混沌の都市と、良いとこ取り
「霧が凄いな」
以前タカとモータルが合流した地点。そこから更に進み、東京に入る直前といった場所で、ほっぴーがポツリと呟いた。
ほっぴーのその呟きを聞き、タカがすっと目を細める。
確かに、眼前には異常な程の濃霧が広がっていた。
「東京がこんな事になるような自然現象ってあったか?」
「知らん。魔王軍絡みかもしれんが……どうなんだろうな」
ただここで歩みを止める訳にはいかない。
ほっぴーとタカ。そして後ろに続く蝙蝠屋敷の主とバンシー。
その四人が、東京へと一歩踏み出した。
タカ:近況報告。東京に侵入したが、やばい
ガッテン:レイドボスか?
タカ:霧。でも水っぽくないというか。煙なのか?
ほっぴー:魔法かもしれん
ジーク:東京怖……
ガッテン:モータルはいるか?
タカ:ああ。なんか不安になって連絡取ったんだけどな。電波の届かないところにいるか電源がオフになっているか、みたいなアナウンスが聞こえるだけで繋がる気配がなかった。
ガッテン:完全にトラブルに巻き込まれてんじゃねぇか
ジーク:いやもう一旦帰れよ
タカ:原因調査も兼ねてちょっと、な
鳩貴族:ネットも使えていますし、ある程度人が残っているはずですけどねぇ……
霧の中、路地をコソコソと進む影が四つ。
コスプレ着させ隊の四人である。
「……あれは何だ?」
先陣を切っていたタカがその歩みを止め、何かに目をこらした。
「ん?なんか光ってる……?どうする、タカ」
「この霧だ。マンションの屋上に居ても気付かれはしないだろ。ちょっと確認するぞ」
「了解」
近場にあったマンション。当然と言うべきか、エントランスのオートロックの扉は激しく損傷しており、容易に侵入する事ができた。
タカ達は故障しているエレベーターを一瞥すると、その脇にあった扉を開け、その先の階段をぐんぐんと上っていった。
「クソ、鍵がかかってる」
タカがその苛立ちを隠そうともせずにドアノブをガチャガチャと回す。
すると、ガチャン、という音と共にドアがキイ、と開いていった。
「……結果オーライだ。行くぞ」
「まあ緊急時だしな」
タカに続きほっぴー、蝙蝠屋敷の主、バンシーが屋上へと出る。
屋上はまだ霧が薄くなっており、先ほど見えた光の正体を確かめる事ができた。
雲海の如く東京を覆う霧。その中心に、ソレは鎮座していた。
「……巨大な……枯れ木?しかも幹ですらねぇ、根っこか?ありゃ」
「でもなんか光ってるぞ」
「あう……!」
ただひたすらに困惑する三人。だが、蝙蝠屋敷の主だけは、目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。
「あ、主殿……アレは、枯れてはいますが……間違いない。むしろ何故今の今まで気付けなかったのか……」
「御託はいい。知ってるのか?アレを」
タカの問い掛けに、蝙蝠屋敷の主は、ただゆっくりと頷き、言葉を発した。
「聖樹……と、呼ばれているモノです」
「は?アレがか?枯れてるみたいだが」
「分かりません。ただここからでも伝わってくるあの魔力……かなり半端ですが、まず聖樹に関連するモノである事は確実でしょう」
タカが眉間に皺を寄せつつ、唸る。
「うぅむ。何の意味があるのかさっぱり分からん。流石に撤退するのが得策か?」
「撤退ってどこに?」
タカとほっぴーが飛びのき、蝙蝠屋敷の主とバンシーが咄嗟に戦闘態勢をとる。
「嫌だなぁ、僕だよ僕。何、ちょっとネームドの練成を応用した術式を使ったんだけど、イレギュラーが嵩んでね。このザマさ」
誰にも気取られる事なくその場に現れたその人物は。
ネームド狩りのアルザであった。
「この濃霧の内部の調査にでも来たんだろう?いやはや、ご苦労様」
いえ、コスプレ衣装の調達に来ました。とは口が裂けても言えない状況だ。
「……この霧は、なんだ?」
すぐにでも短剣を取り出せるよう徐々に腕を動かしつつ、アルザへと質問をぶつけるタカ。
「存在の揺らぎだね。いやー、この世界で目標達成はもう厳しいかな。魔王様に怒られちゃうなぁ」
存在の揺らぎ、という言葉に蝙蝠屋敷の主がピクリ、と反応するが、誰もそれには気付かなかった。
「そもそもこの世界に魔法、という法は存在していなかった。そこに無理やり……いや、本当は順序立ててやるはずだったんだけどね。言ったろ?イレギュラーが嵩んだ、って」
「法?そういや、前におっさんが言ってた……クソ、何で思い出せなかった……いや違う。まさかお前ら!」
タカがキッとアルザを睨みつけるが、すぐに蝙蝠屋敷の主から返答がとぶ。
「いや多分ソレ、主殿がマジで忘れてただけですぞ」
「……」
「タカ。何でも思考誘導のせいにするのはやめようぜ?」
「うるせぇ!!!」
アルザは、唐突に漫才染みたやり取りを始めた三人を暫く眺めていたが、やがて、堪え切れないといった風に笑い出した。
「あっははははは!やっぱり君達、面白いよ!それに……魔族の素質がある。僕が言うんだから間違いない!」
「そりゃどうも」
タカがまるで心の篭っていない言葉で返すと、アルザは可笑しくて堪らないといった風に腹を抱えて笑い出した。
「そういう所さ。いいねぇ、君達ならやっていけるよ!広報部での実績もある!僕が保証してあげるから、おいでよ!魔王軍に!広報部だけじゃない、もっと深い部分だ!」
満面の笑みで両手を広げたアルザを睨みつけつつ、タカとほっぴーが小声で言葉を交わし合う。
「どうするよ?タカ」
「おいでよ!魔族の森!ってか?……ゾっとしないな」
「そんな冗談言ってる場合じゃねぇだろ……クソ、じわじわくるわソレ。マジでふざけんな」
「でもよ、何となく分かってんだろ?ゲーマーの勘ってやつだ」
タカのそんな抽象的な問い掛けに、ほっぴーがコクリと頷いた。
ああ、選択を迫られている、と。
ここで要求を突っぱねてアルザと戦うか、要求をのんで魔王の軍門に下るか。
前者であれば、もしかすると人類を救う最初の一手となり得るかもしれない。
後者であれば、人類は見捨てる事になるが、自分達の命だけは何とかなるかもしれない。
だが、二つに一つなんて言うのは、ゲームだけだ。
タカが口を開く。
「未だに、計りかねているんだ」
「何をだい?」
「魔王軍が自分の身を置くにふさわしいのか、ってのをな。だからそこそこの上役らしいアンタで確かめさせて貰う」
「……へえ」
「タカ、お前!?」
「面白いね。確かにそうだ。僕たちは未だに君達に見せていない……隔絶した実力差を」
アルザの周囲の空気が、ガラリと変わる。
「ああ。ただ死にたくは無いんでな。実力を把握した時点で降参はさせて貰う」
「分かった。じゃあせいぜい……」
足掻いてね。
タカにより、仮にやられても魔王軍に就職可という保険付きとなった、人類の今後を左右する戦いの火蓋が、切られた。
余談ですが、アルザは裁縫が得意です