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融解


 雑魚を斬り捨てながら滑走する。


 しばらく進んだところで射撃による援護が飛んでくる。

 既にジーク側から目視できる距離に入ったか。

 合流は無事にできそうだな。


「よう、散歩は楽しかったか?」


 戻るなりジークが軽口を叩いてくる。


「最高。マザー個体はどうだ?」


「アーマー割った」


 こいつ適当な事言いやがって。

 氷を這わせ、突撃してくる雑魚敵を妨害しながら紅羽側の戦況を見る。


「……マジでアーマー割ってんな」


「だろ?」


 マザー個体は既に瀕死に近い状態で、外骨格とも呼ぶべき部位が破壊され、中身の液体が漏れ出ている有様であった。

 少し安堵したところで、ジークがぴっと人差し指を立てて呟いた。


「十傑内のtier表変わりそうだな。まず紅羽はtier 1確定」


「俺は?」


「人格がtier 3。発展途上だな」


「殺すぞ」


 恋愛関係tier3が。


「んで、花火ぶち上げる準備の方は?」


「知らね。ほっぴーがやってるから大丈夫だろ」


「そうか」


 つららをダニ頭ども目掛けて投擲しながら、この後のことを考える。


 この後か。そうだな……もうちょいで合流するだろう、あの悪化ギフト持ちのマッドサイエンティストと一緒に残党処理って感じだろうな。

 そんで、それが済んだら聖樹の国に戻って作品狩りと修行の再開。

 

 ……クソ、こうやって忙しなく雑魚処理してる時間が一番マシな気がしてくるな。


「なぁ、タカさー」


「あ?」


 振り返ってジークの顔を見る。

 いつも通りのへらへら顔だ。


「そんなにだりーならもう辞めちまおうぜ」


「何をだよ」


「何つーか、世界救うの?」


「……」


 意外な言葉に思考が止まる。

 今更辞めるって、何言ってんだよ。


「俺らはさー、あんまり人がやってないゲームやって、自分が特別だってイキってただけのゲーマーじゃんか。それがマジに特別にされるとか思ってなかったし」


「総人口10人はあんまり人がやってないの域超えてるだろ」


「あー、うん。それはそうなんだけどよ」


 ジークが咳払いをして、続ける。


「だからさ。別に全部ほったらかしで砂漠に閉じこもったって責められる筋合いはないと思うんだわ」


「……それは」


 咄嗟に反論しようとしたが、言葉が続かない。

 確かにジークの言うことも分かる。

 俺達が世界を担うに相応しい人間だとは到底思えない。


「ありがたい事にさ、救うのは無理でも逃げ切るぐらいならできるじゃんか」


「そうかもな」


「だからもう全部やめちまおう。今のお前の顔はマジで見てらんねぇ」


 そんな事を言うジークの顔は。

 とてもじゃないが見ていられないものだった。


「俺は」


 世界を救う。

 そんな高尚な目標を掲げて背負い込んだ気になってた。


 俺はそんな器だったか?

 もっと俗っぽくて、自己中心的じゃなかったか?


「俺は、」


 そこで俺はやっと1つの感情に気付いた。

 

 俺は。


「ゲームマスターを、殺された」


「ああ、ゲームマスターは本物の勇者だったよ。俺らとは違う。だからこそ、俺達がどんな選択をしたって——」


「モータルを、散々痛めつけられた」


「……まぁ、治っただろ?」


「この街には俺の力になってくれた人がたくさん居たんだ」


「……」


 ジークが口をつぐむ。


「その恩人を、俺に殺させた」


「……お前みたいな普通の人間が負っていい心の傷じゃねぇんだよ。だから、逃げようって言ってんだ」


「逃げない」


 俺は、怒ってたんだ。

 はらわたが煮え繰り返るぐらいに。

 

 それを、世界を救うなんて大義に曇らされてた。

 俺は今、やっとちゃんと怒れる。


「散々……舐めた真似してくれてんだよ魔女は……」


 俺の思考は、俺が思うよりシンプルだった。

 

「しかも! あいつは! 理解不能な理想持ってていくらレスバしても効かねぇタイプだし!」


「お、おう……?」


「クソムカつくだろうがッ! だから、絶対にぶっ殺すッ!」


 全身から冷気が漏れ出ているのが自分でも分かる。

 沸騰しそうな脳を回して、言葉の続きを吐き出した。


「アイツを殺さなきゃ! 俺は日常に戻れないんだよッ! はらわたが煮え繰り返って仕方ねぇ! アイツが生きてる限り、俺は心から笑えねぇ! そんなもん認められるかッ!」


 ジークを見る。

 しばらく頭を手で押さえている様子だったが、しばらくすると口を開いた。


「わかる」


「だろ!?」


「じゃあやっぱ殺すか」


「おう。つーか正直世界とかどうでもいいんだよな」


 世界と言われたって、俺じゃ周囲の人間ぐらいしか目に入らない。

 でもそれでいいし、結局いつも世界よりもそれを選んできた。

 ついでに世界が救えりゃラッキー程度に考えればいい。


「他でもない俺自身がぶっ殺してぇんだわ。あのイカれ大量殺戮者をよ」


「マジでな。あとゲーマスの墓建てるのに邪魔だしなー、あの館。ご退去願おうぜ」


 ジークの口の端が吊り上がる。

 多分、俺も似たような顔をしているだろう。

 頭の中のモヤが晴れた気分だ。


「おい、そこ2人。何ニヤついてんのか知らねーけど花火あげっから手伝え」


 背後を振り返る。

 いつの間にかマザー個体は撃破され、ほっぴーが殺ダニ剤の花火の準備をしていた。


「んだよ、終わってたのか」


「お前髪凍ってね? ウケる」


 紅羽がバチバチと火花を散らせながら笑う。

 お前ドラゴンに寄りすぎだろ。良いのか?


「後さー、俺らも魔女にはムカついてっから」


「あ?」


「だから来たわけだしな」


 カチッと音が鳴り、ほっぴーが頷く。


「っしゃ。天井ぶち抜いたとは言え、城内は死ぬほど煙たくなるから撤退すっぞ」


「了解。猶予は?」


「あと2秒くらい」


 俺は地面に氷を這わせて加速を始めた。


「おいッ! ずるだろ! ガッテン、あいつ引き寄せろ!」


 ずるくねぇわ。

 少し遅れて、爆破音が城内に響いた。




「ッぶね! ナイス紅羽! でもクソ熱いからもっと温度下げろ!」


「うるせーな」


「熱ッ!? おいてめぇ!」


 他の奴らも何やかんや脱出したみたいだな。


 しばらく進むと、退路を確保してくれていた鳩貴族さん、モータル、スペルマンの3人が見えていくる。

 俺はモータルに手を振りながら叫んだ。


「モータルーーーー! 魔女のことどう思うーーーー!?」


「えっ、恋バナ?」


 スペルマンがギョッとした様子でモータルを見る。

 ゆっくりと頷いたモータルは、端的に答えた。


「生きてちゃいけないよね」


「だよなーーーー!?」


「すごく殺伐とした話だった……」


 ハハ、全く。

 単純な奴らだと思うよ。

 悪いな、勇者。

 俺らに世界は背負えない。


 が、まぁ。

 運良くと言うべきか。

 世界救うってノルマはついででやれそうだから安心してくれ。


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