ゴブリン・ブレイブ
戦力的に不安なのは俺達ぐらいのもんだが、俺達は俺達で紅羽という切り札がいる。
どれだけ長期戦になるか分からないから、今は龍人回路は起動していないが、一度龍人になれば並の魔物は相手にならないだろう。
「お前達! ここは館だ! 部屋はいくつもある! もう少し手狭な部屋に各自で分かれて各個撃破していくぞ!」
レオノラがよく響く声で指示を飛ばす。
確かにな。
俺は突撃してきたゴブリンをいなしながら1人頷いた。
うん、コイツ単体なら俺だけでやれるな。
「そら、こっちだマヌケ」
書斎を抜け、廊下に出る。
ついてきたのはゴブリンと、黒ずんだトカゲ。
「まぁいいか。二匹くらいは引き受けてやるよ」
通常個体よりはいくらか精悍な顔付きのそのゴブリンは、骨製の剣を構えじりじりと迫ってきている。
黒ずんだトカゲは天井に張り付いたまま動かない。様子見ってとこか。
「グゲガゲゲ」
鳴き声にしては平坦な抑揚でゴブリンが呻く。
瞬間、骨剣が光を帯び、斬撃が飛来した。
「――はぁ!!?」
寸でのところで伏せて回避。
しかし、その瞬間にはゴブリンが距離を詰めてきている。
骨剣がブレて見えるほどの速度だ。
「ざッけんな!」
相手の剣筋に這わせるように短剣を差し込み、軌道をズラす。
撃ち合った瞬間に力勝負での不利を悟った。インファイトは厳しい。
次の剣撃を短剣で受け止め、足元に氷を展開して後方に滑ることで衝撃を受け流す。
同時に距離も稼げた。態勢を立て直すか、撤退して他と合流――
「グゲガゲゲ・ギギガガ」
「クソ、がッ!」
骨剣が3回。煌めいた。
その意味を考えるまでもなく、俺は地を蹴り、壁を蹴り、3度の剣撃を回避する。
「グゲ」
「お、前! 隙無さすぎだ、ろ……ッ!」
瞬時に距離を詰めてきたゴブリンと2度。
たったの2度撃ち合っただけで手がビリビリと痺れてきた。
まずい。何がまずいって、俺の脳裏に敗北がチラついていることだ。
俺の呪術は、逆転を許さない。俺に対しても。
「……誰かぁーーーーーッ! 助けてくれーーーーーッ!」
まぁ、俺1人ならって話だ。状況が変われば優勢劣勢も変化する。
俺は恥も外聞もなく助けを求めて叫んだ。
「何をやっているんですか!?」
「お、サンキュ。危うく雑魚死するとこだったわ」
「死なないでください! ……絶対に!」
一陣の風と共に現れたのは、カーリアちゃんだった。
流石の機動力だな。
ゴブリンは一時、攻めの手をやめてこちらを観察している。
「刻風」
カーリアちゃんから手をかざされた瞬間、俺の身体が風で包まれる。
……えぇと。
「これ何すか」
「魔力伝導率の上昇と、軌道補助です。ある程度の時間しか持ちませんが」
「なるほど。これで少しはまともに戦えるな。ありがとな、カーリアちゃん!」
短剣を構え直し、ゴブリンに狙いをつけたあたりでふと思い出す。
あの黒いトカゲはどこにいった?
「ギ・ガガグブ」
「あっ」
ゴブリンが何かを唱え、細い腕を構える。
そこには、蠢く黒いトカゲのタトゥーが浮き上がっていた。
「復讐系の主人公みてぇな能力してんのな、お前」
「ガガグブ・ゲ・ギギガガ」
黒い煙がゴブリンを包み始める。
ゴブリンの能力があの黒いトカゲの形をとっているだけなのか、元々居た黒いトカゲをゴブリンの能力で取り込んだのか。
後者だと俺も取り込まれかねないか?
「全部こんな個体ばっかって事かよ」
「はい。私が見た限りでは」
なるほど。伝説へ至る道、ね。
そういう意味か。
「カーリアちゃんと俺で勝てるかな」
「さて、分かりませんが……勝つ以外に無いでしょう」
なんやかんやカーリアちゃんと直接肩を並べて戦うのは初めてかもしれない。
相対したことはあるけど。
「何があるかわかんねーもんだな」
手始めに霧に向けて氷のナイフを投げてみる。
バリバリと貪るような音と共に消失した。
「カーリアちゃん、俺無理かも」
「いえ、刻風があれば多少は撃ち合えるはずです。その隙に私が何とかします」
「了解」
純粋な近接物理は厳しいな。
この氷の使い方次第では活路は見えんことも無さそうだが、今は素直にカーリアちゃんの力を借りる。
「つーわけでお待たせぇ! 今からてめぇを切り刻んでやるからなァ!」
ゴブリンの展開する霧がこちらに向く。
ガリガリと何かが削れるような音と、僅かな振動がこちらに伝わってくる。
「グゲガゲゲ」
骨剣と俺の短剣が衝突する。
「なぁお前、言葉は通じるか?」
虚栄と傲慢の法の反応を見る。
どうにも鈍い。自分の意志のようなものは希薄なのかもな。
打ち合いは、防御に徹するので精一杯だ。
技量にそれほど差がないゆえの拮抗だが、単純なリーチ差と力で負けてる。
唯一勝っているのは手数ってところか。
「ガゲゴ・ギギガガ」
「……厄介ですねッ!」
螺旋状の風の塊が鞭のようにしなり、ゴブリンに打ち付けられる。
が、ゴブリンは濃度が増した霧が着弾点に密集させそれを防ぐ。
「俺はまともに取り合う気になれないのか? 最初も素の身体のままで戦ってたもんな」
希薄なだけなら。
反応してくる可能性はある。
僅かでも気を散らせるなら、俺はそれをやるべきだ。
「お前の能力はよ、呪術とは少し違う気がするんだ」
呪術ってのは、循環してる。
循環して、俺を軸として法を敷く。
ただこのゴブリンの黒い霧はどうにも違って見える。
「なぁ、その霧。お前のじゃないんじゃないか?」
「ギ・グブァギ」
瞬間、ゴブリンの骨剣が変形した。
鎌のように変形したソレは、攻撃をすかされ隙だらけになった俺の身体に突き刺さ――
「追い風」
「う、おっ!?」
突き刺さりそうになったところで、風に包まれるようにして俺の身体が浮き、後方に吹き飛んだ。
「気を付けてくださいね」
前線を退いた俺の代わりにカーリアちゃんがゴブリンとの打ち合いを始める。
完璧な捌き方で、優勢に見える。
「私の呪術は、風。その吹く先がいつまでも定まらなかった。でも、今は違います」
しかし、決定打に欠ける。
そうなると持久力勝負になるが、そもそも俺達は数で劣ってしまっている。
勝ち筋は薄いだろう。
「私の風は、皆さんを守るために。そう吹くと決めました」
「さっすがカーリアちゃん!」
……今の声は、俺ではない。
声質からしてほっぴーか。アイツは見える範囲にはいない。だが耳元から声が聞こえた。
「カーリアちゃん、これって」
「慣れない館での発動なので少し時間がかかりました。風は皆さんのもとに届きました。皆さんで、手を組んで、共に戦いましょう。それしか勝機はありません」
遠隔会話。
風で声を届けているのか。
「とりあえず誰と誰が戦ってる? まずはほっぴーから」
「わけわかんねぇキメラ5匹と戦ってる。メンバーは俺、ジーク、アルザ、ガッテン、七色の悪魔さん、鳩貴族さん、スペルマン、紅羽。ほぼ紅羽のおかげで何とかなってる」
いないのはまずモータル。捨て子五人衆にレオノラ、ブーザー、オリヴィア、ドラグ。あとおっさん……蝙蝠屋敷の主だな。
拳聖は知らん。
「レオノラ! どうなってる!」
「私はブーザーと共にサイクロプス討伐の最中だ」
「エリーさんは!」
「私はスルーグさんとスライムの対処中で、残りのティークさん、レトゥさん、ネイクさんはゴーレムと交戦中です」
今のところ手が空いてそうなヤツがいねぇ。
「ドラグさん!」
「すまんな。オリヴィア嬢と書斎の魔物をけん制中。折を見て助太刀に入れるといいが、今は無理じゃな」
やっぱ有能すぎないか?
教皇に対して、人選だけは感謝すべきかもしれない。
「モータル……」
呼んではみたが自信がない。
しかし予想に反して返答はすぐにあった。
「蝙蝠屋敷の主と一緒に……人間と戦ってる」
「は、はぁ?」
人間? なんで?