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処理落ち

「まぁ、そんなこんなで無一文になったわけだが」


「死ねやマジで」


 カジノの裏口。廃れた路地。


 雨に打たれながら、ほっぴーが悪態をつく。

 その気持ち、分かるぜ。


「賭博行為……許せねぇよな」


「お前だよ、お前。勝算があると言いつつ呪術使おうとして警報鳴らしたアホのお前」


「魔術感知のシステムとかあんのね。いやぁ、勉強になったなぁ」


「その後もゴミみてぇな引きで全滅だしよ」


 そこは連帯責任だろうがよ。

 醜い擦りつけ合いを始めようと構えた辺りで、ふと現実を思い出す。

 

「ほっぴー、これは俺の思い違いかもしれないんだが」


「はぁ? 何だよ」


「モータルはどこに行った?」


 ほっぴーが軽く顎に手を当て考えるような素振りを見せる。

 うんうん、思い出してみて?


「確か俺らがルーレットやってる時に別の台に行って……」


「あー、そうだったな」


「そこから音信不通だな」


「なるほどね」


 始まったな。

 俺はどこか郷愁の念のようなものを感じながらほっぴーと肩を組んだ。


「トラブルが発生するより先にモータルを確保できるかどうか賭けないか?」


「行方不明な時点でトラブルだろうが」


 正論だね。

 対象が普通のヤツなら。


「惨劇未満の場合はトラブルに含まない。異世界の常識だ」


「異世界さんに変な常識押し付けんなよ」


 なんで敬称つけた?


「それにどうやって探すつもりなんだ? つーかいっつもどうやって見つけてんの?」


 どうやって、か。


「まず騒ぎが起きてる場所に向かう」


「その時点でトラブル確定じゃねぇか。未然防止策はないのかよ」


 未然防止だと?

 俺がほっぴーの無茶振りに憤っていると、路地奥がにわかに騒がしくなり始めた。

 

 お、始まったな。


「行くぞほっぴー」


「マジかぁ……」


 渋々といった体のほっぴーを連れ、薄暗い道を進む。

 いくら路地裏とは言え聖樹の国の近隣街。汚物等が散乱している様子はない。


 だが、人の場合は別だったらしい。

 鉄のような臭いと共に、1人の小汚い男に尋問のようなものを行っている男女1組という光景が飛び込んでくる。


 ほっぴーが嫌そうな呻き声をあげた。

 俺は心底面倒そうな声音になっているのを自覚しながら、男に話しかけた。


「よう。取り込み中のとこ悪いけど、俺のツレ見なかったか? 前髪が目を隠すくらい長くて背はこんくらい」


 ピッと手でモータルの背ぐらいの高さを示す。

 小汚い男を壁に押し付けている側である、男が怪訝な表情を浮かべつつ答えた。


「知らねぇ。誰だお前」


「知らねーならいいわ。邪魔したな」


 女がぼそぼそと男に耳打ちをする。

 レオノラがどうだとか聞こえるな。俺を知っていたらしい。


「こっちには来てないのは確かさ。レオノラ隊の兵士さん」


「そうか。情報どうも」


 ハズレか。

 ほっぴーとアイコンタクトの後、その男女の後ろを通り抜けようとした。


「ま、待ってくれ! 知ってる! 俺は知ってるぞ!」


 やたらしわがれた声。

 それが小汚い男のものであると理解するのに、数秒を要した。


「……そいつなんで尋問されてんだ?」


 手が空いているのか、女が肩をすくめながら答えた。


「スロットでイカサマ」


「そんじゃあ嘘だな」


 女がカラカラと笑う。

 助かりたい一心で俺達にイカサマを仕掛けてきたのだろう。

 くだらない。


「お前らの探してる男は、スロット台に! 来る前には……ルーレットのところにいた! そうだろ!?」


「……」


 俺とほっぴーが目を合わせる。

 

「へぇ。じゃあスロット台の次は?」


 小汚い男が、その身を震わせながら続けた。


「た、助けてくれたら続きを話す」


 ふむ。なるほどな。

 俺は指先に氷を纏わせた。

 男と女が警戒したように構える。




「そいつの拷問、代わってくれよ・・・・・・・。指先からじっくり凍らせてやって……まぁ氷像になる前には情報を吐いてくれるだろうさ」


 小汚い男の顔が絶望で染まった。





「とりあえず店は既に出てる、と」


 あのカジノの係員らしい女に、流石はレオノラ隊の狂兵だ! だとか何だとか言われた時はそいつも凍らせてやろうかと思ったが、情報自体は手に入った。

 あまり役には立たないが。


「時間の無駄だったな」


「表口方面ってことが分かっただけ僥倖だろ?」


 ほっぴーと話し合いながら人通りの多い通りを歩く。

 雑貨屋、飲食店、書店に果ては武具店や魔具店など――金があれば興味をそそられたであろう店がいくつも並んでいる。


「二手に分かれて聞き込みするか?」


「お前もまぁまぁモータル寄りだから不安なんだよな」


「はぁ?」


 失礼すぎないか? 俺は十傑内の常識ポジだぞ。


「でも背に腹は代えられないわな。よし、行ってこい。迷子になるんじゃないぞ」


「オマエ アトデ ブチノメス」


「母国語出たな」


 怒りのあまりカタコトになってしまったが、俺はいたって冷静な一般現代人なので大人しく聞き込みを開始した。


 まずは一軒目。

 ちょっとした好奇心があったわけでなく、何となくモータルがいそうという至極真っ当な推測をもって、俺は武具店に入った。


「あ、タカ」


「えっ」


 そこには、購入したらしい新品の籠手を持ったモータルが立っていた。


「お前……お前さ」


「スロットで結構勝ててさ、欲しかったやつ買われる前に買いに来たんだよね」


「…………」


 まぁいいか。トラブル起こしてないなら。

 俺はモータルと軽く談笑をした後に、宿へと帰還した。






「あっ、やべぇわ」

 

 俺があることを思い出したのは宿に戻ってひとっ風呂浴び、自室でくつろごうと時だった。

 恐る恐るといった具合で掲示板を開く。




タカ:あの……


ほっぴー:よう、タカ。言うことはあるか?


スペルマン:流石にどうかと思うよタカ氏


タカ:はい……すいませんでした……


ほっぴー:それで良いのか?


タカ:いや良くないことしたなーとは流石に




ほっぴー:違うよ、お前最期に何か言うことはあるか? って聞いたんだけど




ガッテン:そっちかよ


スペルマン:怖すぎ


ジーク:クソキレてますやん


紅羽:殺確じゃん


七色の悪魔:殺確とは……?


紅羽:殺害確定


ガッテン:そんな語彙をフランクに略さないでくれませんかね


タカ:明日飯奢るんで……それで何とか……


ほっぴー:はぁ




タカ:あとお前への執着心が加速度的に上がってるオリヴィアさんを何とか抑えてやるから……ね?




ジーク:攻守交代きたね


ガッテン:最悪すぎ


七色の悪魔:いつ見ても悪辣で、感心します


スペルマン:しないで


ほっぴー:クソが。お前抑え損なったら領域内で勝手にエリーさんとの婚約の届出書類発行して本人に渡すからな


タカ:えっ………………


ジーク:良いカウンター持ってるねぇ! もっと争ってこうぜ!


ガッテン:治安終わりすぎだろ


スペルマン:だってよ十傑……治安が!


ジーク:安いもんだ、チャットの治安くらい……レスバが継続で良かった


ガッテン:何も良くねぇよ



砂漠の女王:おや、私が満足するために再作成した婚約手続きでしたが他に利用者が出るとは。何だか嬉しいですね


ガッテン:これマジ?


ジーク:いったい誰と利用したんやろなぁ


お代官:すまない、聞き捨てならないチャットが見えたものだから書き込ませてもらうよ。砂漠の女王、どういうことかな?


ほっぴー:いや普通に他にも利用者ちらほら出てますよ。領域内はかなり落ち着いてきてますんで


砂漠の女王:ああ、そうでしたか


お代官:すまない、私は既婚者になってしまったのか? 知らない内に?


タカ:このままじゃ第二のお代官さんにされちまう……!


ほっぴー:それが嫌だったら抑えろって話だ。簡単だよな?


お代官:私が第一人者なのは確定なのか? なぁ


ガッテン:おいたわしや……


砂漠の女王:ふふ。お代官様ったらお茶目ですね


ジーク:いやお茶目っつーか……



お代官:そういう事は先に言いたまえ、指輪を用意しよう


砂漠の女王:あぇ



 砂漠の女王が退室しました。



ほっぴー:おいなんか処理落ちしたぞ


ジーク:お代官さんほどの手練れになるとヤンデレに殴り返せるんすね


お代官:何も言わないからそういったこちらの文化に興味が無いのかと……無断でやったのはまぁ、少しばかり頂けないが


鳩貴族:“少しばかり”……?


スペルマン:お代官さんレベルになると結婚は誤差なのか……


ガッテン:常識人枠が消えていく……


タカ:ガッテンくん、俺がついてるぞ


ガッテン:触んな


紅羽:てめーはさっさとほっぴーに謝ってこい


タカ:チッ、うっせーな。謝罪してきまーす


紅羽:クソガキが……


ガッテン:マジでな


紅羽:あとお前も常識人ではない


ガッテン:えっ



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