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接敵

「いやぁ一応さ。密かに狙撃練習はしてたわけよ」


「おいコイツマジでやかましいな。誰か口ふさいどけ」


 ほっぴーとジークが軽口を叩き合っている。

 呑気なもんだな。


「ジーク、そろそろだよ」


 アルザに注意され、ジークが怪訝な顔をしつつも銃を構える。

 相手もこちらが気付いた事に気付いたのか、あたりに獣の気配が充満し始めた。


「は、はは……思ったよりやべぇな」


「外すなよ」


「外さねーよ」


 ジークの目がすっと細められる。

 

 不自然なほどに無音だ。

 だが、気配が、濃密な魔力が。アイツがいることを示している。


「……来る」


 ジークの言葉で、緊張感が一気に高まる。

 獣の気配はじりじりとこちらに近寄って……きてる、か?

 おいジーク。


「すまん。適当に言った」


「チッ」


 誰かが舌打ちしたのが聞こえる。

 おいやめろバカ。揉めんな。


「――」


 そんな意識の隙間を縫うようにソイツはやってきた。

 真っ白な巨躰。理知的な目。

 古の大狼だ。


「う、お」


 咄嗟に展開した氷と、スルーグさんの防御膜の展開により、襲撃はギリギリ防ぎ切った。

 一時的に距離を取った大狼が唸り声をあげる。

 その唸りに、少し違和感をおぼえる。やけに辛そうな声だ。


「んっんー。良いエイム」


 弾倉付近に魔法陣が展開している。

 ジークの持つ銃と、アルザの持つ銃の両方・・に。


 おいおい、嘘だろ。

 口の端が引きつっているのか吊り上がってるのか自分でも分からない。

 一番連携が要るとこだぞ。


「もう3発目まで撃ったのかよ」


「まぁね。僕とジークはベスト・パートナーだから」


 ジークが露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

 ほんとにお似合いだよ。

 あとさっきの場面さぁ。俺、囮にした? くだらない事言って俺に隙作った?


「逃げ始めるぞ」


 レオノラの声で、意識を大狼に戻す。

 囮の件は後で追及するとして……さて、逃げるヤツを追い回すのは俺の得意分野だ。

 デバフが何か通らないか模索するべく、傲慢の法を起動する。


「逃げるのか」


 いくつかのデバフの手応えを感じたあたりで、モータルのボソリと呟く声が耳に入る。

 おい、どうした。


「……モータル?」


 あの……やめろよ?

 この作戦は、大狼ならここで逃走を選ぶ事も含めて成立してる。

 もし初っ端から命懸けで襲い掛かってきたなら、話はまた変わってくるはずだ。


「誇りを口にしておいて、少し不意を突かれただけで逃げ出すのかよ。お前は散々不意を突いて呪いをばら撒いているくせに」


 俺は必死に祈った。

 頼む! 大狼! 猗窩座タイプであってくれ!

 逃げてくれ! 卑怯者であれ! 頼む頼む頼む!


 古の大狼がグルルと唸り声を発する。

 何と言っているのだろう。人狼であるモータル以外、この場にその言葉を解せる者はいない。


「お前は誇り高い決闘をやった事なんて一度もない。卑劣な不意打ちを繰り返して、自分の欲求を満たしているだけの醜い、腰抜けの、怪物だ」


 大狼から明らかな怒気が漂い始める。

 その辺にしとけって! 流石にこの場で正面衝突はキツいって! どうせなら楽に勝とうぜ!?


 大狼が大きく吠えた。


「その言葉が聞きたかった」


 どの言葉!?

 微かに残った希望に縋るようにモータルを見る。


 他の皆は諦めたように再度武器を構え始めているが、俺は諦めない。


「そうだ。逃げるな。ここで死ね」


 うん。戦闘開始っぽいね!

 短剣を構え直し、地表に軽く氷を這わせる。


「モータルさぁ!」


「うん。ごめん」


「別にもういいけど事前に言えよな!」


 お前そこまでキレてるって思わねーじゃん!

 

「言ってくれりゃ俺だって怒りのボルテージ上げるしレスバも参加したのによぉ!」


「でもタカだと会話できないじゃん」


 事前情報があれば、オオカミ相手にも通じる侮辱仕草の1つや2つ作ってきたっての。

 どうにもモータルの煽りがしっかり効いたらしい大狼に視野狭窄のデバフを入れながらため息をつく。

 

「ハ、ハハハハハ! あの大狼を腰抜け呼ばわりとは豪胆な! では我々はそうでない事を示すとしよう!」


 何がツボに入ったのか、上機嫌なレオノラの笑い声が響く。

 戦況は明らかに悪化した。だが不思議と皆の士気が下がった様子はない。


「おい、クソ狼」


 這わせた氷を大狼に向け急速に伸ばす。

 俺に当てる気が無い・・・・・・・のを分かっているのか、大狼はその氷をじっと見つめていた。

 

「今からでもよぉ」


 氷を大狼の眼前で骨のような形に整える。

 ポトリと落ちた氷製の骨を指しながら言葉を続けた。


「その骨咥えて、尻尾巻いて逃げてくんねぇか? その方が楽なんで」


 何かを咥えるポーズの後、手を尻尾に見立ててフリフリと振る。

 

「……」


「伝わった~?」


「タカ」


 モータルが俺の肩をポンポンと叩く。

 んだよ。


「めちゃくちゃ怒ってる」


「だろうな。言葉は通じなくても思いは通じるってやつだ」


 デバフがバチバチに通ってるもん。聞かなくても分かるよ……君のキモチ。


「グル……ガァアアアアッ!」


「てめぇらマジで最悪のコンビだな!」


 ほっぴーの悲鳴じみた声と同時に大狼が飛び掛かり、戦闘が開始された。

 初手で狙われたのは無論ヘイトが高いモー……あっ、俺っすか!?


「っぶねぇな!?」


「前衛抜かれてんぞ! しっかりしろッ!」


「無茶を言うわい……!」


 爪による一撃を何とか躱したあたりで前衛組の助太刀が入る。

 レオノラの槍とモータルの剣が、鋭利な鎌のようになった尻尾攻撃を防ぐ。


「魔力暴走状態とはいえ、程度の低い魔術なら使ってくるはずだ! 気を付けろよ!」


 軽く裂傷を食らった腕に対しヒールが飛んでくる感触がする。

 効きは以前よりかなり悪いが無いよりマシだ。


「グル」


 唸り声。

 

「なんか詠唱してる」


「はぁッ!? ……前言撤回! レオノラ、結界張れッ!」


「了解だ」


 俺達を魔力の膜が覆い、そして一瞬でそれが剥がれた。

 何をされたか分からない。


 ただ、正面には地面から無数に尻尾を生やし、その尻尾をいくつも交差させ魔法陣・・・のような構造にしている古の大狼の姿があった。

 その背後には満月のような球体も浮かんでいる。


「ど~~~こが程度が低いんすかねぇ!?」


 多種多様な魔法が飛来する。炎、水、風、雷。数えればキリがない。

 スルーグさんの防御膜が展開され、撃ち漏らしを各々で弾く。

 そして当然、その間も本体は襲い掛かってくる。

 モータルと龍化したエリーさんが無理やり押し留めているが、尋常じゃない速度で傷が増えていた。


「これ、は……ッ」


「あの満月だ! 誰かアレ壊せッ!」


「そういうのなら俺だな」


 姿勢を低くし、満月に狙いをつける。

 しっかし、設置型か。そりゃあ逃走された方が戦いやすいわけだ。


 ……まぁいい。逆にこっちは逃げやすいって事だしな。

 足掻くだけ足掻いてやろうぜ。

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