背中にご注意
「随分と親切だったじゃないか、なぁ?」
帰路につく馬車の中。
真向いの席に座ったレオノラが含みのある表情でこちらを覗き込んでくる。
「何がですか?」
何を言いたいかは薄々分かってはいますが。
素直に答えるのも癪なのでね。
「尊重してやっていたように見えたぞ。人を呪う害獣を相手にな」
「……」
人を呪う害獣。確かにそうですね。
「生き方もろくに選べなかったのだから、死に方くらいは。少しだけ、選ばせても良いんじゃないかって思っただけです」
望んでそう生まれたわけではないでしょう。
罪がないとは言いません。生きるということを選んだのは事実ですから。
「……ふむ。タカなら」
「そう接さなかった。そのぐらい分かりますけど」
「おぉ、怖い怖い」
概ね、タカさんに嫌われるのでは? だとか何だとか野次をとばすつもりだったのでしょうけど。
「タカさんは殺し方一つにいちいち作法を要求するような人じゃないです。良くも悪くも手法を選ばない」
それに、と付け加える。
「三歩下がって後ろをついていくだけじゃ、あの人は後ろも見ず進んでいってしまうので。私は私の思うことをします」
それを聞いたレオノラがくつくつと笑い声を漏らす。
何がおかしいのか。私は本気なんですが。
「ついてくだけじゃなく、背中からナイフで突き刺すことにしたわけだ。それは振り向かざるを得ないだろうな」
「いえ、刺すだけじゃダメだったので今ねじっているところです」
レオノラがとうとう手を叩いて笑い出した。
――何やら、物騒な気配を感じて跳び起きる。
「いっでで……」
「起きましたか」
馬車内。
俺は雑に毛布でくるまれて寝かされていた。
オリヴィアが仏頂面でこっちを見ている。
「なんか背中が痛ぇ」
「寝る用の座席ですからね。座った方が楽かもしれませんよ」
「ああ」
もぞもぞと毛布をどけ、席に座る。
凄まじい気だるさの他には特に症状はない。
「二度目ってだけでここまで楽になるもんなんだな」
「ふむ。まぁまだピークには程遠い時間帯ですからね」
「良いニュースをどうも。……モータルは今どうしてる?」
オリヴィアが後方を指す。
「臨時の野戦病院と化していますね。ほっぴーさんとレオノラさんが負傷者の治療をしています」
「モータルと、エリーさんか? 最後かなり……まずそうな負傷をしてたように見えるが」
「そうですね。ですが聖女もいますから何とかなるでしょう。古の大狼と戦ったにしては軽傷の部類ですし」
ほっと安堵の息が漏れる。
そこでようやく車内の様子を見る余裕ができた。
オリヴィアと俺の他には誰もいない。
「ジークと、その……もう1人は」
危ない、アルザって呼ぶとこだった。
「現地解散でしたよ。負傷も少なかったですし」
「そうか。次会った時には礼を言わないとな」
そこまで喋ったあたりで、どっと汗が出る。
身体の何がどう作用したのか不明なその汗は、やたらベタベタと皮膚に張り付いて気色が悪い。
ああ、この体調が不安定になる感じ。ポーションの副作用が本格的に始まったな。
「やっぱ気分悪いからもう少し寝る。着いたら起こしてくれ」
「はい」
俺は背中を丸め、座席の上で眠った。
「――ぅ」
目を開けた瞬間、あまりの眩しさに思わず目を瞑り直す。
そうして、再度ゆっくりと目蓋を上げた。
「う、ぁあああ~~……」
身体がバキボキと音を鳴らす。
うん。ベッドの上という事は寝てる内に聖樹の国まで運び込まれたのか?
「お、起きてるじゃないですか」
軽い準備運動で身体を解していると、扉を開けてオリヴィアが入ってきた。
「ここは?」
「コモレビという宿場街ですね」
ああ。聖拳と初めて遭ったとこか。
しかし副作用が完全に抜けたように感じる。意外と軽かったな。
「いやぁ、大変でしたよ。寝たままゲロで窒息しそうになってまして。あと痙攣も止まらなくなって――」
前言撤回。記憶はおぼろげだがしっかり酷い目にはあってたらしい。
「で、なんだ。休憩挟んで聖樹の国に報告か」
「ああ、ご存知ないですか。暴れ始めたあたりで鎮静剤と麻酔で対処しまして……タカさんには三日ほど気絶してもらっていました」
何してんの? 普通に。
「辛抱強く付き合えよ。暴れてる俺と」
「なまじ力で制圧できる方々な分、タカさんが怪我をしかねないなぁ、と」
「そうか。ナイス判断」
よくやった。まともに歩ける今の身体に感謝。
「副作用時の辛い記憶もおぼろげなようですし、良かったじゃないですか」
「まぁ」
教皇の記憶スキップを思い出してどことなく不快な気分だけど、実際助かったのは否定できない。
「他の皆は?」
「ああ。教皇様に報告に行ったレオノラさん以外はコモレビに残留していますよ」
「そうか。その後の予定は」
「レオノラが戻るまでここで指示待ちですかねぇ」
なるほど、つまりは自由時間ってわけだ。
俺は伸びを1つした後、部屋を出る扉に手をかけた。
「もう俺は平気なんだよな?」
「はい。何か伝言が?」
いいや。
「いや。ちょっくら街で遊んでくる」
オリヴィアの呆れたような表情を背に、俺は部屋を出た。
しばらく宿の廊下を歩いていると、エリーさんとばったりと出くわした。
「タカさん! 回復したんですね!」
「エリーさんこそ、その……腕大丈夫でした?」
エリーさんが古の大狼に喰いつかれた左腕をぶんぶんと振る。
指もしっかりと動いている。
「腕はすぐ拾えたんですが、損傷が酷くて。スルーグさんの身体をちょっとだけ分けてもらってくっつけました。あはは」
「……な、なるほど」
「タカさんの腕がなくなっちゃった時は私のをあげますね」
何? 献身(物理)?
要らない要らない。
「エリーさんの腕はエリーさんのものであって欲しいかな! 俺がうっかり腕失くしちゃったとしても、まぁ、あー……氷でなんか良い感じにすっから」
エリーさんの表情は満面の笑みから崩れない。
やっぱ笑顔って威嚇なんだなぁ。
「ほっぴーさんとモータルさんを探しているんですよね」
「……何で分かったんすか?」
「分かりますよ、妻なので」
なるほど。理由になってないね。
「あの右奥の部屋です。ついでにタカさんの部屋はその手前隣ですね」
「…………どうも」
調子を崩されたが、目的地は定まった。
エリーさんに軽く会釈をして右奥の部屋に向かう。
近づくと、聞きなれた2人の声が聞こえた。
なるべく気配を殺して一気に扉を開け放つ。
「よう、アホども! 観光としゃれこもうぜ!」
「……」
トランプを握って向かい合ったアホ面2人、ほっぴーとモータル。
普通に異世界にトランプ持ち込んでんじゃねーぞ。修学旅行か。
「えーと。もう暴れない?」
モータルが心配そうに聞いてくる。
「暴れねーよ。……俺そんな酷かった?」
「うん。でももう大丈夫ならいっか」
おうよ。
モータルがトランプをそのまま床に置いて立ち上がる。
乗り気だな。
「観光なぁ。金ねぇぞ」
ほっぴーがトランプを片付けながら立ち上がる。
面倒そうな表情をしつつも若干楽しみにしているのが丸わかりだ。
「俺もない。小銭くらいだな」
「はぁ~? ……まぁ見て周るだけでもそれなりに」
「だからよ、まずは金を増やす」
「……」
ほっぴーの動きが止まる。
胡散臭いものを見る目だ。
待て待て、俺はこの街に滞在するのは2度目なんだ。
少しは情報を持ってる。
「お前ら、聞いて驚け――この街には、カジノがあるぜ」
「お前さぁ」
ちゃちゃっと金を増やして豪遊としゃれこもう。
根拠はないが……自信はあるんだ。