vsアルザ
「じゃあせいぜい――足掻いてね」
そんな発言を聞き終わるよりも先に短剣を構えアルザの懐へ飛び込んでいく。
「タカ!俺は援護に回る!おっさんは隙を見てタカと一緒に攻めろ!バンシーは俺を守ってくれ!」
後方からほっぴーの指令が飛ぶ。
「お前ら、ほっぴーの指示に従え!」
「御意に!」「がるうっ!」
アルザのメイン武器はおそらく弓だと思われる。
ゲーム上においても、現在においても、アルザが弓以外の武器を持っているような様子は見受けられなかった。
タカはそこに賭けた。一気に距離を詰め、弓を使わせない。
近接の戦闘手段が無いと思うほど楽観的ではないが、何となく、弓を使わせるとマズい。そんな予感があった。
「死に晒せぁあああ!ブレイドダンス!」
「ちょっと本性剥き出しすぎじゃない!?」
勢いそのまま、ご挨拶とばかりに短剣での連撃をお見舞いするタカ。
だがその攻撃は敢え無く防がれた――アルザの持っていた、数本の矢によって。
「ソレそういう使い方するやつじゃねーから!」
「あはははは!生憎、近接武器の代わりになりそうな物はコレしかなくてね!」
アルザは矢の束を握り締め、器用にタカの連撃を捌いていく。
「メテオ!」
タカの攻撃の合間を縫うようにしてほっぴーから援護射撃がとぶ。
だがその攻撃はアルザの片腕から浮かび上がった魔法陣の光に当てられ途端に勢いを失い、ついには消失した。
「あぁ!?なんだそりゃ!?」
「あははははは!!そりゃ、そんな、極端に単純化した魔法が僕に見抜けないはずないじゃないか!」
「……クソ!リセット!呼び出し!支援、回復特化!アクセラレーション!」
スペルマン程の効果では無いが、タカの機動力が向上する。
だが現段階では、ただ単にタカがタイマンを張っているだけの状況であり、アルザはまだ余裕のある顔つきだ。
「せめて一次構造の陣くらいは練れるようになりなよ!練成!」
攻めの緩みを突き、アルザが練成魔法を発動させた。
「おっさん!何とかしろォ!」
「御意、に!」
突如として周囲に霧が固形化して出来た人形のような魔物が生成され、タカ達に襲い掛かる。
その数、10体以上。
「アルザさぁん!そういうの勘弁して貰っていいですかねぇ!?」
「あはははは!ごめんね!でもむしろ僕の本領は練成だから、さ」
相変わらずタカの攻撃がアルザに当たる気配は無い。
精々が、ほっぴーの方へ攻撃を仕掛けに行くのは阻止出来ている、だとかその程度だ。
「ほっぴー!急に一次構造の陣とやら組めるようになったりしねぇか!?」
「無茶言うなや!こちとら雑魚処理でいっぱいいっぱいだ!リセット!呼び出し!汎用重視!レインアロウ!」
幸い、生み出された魔物はあまり強い物では無かったらしく、比較的迅速に処理がされた。が。
「ほい、練成っと」
「アルザぁあああああああてめええええええ!!!」
「あははははははははは!!!」
霧の人形は見た目通り、周囲に流れる霧を材料に練成しているらしく、リソース切れには期待出来そうもない。
「駄目だ!処理はそれなりにやってアルザに集中しろ!マジできりがねぇぞ!」
その事にいち早く気付いたほっぴーが大声で指示を叫ぶ。
「霧だけにな!……はっ、鳩貴族さん!?」
「んな茶番やってる場合かァ!」
「随分と余裕そうじゃないか」
生じた一瞬の隙。それをアルザが見逃すはずもなく
「がはぁっ!?」
腹に思い切り蹴りを入れられたタカが、ゴムボールのようにぽーんと吹き飛んでいく。
そしてそのまま屋上のフチまで転がった後に、慌てて身体を起こした。
「しまっ……ほっぴー!」
この時、タカはある事を失念していた。
アルザにとって脅威に値するのは、タカだけであった事を。
「人の心配をしてる場合かな?」
「うおぉおおおおああああ!!!?」
いつの間にやら肉迫していたアルザに放り投げられ、そのままマンションから落下していく。
「タカーーーー!!!」「主殿ーーー!!」「べがーーーっ!」
若干一名が別の人物の名前を叫んでいたものの、落下していくタカを見て、三人から悲鳴があがる。
そんな様子を満足そうに見守った後、アルザはにっこりと微笑んで三人に告げた。
「うん、タカは合格点だね。次は君たちだ。せめて及第点を取るくらいは期待したいな」
「おおおおおおあああああ!!!!?」
落ちる。落ちる。落ちていく。
このままでは地面に叩き付けられ、無残な屍を晒す事になる。
何とかしなくては。
無理やり手をマンション側へ伸ばす。
幸い、こちらは住居のベランダ部分がある側だ。うまく手すりを掴めれば……!
ベキリ。
手すりに叩き付けられた腕が嫌な音をたて、あらぬ方向に歪んだ。
「がぁあああああ!!!?」
だがこれで多少は減速された。
次の階のベランダで、決める。
「うぅうううああああああああ!!!!」
手すりと壁の間にある僅かな隙間。そこへ腕を捻じ込む。
ベキ、バキ、という音と共に最早取り返しがつかないのではないかと思えるレベルで、腕が捻れる。
「はあッ、はあッ……」
だが、止まった。
痛みは無い。
いや、痛みが強すぎて、脳がそれをシャットアウトした、という言い方が適切か。
「戻らないと、な!」
まだ無事な左腕の方で手すりを掴み、無理やりベランダへとよじ登る。
「う、あ……はあッ、クソが。なんで利き腕を残さなかった」
武器は既に無い。
減速する時、咄嗟に出たのが武器を扱っていた利き腕だった為だ。
おそらく上の階のベランダに侵入すれば取り戻せはするだろうが……
「台所があるな。包丁でも貰っていくか」
幸い窓の鍵は開いていた。
ガラガラと音を立て、室内へと侵入する。
ボタボタと血が垂れ、足元のカーペットが湿っていくのが分かる。
「こりゃまずい、な」
一旦屋上に戻って、ほっぴーの回復魔法でも使って血を止めないと。
大慌てで、台所から包丁を失敬し、部屋を出る。
「クソ、何階分落ちた……!?」
玄関のドアをなかば蹴破るようにして開け、マンションの廊下部分に出る。
そしてすぐさまエレベーター脇の扉を開けて階段を昇り始めた。
音がしない。
それが意味する事ぐらいは、理解していた。
逸る気持ちを抑えもせず、乱暴に屋上へ通じるドアを開け放つ。
「アルザ……!」
「おお、あそこから復帰するのか……一応、グリフォンにキャッチさせる予定だったんだけどな」
見れば、苦悶の表情を浮かべ、倒れ伏している三人。
呻くような声が聞こえるあたり、生きてはいるようだ。
「まあ、ギリギリ落第は避けられたって感じかな?」
「は、そうかよ」
「無論、タカは合格点。ついでに自力復帰の分加点で、満点だ!おめでとう!」
対してアルザは無傷。
その上、満面の笑みを浮かべていた。
「ほっぴー」
「……ハイ……ヒール……!」
回復魔法の光が身体を包み、それと同時に、包丁を構える。
そんな様子を見て、アルザがその表情の中に、僅かな驚きを滲ませた。
「へえ。まだやるんだ。勝算は?あるの?」
「無い」
そう言うと、アルザは落胆したような表情になり、肩をすくめた。
「こりゃ、減点かな」
「……」
本来のタカであれば、もうとっくにアルザに擦り寄り、全力で媚びていたところだ。
だが、そうはしなかった。
ある気持ちが、それを邪魔していた。
燃えるような、怒りが。
「だいたいムカつくんだよ」
「?」
「俺達の世界をここまで無茶苦茶にしておいて、その態度……一発ぶち込んでやらねぇと収まりがつかねぇ」
タカのその発言に、アルザは、虚を突かれたような表情になるも、すぐに口元を歪ませ、けたけたと笑い始めた。
「あ、はは。ははははは!そうだ、確かにそうだね!……君達には憤怒する権利が、ある」
「――ただ、だからと言ってはい、そうですかと殴られてやる程、僕はお人よしじゃないんだ」
そんなアルザの発言を待たずして、タカはアルザの元へと疾走した。