本音
「という訳でだな」
ほっぴーを中心として、大狼討伐隊のメンバーが集まっている。
俺、モータル、スルーグ、オリヴィア、レオノラ、そして、エリー。
「現場の指揮は俺がとらせてもらう。正直、聖女サマがやるべきだと思うけどな」
「心配するな。存分に私を使え」
「そりゃそうするつもりですけどね」
エリーさんの追加動員や、細かい作戦について説明されてからわずか三日後。
最低限の訓練はやったが……本当に連携が取れるのだろうか?
「とりあえず行きますか」
聖樹の国から支給された馬車に乗り込む。
車体は前後の2つに分かれており、俺とほっぴーが乗ったのは前方だ。
しかし、馬車とは言うが……。
「なぁほっぴー、アレは馬か?」
「知らねぇよ」
前方の馬車を引く怪物。ソレは馬というよりは甲羅の無いカメだ。
どうにも、聖樹サマから賜った種を育てたものらしい。
絶対に魔物混ぜてめちゃくちゃな品種改良したヤツがいるな。
「お……っと」
ガタン、という音と共に馬車が動き始める。
車内は意外に揺れが少なく快適で、寝ようと思えば寝ることも可能なぐらいだった。
「……」
前方の車内は俺、ほっぴー、モータルのいつものメンツだ。
「なぁタカ、後方の車内さぁ」
「おいやめろ」
エリーさんとオリヴィアが同席している事実を掘り返すな。
現場に着く時には後ろが血塗れの惨劇状態になってたっておかしくないんだ。
でもそれを観測するまでは確定じゃない。箱の中身を見るまでは楽観視させてくれよ。
「タカさー」
「何だよ」
振り返ると、完全に人狼形態丸出しになったモータルが自分の尻尾をセルフ毛繕いしていた。
やっぱ普段ずっと抑えてんのストレスなんだろうな。
さっさとその辺を隠さずに済む砂漠に帰りたいところだ。
「もし大狼を倒す過程でさ」
「ああ」
「誰か犠牲が出たら魔女討伐はヤメにする?」
「お前、それは――」
そこで思わず言い淀む。
確かに大狼は強敵で、用意された戦法も確殺とは言い難い。
「バカか。誰か死にそうになった時点で全部投げ出して撤退に決まってんだろ」
俺に代わって答えたほっぴーの表情は、何を当然の事をと言わんばかりのものだった。
「俺らが誰も帰らなきゃ全滅扱いだろ? そうすれば大狼含め、魔女の注目度や討伐優先度が上がる」
「誰かがいずれ倒してくれるってか?」
「その通り。でもま、そんなの信用できねぇって気持ちはあるわな。だから可能なら俺らで倒したいってのが本音ではある……」
毛が散るのが嫌だったのか、モータルの尻尾を触る手をぺしっとはたいた後にほっぴーが続けた。
「でも全部、可能ならって前提があって成り立ってる。ゲームマスターが喜ぶと思うから復讐するんじゃない、俺らがスカッとするからやりてぇだけだろ。無理なら無理で丸投げしちまうのは当然のことだ」
話は終わりだとばかりにほっぴーが背もたれを使って頬杖をつく。
そうしてしばらくは、馬車を引く怪物の息遣いと車体が軋む音だけが聞こえていた。
「魔女を殺したら、もっと楽しいことできるかな」
楽しいこと? うーん。
「魔女ぶっ殺すのもまぁまぁ愉快で楽しくないか?」
「タカ、なんか最悪の返しが聞こえた気がするんだが気のせいだよな」
分かってるよ。そうじゃないって事ぐらい。
肩をすくめて、モータルに話の続きを促す。
「異世界に初めて来た時、すっげーわくわくして楽しくてさ。でも今は、なんか……義務とかやらなきゃいけない事ばっかで楽しくない」
「それは……まぁ」
正直それは俺も少し感じてる。
せっかく異世界の、それも中心部に来てるのにろくに観光もできてない。
「んだよ。面倒ならやめるか?」
ほっぴーが面倒そうな顔でそう言う。
「あぁ? やる気ないなら帰れってか? テメーが帰れや」
「わけわかんねぇキレ方すんなよ……」
ほっぴーが呆れたように嘆息する。
俺は、もう言ったような気がするけど、と前置きをしてから話した。
「魔女をぶっ殺してからの方が色んな事が楽しめる。ヤバくなったら後回し、丸投げすんのは仕方ないけどな。俺は夏休みの課題は初日にカタをつけてぇタイプだ」
「マジ? 日記とかも?」
ほっぴーの茶々を無視してモータルの方に向き直る。
「これが終わったら楽しいことがあるかどうか? あるに決まってんだろ。サクッと課題済ませてバカ騒ぎすんぞ」
一呼吸置いて、続ける。
「あと日記なんかクソ楽の代表格だろうが。どうせろくに読みこまれやしないんだから、何回か再放送入れればいいんだよ」
「その流れで俺のヤジにもレス入れてくんの尊敬するわマジで」
そこまで言ったあたりでモータルの表情を見る。
こいつのモチベーション次第じゃ……皆には悪いが、撤退するつもりでいる。
「そっか」
「よし、やる気十分だな」
「えぇ~? そうか?」
ほっぴーが隣のモータルの前髪をのれんのように上げて確認する。
モータルは相変わらずの仏頂面だったが、何となく機嫌が良いように見える。
多分。
その後、俺が車内で昼寝をしている間に、古の大狼が潜伏中とされる森林に到着した。
「身体痛ぇ~」
首と肩を鳴らしながら下車する。
チラリと後方の車体を見ると、特に険悪な空気もなくエリーさん達が下車してきていた。
よし、何とかなりそうだな。
「えー、全員無事に着いたようで何よりだ!」
ほっぴーが部隊全体に向けて声を張る。
レオノラを筆頭に、わらわらとほっぴーの前に集まっていく。
「これから大狼の討伐作戦に入る」
言われるまでもなく、作戦時の隊列を組む。
前衛のエリー、レオノラ、モータル、スルーグ。
後衛のオリヴィア。
そんで指揮として中衛に位置するほっぴー、指示に合わせて前後駆け回るはめになる俺。
「よーし」
ほっぴーが一瞬こちらを見る。
何だよ。
「日記は事前に書くタイプのタカくんが、今日の内容を教えてくれました」
「は?」
「今日はムカつくやつをぶっ殺しました。楽しかったです……相変わらず自信家っすね~」
「は?」
ほっぴーが咳払いを一つする。
すかさず俺がヤジを入れようとするが、それよりも先にほっぴーが堂々とした声音で言葉を発した。
「つまりは負ける気なんかさらさらねぇって事だ。さっさと殺して、次は魔女狩りだッ!」
各所からまばらで、若干呆れたような返事が返ってくる。
でも、誰一人として覚悟に欠けた目のやつはいなかった。
陣形を組んだまま、森林の中へ進む。
「……はぁ」
肝据わりすぎなんだよ、揃いも揃ってよ。
「お? 何だ、何かまずかったか?」
「っせーな。いい感じにほぐれたとこだ」
「だろ?」
こんな世界になってから、俺らの日常を邪魔するヤツはだいたい殺してきた。
日記の内容も……再放送ってやつだな。
「モータル」
「何?」
「魔女だけが俺らの恨み買ってるみたいな言い方してたけどよ」
「してないよ」
ん?
「古の大狼のせいで犠牲になったんだ。忘れるわけないでしょ」
「……ああ、そうだな」
人狼。
モータルの初期魔物。
モータルを助けるための素材の一つとして消えていった存在。
この激動の日々の中ではほんの少しの間だったかもしれないが、確かにアイツは仲間だった。
「殺すよ。当然」
「そうか」
しばらく歩くと、森林の中の開けた地帯に出た。
例の合流地点だ。
そこには似たような馬車に加え、ジークと、それにしなだれかかるようにして立つ仮面を被った人物が1人――まぁ、アルザなんだが。
「いやぁ、やっぱ腐っても狙撃手なんでね! こんなとこで銃の熟練度が活きてくるか~!」
「……」
アルザが偉い偉い、とばかりにジークの頭を撫でようとして回避されている。
緊張感がない……あと、ジークお前は元・狙撃手な。
「いいからさっさと隊列に加われ」
ほっぴーのそんな言葉の後に、ジーク達が後衛に加わる。
これで陣形は完成。
さっさと宿題を済ませようか。