前へ次へ
31/323

イエローゾーン

「アレが拠点だ」


「了解ー。しっかり掴まってねー」


 グリフォンが前傾姿勢になり、ぐんぐんと地面へと近づく。

 

「うおおおおお!!!?」


 落ちないようにアルザに必死にしがみ付く。

 クソ!なんかいい臭いする!コイツ多分男なのに!


「到着っと」


 案外ふわりとした着地を決めたグリフォンが、誇らしげにヒュルルッと鳴いた。


「なんか囲まれてるね」


「え?……ああ、はい」


 囲まれてる?誰に?


 そんな俺の疑問はすぐに解決された。

 ガサゴソと路地裏や草陰に隠れていたゴブリン軍と、ほっぴーが姿を現したのだ。


「なんだタカかよ。敵襲かと思ったじゃねぇか。……敵襲じゃないよな?」


「おい。俺が居るんだからそこはもう疑う余地無しでいいだろうが」


「疑う余地の無いレベルの敵襲……?」


「違うわ!同僚だろ!?魔王軍広報部のさぁ!唐突に裏切ったりなんかしねぇよ!」


「そうだよな。お前はもっと下準備してから裏切るタイプだもんな」


「まず大前提として裏切らねぇよ!ホラ見ろこの人畜無害を擬人化したかのような出で立ちをよ!」


 おい何だお前その顔は。

 えぇ……?みたいなその表情をやめろ!


「広報部ってもう内部分裂してるの?」


「いいやぁ!?全くそんな事ないぞアルザ!」


「……ふーん」


 ここでチラリとほっぴーに目配せをしておく。

 ホラ、あのアルザだぞ。お前ならもう察せただろ?


 するとほっぴーの眉がほんの少しだけ、ピクリと動いた。

 伝わったか。


「タカ。そっちの人は、どういったご用件で?」


「いやー、ちょっとした道楽、かな?」


「……失礼ですが、名前と役職をお聞きしても?」


 ナイス。よくやった。

 

 役職に関しては俺も聞くつもりだったのだが、グリフォンが意外に高所を飛んでいた上に、乗馬なんぞやった事は勿論無く、普通に何度か落下死しかけていた俺に、質問なんてする余裕は一切残っていなかったのだ。許して欲しい。

 いやでもあんなん誰だってそうなるよな。

 乗馬経験でも無い限り騎乗はしんどい。

 

「……まあ僕から名乗るのが礼儀か。僕はアルザ。魔王軍技術部の魔物練成課を担当してるよ。よろしくね。広報部の新人さん」


「あ、ああ……よろしく。俺の名前はほっぴーだ」


 ほっぴーの名乗りを聞いたアルザが少し眉根を寄せ、口をとがらせた。


「なんたって君らはそう分かりやすい偽名を使うんだい?何だか馬鹿にされたような気分になるんだけど」


 どうも俺たちのハンドルネームが癇に触ったらしい。と言っても今更本名を教えられても結局ほっぴーって呼んじゃうしなぁ。


「あー、ちょっと変わった民族性があって」


「……民族。まあ、そうだね。僕も一応エルフだからその辺の機微は理解してるよ。分かった。別に偽名って訳じゃないんなら僕も気にしない」


「そうしてくれると助かる……あー、そうだほっぴー。今後の予定なんだが」


「ちょっと待て。アルザさんはどうするつもりなんだ?カーリアちゃんに会いたいならアポ取るけど」


「うーん。そのつもりだったけど、やっぱりいいや。また今度来るよ」


 そう告げるとアルザが颯爽とグリフォンと共に空へ――


「ちょっと待て!俺!俺がまだ乗ってるから!」


「あー、ごめん、ごめん」


 ったく勘弁してくれよな。


「じゃあ、またな」


「うん……大丈夫?」


 グリフォンから降りようとして失敗し、後頭部と背中を地面に叩き付けられつつ、去っていくアルザに手を振る。全然大丈夫。HPバーがイエローゾーン入ったかな?程度だから。


「普通に致命的なダメージだと思うんだが」


「死以外はかすり傷やぞ」


「メンタル強いのか弱いのかハッキリしてくれ……」












タカ:無事帰宅。おっさんとも合流


Mortal:何事も無く帰れた?


タカ:おう


ほっぴー:おう。じゃねぇよ


ほっぴー:バリバリあっただろうが。


タカ:そうだった


ガッテン:またタカがトラブルの種運んでる……


ジーク:発覚した頃には発芽してるからマジで始末に終えないんだよなぁ


ほっぴー:ネームド狩りのアルザっていただろ?そいつと一緒にグリフォンに乗って帰ってきた


ガッテン:えぇ……


ジーク:グリフォンいいなぁ。欲しい


鳩貴族:……東京行きましょうかね


ほっぴー:なんで?


鳩貴族:情報が欲しいんですよ。というか見るからに考察案件だらけじゃないですか!


タカ:変に考察担当いるせいで思考停止してる感はある


鳩貴族:我々は今この世界において最もこの現象の真相に近い人間なんですよ?


鳩貴族:謎を解き明かし、可能であれば、過去の平穏な世界を取り戻す!


鳩貴族:それが我々の使命!そうは思いませんか!


ほっぴー:掲示板見れば分かるけど俺らよりも適任な奴なんていっぱいいるぞ


ジーク:バッサリで草


ほっぴー:いやその考えを否定する訳じゃないんだが


ほっぴー:あまり自分の事を特別だと思い込まない方がいい


タカ:やっぱりゲーム脳ってなかなか抜けないよな


鳩貴族:はー……カーリア動画見よ……


ジーク:えぇ……


鳩貴族:いや、まぁほっぴーさんの言いたい事も分かるんですが


鳩貴族:でもこっちの言いたい事も分かってるでしょう?


ほっぴー:だからその考えは否定しないよ


ほっぴー:ただ責務として重く受け止める必要はない


ほっぴー:人類は強いぞ。俺らが自覚してるよりも、もっと。


紅羽:同族食ってでも生き足掻くくらいだもんな


タカ:おいやめろ













「お、タカ。そういや部屋貰ったんだったな」


「おう……それで、例のブツは?」


 ほっぴーが扉を開けた姿勢のまま、ニヤリと口元だけを歪めた。


「ああ。高純度の魔結晶だろ?何とかグール一体進化分は確保したぜ」


「流石だ。ああ、追加報酬についてだが……」


「給料の天の魔石を一つ、だな。本当にいいのか?」


「構わん。一度の博打よりも手持ちの強化だ」


 俺はある程度ゲーム脳から脱却した。

 その結果がこの行動だ。


 天の魔石には抗い難い魅力がある。たった一個の石がいきなりSSR魔物に化けるかもしれない。そんな泡沫の夢を追い求めて、俺達は天の魔石を砕く。


 ――そんな行為が許されていたのは、ゲームの時までの話だ。


「タカ……すげぇな、お前」


「おっとそれ以上は止してくれ。SR二体目を当てたお前に言われると、殺意が、な?」


「お、おう……」


 火精ペリとかマジで普通に当たりの部類やんけ死ねや。


 っといかん、いかん。俺は今からグールを進化させてSRにするんだ。

 石から出たSRと進化させたSRとでは、スキルの充実具合が違う。


 石排出の場合はその魔物の初期スキルしか所持しないが、進化の場合は進化元のスキルをしっかりそのまま受け継ぎ、かつ初期スキルも習得する。


 そう、誰よりも早く魔物を進化させた俺は、爆死なんて簡単に引っくり返すくらいの利益を……


「タカ……顔やべぇぞ……殺意が溢れ出てる」


「魔結晶を置いて立ち去れ……俺が俺で居る内に……!」


「分かった、分かった……まぁでもグールの進化先可愛いしラッキーじゃん」


「タチサレ……!」


「なぁ爆死で闇落ちとかやめろよ?大丈夫だよな?魔結晶ここに置いとくけど。大丈夫だよな?」


 はっはっは。単なる進化だぞ。運の要素は無い。

 爆死なんて概念の存在しない優しい世界だ。


 はっ、人間を滅ぼせば爆死という概念諸共……


「おい」


 へへ、冗談だって。




 そうしてその後数分ほど漫才染みたやり取りを繰り広げ、ほっぴーは部屋から出て行った。


「あう!」


「待たせたな。やるぞ。進化」


「べがー!」


「そうだな」


 魔方陣の片割れにグールを。もう一方に素材を。


 さあ、始めようか。



「いくぞ、グール。ああいや、数秒後には――」


 バンシーだったな。


 そんな俺の呟きと同時に、部屋が魔方陣から溢れた光で満たされた。


 

前へ次へ目次