


「やろうか」


 三人の視線が一気に江藤へと集まる。


「……頼める?」


「ちょっと!モータル!」


「いや、いい。有佐。これが一番良い選択だ。そうだろう?モータル君」


「でも!」


 江藤は有佐を手で制すと、覚悟を決めた眼で言った。


「毒見は、私がしよう」


「……分かった」


 モータルはまだ何か言いた気な有佐をチラリと見た後、ボソリと呟いた。


「まあ多分徒労に終わるだろうけど」


「何よ、その言い方」


「だって考えてもみろよ。今でこそ平然と魔法使ってるけど」


 そこで不意に言葉を止め、一度望遠鏡で村の方向を確認するモータル。

 数秒の間そのまま村の方を眺めていたが、満足したのか視線を遠山の方へ戻す。


「……そもそも魔法なんて俺らの世界には無かったし、そこから考えるに俺らに魔法を使う力なんて無かったはずだろ?」


「だから何。それがさっきの発言とどう繋がるっての?」


「明らかに体質を変化させられてるだろ?って事だよ。魔王軍侵攻と同時に、俺らの身体は異世界人寄りのモノにされてる。となれば、こっちの住人が食べられる物が食べられない、なんて事になる可能性は低い」


「……なら毒見の意味は」


「いやだって今の話は仮定にすぎないし。毒見は要るだろ」


 そこまで言うとモータルは望遠鏡を構え、再び村の方を観察し始めた。













「うーん……」


 携帯食料をかじりながら、モータルが唸る。


「何とかなりそうか?」


「んー。昼間より警備が厳しくなってるし、無理だね」


 そう断言するモータルに、三人が落胆の表情をみせる。


「とは言え一日ずっと眺めてたお陰で、ホラ」


 望遠鏡から目を放したモータルが、ポケットからメモ帳のような物を取り出し、何やら木の実のようなモノが書かれたページを開いた。


「見張りの兵士みたいなのが齧ってた。ここに来るまでに度々目にしてた木の実だし、後で採取して、江藤さんに毒見して貰うよ」


「……モータル君。君は……凄いな」


「え?そう?」


 そう言うとニマニマと照れ笑いを始めるモータル。


 毒見の一言で少しムッとなった遠山も、その顔に毒気を抜かれたのか、ふう、と息を吐いた後、呆れたように笑った。


「……モータル、今日は私が長めに見張りやるから」


「なんで?」


「主力のあんたに疲労が溜まってるとまずいし」


「んー、分かった」


 モータルのその言葉を皮切りに、三人はごそごそと野営の準備を始めた。













 村の近くだったお陰か、特に襲撃も無く朝を迎えたモータル達は、いそいそと荷物を片付け、移動を始める。


 草原と森の境を草陰に身を隠しつつも、黙々と進む。




「……お、あった、あった。ライカン」


「あいよ」


 モータルの指示を受け、軽やかな動作で木を登ったライカンは、そこに生っていた木の実を数個もぎ取り、下に居るモータルに投げ渡した。


「よし……じゃあ、江藤さん」


 その木の実を無事キャッチしたモータルが、その内の一つを江藤へと差し出す。


「ああ」


 頷き、それを受け取った江藤は、迷いを感じさせぬ動作で木の実に齧り付いた。


「どう?舌がピリついたりとかは?」


「いや、無い。今のところ特には……うむ」


「じゃあ今日一日様子を見て、大丈夫そうなら俺達も食べよう。ああ、そうだ。味は?」


「秘密、だ。今日一日だけ、この味は私だけの楽しみ、という事だな」


 そう言って江藤は笑った。


 遠山の、ずるーい、という声も、江藤の笑みを深くするだけだった。


「いいな」


 その様子を見たモータルが呟いた一言を、江藤は逃さなかった。


「モータル君も、同じだ」


「……何が?」


「私は有佐を娘のように思っているのと同じように、モータル君の事も息子のように思っている」


 江藤の思いがけない言葉に、モータルは口をパクパクさせた後、黙ってその歩みを速めた。


 それが照れ隠しの動作である事は、言うまでもなく三人に伝わっていた。









 少し太陽が落ち始めた頃。

 先頭のモータルの歩みが突然止まった。


「……何だアレ」


「どうした?モータル君。……砂漠、か。どうもちぐはぐな印象を受けるな」


 先ほどまで歩いていた森が、ぷっつりと途切れ、砂漠が出現していたのだ。


 段々植物の背丈が低くなっている訳でもなく、砂漠の際ギリギリまで、森林は鬱蒼と生い茂っている。


「幻覚かも。ライカン、ちょっと俺にビンタしてみろ」


「……後でやり返したりしないよな?」


「?……お互いでやるに決まってるだろ。江藤さんは遠山と互いにやっといて」


「分かった。おい、有佐」




 バチーン!という音が森に響いた。


 

 四人が赤くなった頬をさすりながらもう一度砂漠の方向を睨むも、変わった様子は無い。


「……ライカン。ちょっと臭い嗅いでこい」


「あいよ」


 そう言って砂漠の方向へと駆けていくライカン。


「俺らももう少しだけ近づいておこう」


「そうね」「分かった」


 そんなやり取りを行った、その直後だった。


 唐突に、何者かに見つめられている、そんな奇妙な感覚が四人を襲った。



「……誰だ」


 錆び付いた剣を構え、臨戦態勢のモータル。


 見れば、江藤と遠山も、猟銃と弓を構え、少し離れた場所にいるライカンは毛を逆立て周囲を威嚇していた。


『見つけた。人間を三人も。これでまたお代官様に褒められてしまうわ――ああ、なんて素晴らしい事なの!』


 突如森に響く謎の、女と思しき者の声。


 三人が更に警戒を深める中、モータルだけが、呆気に取られたような表情を浮かべた。


「お代官様?……もしかして」


『あら?……お代官様、何やら知り合いのようですが……おい、そこの男。名乗りなさい』


「俺か?俺はモータルだが」


『モータル、だそうです。……なんと!お代官様のご友人!これはとんだ粗相を……今すぐお迎え差し上げます!』


 そしてその言葉を最後に、見られている感覚が、すうっと引いていった。


 一気に脱力した三人の内、遠山がモータルに質問を投げかける。


「モータル、あんた何者なの……」


 その問いに、モータルは暫く悩んだ後、こう答えた。


「十傑」


 三人はそろって首をかしげた。

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