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vs古の大狼②

「オールヒール!」


 遠くからほっぴーの叫ぶような声が聞こえる。

 誰かに抱えられながら、俺はその声の方向に視線を向けた。


「おい、主さん。かなりピンチのようだけど」


 黒目の魔族が俺を覗きこんでくる。

 なんか視線固定されそうで怖いからやめろ。


「ピンチ? 俺のこと?」


「タカよ。お主もそうじゃろうが、お仲間の話ぞ」


 お仲間か。

 全身の気だるさを気合いで誤魔化しながら立ち上がる。

 横には気絶した様子のモータル。

 そして俺らを守るようにして立つスルーグさんが居た。


「援護、は間に合ったみたいじゃな」


 その視線の先には、レオノラ、エリーさん、ほっぴー、ジーク、アルザ、オリヴィアで必死に大狼を抑える姿。

 ジークとほっぴー、あとオリヴィアあたりがかなり苦しそうだ。


「大丈夫なのか? 厳しそうに見えるが」


 スルーグが苦しそうな声で頷く。

 だろうな。


 なら俺がやる事は1つ。


「ドーピングするわ」


「はぁ……」


 背伸びっつーか骨格歪めてでも伸ばさないと届かないんでな。

 自分の半端さが嫌になるぜ。


「無理すりゃ指の端がかかる程度には強くなれちまったのが運の尽きってな」


「何を言うか。かからずとも伸ばし続けた結果が今じゃろうに」


 知った口をきくじゃねぇか。その通りだよ。

 俺は七色の怪しげな薬を取り出し、一気に呷った。


 うん、うん……最悪の気分だ。


「狂狼病もこんな悪利用をされちゃたまんねぇだろうなぁ!」


 オリヴィア印の最悪魔力ポーションのおかげで魔力は回復した。

 未来の自分に前借りしてるようなもんだが、俺の物である事に変わりはない。

 

「健闘を祈る」


「おうよ。あ、黒目は死ぬ気でモータル守れよな」


「任せろ、一度死ぬ気で戦って死んだ経験を活かして頑張るさ」


 言うねぇ。

 地を蹴り、周囲の景色が一気に変化する。


「追加戦力の登場だぁ!」


「チェンジ。モータルで」


「うるせぇな、受け入れろ」


 とりあえずで大狼に斬りかかり、爪で容易く受け流される。

 マジで強いな、この生物。


「ただ時間は俺らの味方だかんな、何とか立ち回るぞ」


 ほっぴーが肩で息をしながらそう言う。


 そうだな、それだけが救いだ。

 ただ問題があるすれば。


「俺も時限付きだぜ。七色のゲロを吐き出したらタイムオーバー」


「チェンジ。モータルで」


 それさっき聞いたぞ。


「今ある手札で戦っていくしかないだろ?」


「言うねぇ、ババ」


 ぶっ飛ばすぞ。


 ただまぁ、ほっぴーが軽口をたたく余裕ぐらいは作れた。

 腐っても前衛職の人間が増えたわけだからな。

 

「おい犬っころ~! 苦しいか!? 俺と一緒に七色のゲロ吐こうぜ~!」


 大狼が唸る。

 モータルが起きてりゃ何喋ってるのか分かったろうにな。残念だ。


「タカさん、あまり無理をしないでください!」


「あ、はい」


 エリーさんが凄まじい殴打で俺への攻撃をカットする。

 生物同士がぶつかった音じゃねぇよもう。


「レオノラの回復が済んだ、タカ、代われ!」


「あいよ」


 ほっぴーの指示通りに後ろに下がる。

 時折大狼の尻尾に浮かぶ魔法陣から放たれる魔術から後衛を守るだけのお仕事だ。キツすぎだろ。


「氷じゃ軌道を逸らすのが限界だぞ」


「チェンジ。モータルで」


 うるせぇなマジで。

 代われたら代わってやりてぇよ。


「タカさん」


「ん? 何すか」


 軽く横目でオリヴィアを見る。

 何だか期待したような視線だ。


「ほっぴーさんを買いたくて……」


「お! いいっすよ」


「おいマジでお前ほんとに」


「火力としては微妙そうですが取り回しが良さそうで」


「あ?」


「そいつ十傑内の十徳ナイフなんで。便利っすよ。オススメ」


「十……?」


 あ、やべ。全部伝わらない言葉じゃん。

 どうやってオリヴィアの執着心をほっぴーに擦り付けるかもっと考えなきゃ……。


「そいつの言葉、全部虚構なんで無視して良いっすよ」


「なるほど。ではほっぴーさんの言葉を聞くとしましょう」


「俺と会話なんて不毛ですよ。おいタカ、聖女と交代だ」


 絶対まだ交代のタイミングじゃないだろ。

 まぁ指示には従うけどさ。


 交代際にレオノラに確認を取る。


「これどんくらい弱ってんの?」


「お前が前線で撃ち合える時点でそういうこと、だろう?」


 なるほど。じゃあ結構弱ってんな。


「犬っころ~! 体調が優れないか? 無免許で良けりゃ俺が外科手術してやるよ」


「……」


 大狼が殺意の籠った眼で俺を見る。

 おぉ、怖い怖い。


「タカさん、この後のことなんですが」


「ん? ああ」


 エリーさんが俺にしか聞こえない距離で囁く。


「オリヴィアさん、そろそろ踏み込みすぎてて怪しいですよね」


「ん? まぁ……」


 心理的じゃなく物理的に体内構造とかに踏み込んでくるのが最悪な点だな。


「今、消しちゃいませんか?」


 世間話のようなトーンでその話を切り出され、一瞬何の話なのか分からなかった。


「……いや、まだ要るだろ」


 咄嗟にそれだけの言葉を絞り出し、大狼に目線を戻す。

 真っ白な毛皮が部分的に爛れ落ちている。症状はかなり進んでいるみたいだ。


「そうですか」


 魔力暴走状態の割には大掛かりな魔法を使ってきたとは思ったが、かなり無理をした結果らしい。

 事前に聞いてた話じゃ、弱るまでもう少しかかる……具体的には丸一日は追い立てる想定だったはず。


「タカさん」


「エリーさん、今する話じゃない」


 そもそも俺達が大狼に始末されかねない瀬戸際だ。

 

「そう、でしたね」


 様子がヤバそうだから話をする必要がありそうだ。

 爆弾マークが透けて見えるようだぜ。

 

 ……それはそれとして目の前のことを何とかしなきゃな。


「なんかもう少し決定的な火力を出したいよな」


「はい」


 オリヴィアの悪化のギフトは既に起動している。

 だが、大狼の洞察力は大したもので俺の実力を過剰にも過小にも見積もらず、相応のものとして認識している。

 そのせいで傲慢が機能停止状態だ。


 でも今は?

 大狼はかなり弱ってる。眼すらまともに見えているが怪しいとこだ。

 ……いけるかもな。試してみよう。


「なぁおい古の大狼さんよ」


 乾いた唇を舐めて湿らせた後、言葉を継ぐ。


「なんで俺が復活して戦線に参加できたんだろうな」


 古の大狼は唸り声ひとつあげずに攻撃を続けている。

 だが、俺には分かる。


 コイツは俺の言葉を待っている。聞こうとしている。


 内心を表情に出さないよう苦心しながら俺は続けた。


「何故、俺からお前の臭いがする?」


「グァ――」


 大狼の視線が険しくなる。

 だよな。


 俺から漂ってるのは、狂狼病の患者の臭いだ。


「ハハハ! お前は強者との決闘が好きなんだったよなぁ! なら俺が今現在どうなってるのかなんて……言うまでもねぇか!?」


 爪の振り下ろし。

 短剣で逸らしつつ回避していた攻撃だ。

 エリーさんならともかく、正面切って受け切ろうとするような攻撃じゃない。


「ッ!?」


「う、お」


 だが、敢えて途中までは受け切りを試みた。

 流石に厳しそうだったのでエリーさんに援護をもらいつつ結局回避したが。


 ただ、確かに威力の上昇を感じた。


「んー、まだ・・か」


「グル……」


 お前の焦りを感じるぞ。


「肩の力抜けよ、どっちの時間制限が先か……まぁその時間内でお前は弱り続けるばかりで、俺はどんどん火力が強化されるわけだが」


 その感情だ。

 その表情だ。

 俺を強くするものは。


「お前が追い越されるのはいつだろうなぁ」


 口の端が吊り上がる。

 起動した、傲慢と悪化のコンボが。

 

「まぁそうビビるなよ。お前がずっとやってきたこと、だろ?」


 喰われる側の恐怖を味わいながら、死ね。


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