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覚悟の不足と危機

 最悪の気分だ。


 起き掛け一発目に抱いた感覚は、そんなシンプルな物だった。


「あー……」


「ん?お、タカ、起きたか」


「まぁ、何とか、な。悪いな」


「いや。丁度俺も休憩したかったし」


 そう言うと、モータルは俺に水の入ったペットボトルを投げてよこしてきた。


「助かる」


「……これからどうする?」


 水を一口、ごくりと喉の奥へ押し込んだ俺は少し考えてから、モータルの問いに返した。


「帰りてぇ」


「……だってさ、江藤さん」


 そう言ったモータルの視線の先に居たのは、あの守護隊とのドンパチの後、和解し、共同戦線を組む事になった江藤さんだった。


「タカ君、だったか。無理強いはしたくないが……」


「……帰りたいってのと、帰るかどうかは別問題ですよ」


 はあ、と溜め息を吐いた後、関節をバキバキ鳴らしつつ立ち上がる。


「タカ君。君は一度、心が折れたように見えたぞ。こちらとしても足手まといは要らないんだが……」


「決めつけないで欲しいですね。折れたならもっかい生やすまで」


 俺の発言に少しだけ、驚きの表情を浮かべた江藤さんに、不敵な笑みを返す。


「ふっ…………あー、やっぱりもうちょい考えさせて」


 やっぱメンタルの傷って回復遅いわ。











タカ:お前ら


ガッテン:お、復帰したのか


ほっぴー:よう、PKはもうやんなくていいのか?


ジーク:切り口が鋭すぎる


タカ:何人か東京来い


ガッテン:遠すぎて無理


ほっぴー:拠点防衛の役目があるんで


ジーク:避難所警備があるんで


タカ:ほー


タカ:じゃあおうちかえる


ジーク:草


ガッテン:やっぱメンタルやられてんじゃねぇか!


Mortal:江藤さんと遠山さんと俺で何とかするから帰っていいぞ


タカ:あれ、あの二人親子じゃないの


Mortal:らしい


ほっぴー:どういう位置取りだよ。一緒にいるんじゃねぇのか


Mortal:壁一枚挟んで向こうの部屋に


タカ:ちょっと待って


タカ:あの女子もやんのか?カニバリズム野郎共の撲滅作戦


Mortal:おう


タカ:チッ。そういや美人だった気がする


タカ:仕方ない、やるぞ


ガッテン:うっそだろお前……


ほっぴー:じゃあ俺はその間カーリアちゃんにセクハラしとくんで


タカ:やっぱ戻ろうかな


ジーク:タカの手の平はもうボロボロ










「ようやく決心が付いた」


「お、タカ」


 悪かったなモータル。俺のメンタルが脆弱でよ。


「いや俺も最初知った時は……あー、まあ、うん」


 その反応からして大してダメージ無かったんだな。すげぇよモータルは。

 

「そんな俺より年下っぽい女の子がやるつってんのに俺が逃げる訳にいかないだろ?」


「は?」


 遠山さんとやらが俺に鋭い視線を突き刺してくる。

 こっわ。


「……というのは冗談で、あー、まあ、やりかけのまま放置するのが嫌な人間でな」


「タカ君。無理はするな」


 江藤さんの両手が優しく俺の肩に置かれる。


「タカ。俺とライカンが加われば何とかなる」


 壁に寄りかかっていたモータルがこちらを気遣うような目で言葉をかけてくる。



 ……何だよ。



「そんなに俺は要らないか?」


「そうは言ってない」


「タカ君。この件はな、中途半端な気持ちで関わっていいものじゃない。話がどう転ぶにせよ……人が死ぬ」


 分かってる。そんな事は。


 それでも、と駄々をこねようとする俺に遠山さんの冷たい視線が向けられる。


「……タカ、だっけ?イベントに参加するようなノリで来られても迷惑なんだけど」


「…………そうかよ」


 正直、最初から分かっていた。


 俺は優秀な人間ではない。

 モータルのような鋼のメンタルも無い。ほっぴーみたいな人を煽動する才能も、スペルマンの絵を描く才能も、ガッテンのようなゲームの才能も。


 無い。俺には。



「……そうだな。帰るよ。俺は」


「そうした方がいい」


「おっさんはどこに居る?」


「周辺でライカンと一緒に見張りしてる。……悪いな、タカ。変に巻き込んで」


「いや、いい。仕方ない」


 いつまでもゲーム気分だった俺が悪い。


 これは現実だ。現実なんだ。


「じゃあ、もし救援が必要なら言ってくれ」


「ああ。タカも帰り道気をつけろよ」


 モータルは言葉選び気をつけような。なんかそのセリフ、闇討ちされそうで怖いぞ。











「主殿」


 玄関のドアを開けるとおっさんが待機していた。

 たまに思うんだが、お前のその忠義心はどこから……ああいや、やっぱいい。


「……?ふむ。一先ず今日中に東京を抜けてしまいましょうか」


「そうだな」


 進化素材は既に足りている。あとは高純度の魔結晶だが、その辺はカーリアからの給料に期待するしかない。


 ここ、東京の人の様子もある程度は掴めた。

 結果だけ見れば、俺は当初目標にしていた事は全て達成している。

 これでいい。

 何も気に病む事なんて無い。


 そう、何も__無い。無いんだよ。



 半ば自分に言い聞かせるようにして、俺は東京という街に背を向けた。










「この辺り、だったな。モータルと会ったのは」


 もう何週間も前の事のような、そんな感覚を抱きつつ俺は歩みを進める。


「主殿」


「どうした」


「……妙な気配が」


「何だと」


 慌てて周囲を確認するが、俺には何も感じられなかった。


「……お前、行きの時も居たな?流石に我慢ならんぞ。出て来い」


 全然何も感じ取れていないが、とりあえずハッタリをかます。


「出てこないならこっちから行かせて貰うが……構わないな?」


 そう言った瞬間、木々の隙間から何者かが俺の前へと躍り出た。


 ボロボロの外套に、フードから覗く端正かつ中性的な顔立ちと――尖った耳。


「エルフ……」


「よくぞ森に隠れた僕を見つけた。賞賛に値するよ」


 いや全然分からなかったです、はい。


 しっかし、エルフ、ね。

 確か魔王軍とは敵対していたはずだが。


「魔王軍広報部、だったかな」


「……」


「僕はね、決めあぐねているんだ。君たちを殺すかどうか」


 まぁそうだろうな。判断に困るよな。


「教えてよ。君は魔王軍の敵なのかい?味方なのかい?」


「お前はどうなんだ」


「お前って言わないで欲しいかな。僕にはアルザっていう名前がある」


 アルザ、ね……アルザ!?


 アルザって確か……ネームドモンスター討伐クエ受注の時のNPC、「ネームド狩りのアルザ」か!?


「何、その顔。僕の名前そんなに変だった?」


「い、いや」


 危ないところだった。

 ネームドモンスター討伐クエのストーリーの流れを見る限り、アルザはどうやら__魔王軍側のようなのだ。

 というかネームドモンスター自体、こいつが練成しているという説すらあった。

 その練成したモンスターを何故俺達に狩らせているのか、とか、何故二つ名にネームド狩りと付いてる癖に魔王軍側なんだよ、味方殺しって言われてるようなもんやぞ、とか。色々と突っ込み所満載のキャラではあったのだが__


 こうして実物を前にすると、正直生きた心地がしない。


「俺は、あんたと同じだよ」


 アルザは魔王軍側だ。だが確信は無いので言葉を濁して誤魔化す事にする。


「……あはは!やっぱりそうだよね!あと僕の事はアルザって呼んでよ」


 やべぇなんか親近感もたれてるっぽい。ボロ出る前に帰らせてくんねぇかなー。


「アルザ。ちょっとカーリアとの用事があるから、その……とりあえず帰らせてくれ」


「急ぎなの?」


「まあ、そうだな」


「オッケー。じゃあ僕のグリフォンを貸すよ」


「ああ。助かる……え?」


 俺の困惑を余所に、ヒュルルーという鳴き声と共に何かが羽ばたく音が辺りに響く。


「あー、いや、えっと」


「どうしたの?」


「流石に他人の魔物に騎乗すんのは抵抗が、な?」


「大丈夫だよ。僕も一緒に乗るし」


 え?ついてくる気なの?


 やめてよー。陣営すら不明だし恐怖しかないんだけど。


「カーリアちゃんに挨拶もしとかないといけないし」


「そ、そうか」


「あの、主殿。我輩は……?」


「アルザ、グリフォンに三人乗りってのは」


「無理だね」


「という訳だ。走れおっさん」


「……ぎょ、御意に」


 すまんなおっさん。このグリフォン、二人専用なんだ。


 飛来してきたグリフォンと、肩をがっくりと落としつつも走り出したおっさんを眺めながら。

 俺は、ボロを出さず、かつ、アルザがどちら側なのか確かめる方法を考えるべく必死に頭をフル回転させていた。




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