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氷像

 増援を問題なく捌き、後方では紅羽がマザー個体に対し優勢を維持したまま殴り合っている。

 処分薬の花火を打ち上げられるようになるのは時間の問題だろう。


 そう思って安心していたところに、ソイツはやってきた。


「なぁタカ」


「あ? んだよ」


「地響きしねぇ?」


 そりゃずっとしてるだろうよ。紅羽が暴れ回ってるんだからな。


 だが、一応前方のダニ頭の首を刎ねつつ耳をすませてみる。


「……んん?」


「な?」


 すぐさま氷を這わせてチェックする。

 ふむ、ふむ。これは。


「なんか巨体のやつが来てるっぽいな。トロールとかオークとかその辺がダニに支配されてんのかね」


「うわぁ。マジ?」


 いずれにせよ厄介そうだ。

 俺が突撃してぶっ殺してきた方が良いか?

 しかし時間的には紅羽のマザー個体討伐が間に合う可能性も……。


「おーい、ほっぴー! あとどのくらいでマザー殺せそう!?」


「あと10分は要る!」


「了解!」


 具体的な数値で返せるのは流石だが、どういう概算をしたのやら。

 さて、あと10分とのことだが。


「どうだ、ジーク」


「デカ個体が来たら防衛網食い破られるねぇ」


「やっぱそうだよな」


 動くか。

 短剣を構え、地面に再び氷を這わせる。


「お、滑走してく感じ?」


「ルート取りよろ」


「あいよ」


 ジークが銃を構える。

 魔王戦で見た時より装飾が増えているが……どうせ魔族のパーツでも組み込んだんだろうな。


「じゃあ暗殺すっかな!」


 滑走を開始。

 景色があっという間に流れていく。


 ダニ頭の間を縫うようにして奥へ進む。

 まずは姿を捉えて、一撃で殺れそうか判断したいところだな。


「見、つけ……たッ」


 明らかに突出した人影。

 同時に地響きと……その歩みに蹴散らされている他のダニ頭を発見する。


「……チッ」


 その個体は、あまりにも多くのダニに絡みつかれ、同化し、元々の巨体を更に大きなものへと変えられていた。

 ……せっかくなら、その顔も覆ってくれていれば良かったのに。


 ああ、クソ。

 なんで。


 なんで見覚えのある顔なんだよ。


「グレイゼルさん」


「……」


 俺の言葉に返答はない。当然だろう。

 ああ、畜生。最悪の気分だ。


 ギルドハウスがめちゃくちゃになってたんだ。

 知り合いは助かった、なんて都合の良いことは期待すべきじゃない。

 頭では理解してた。


「治療法は、もしかしたらあるかもしれない」


 氷を短剣に纏う。

 いざ直面するとこれだ。紅羽の気遣いを笑えない。

 

「でも、殺す。ここの防衛網が食い破られたら……どうなるか分かったもんじゃねぇ」


 それに、この町にいる時点で自分の手で殺すか、処理薬の花火で死ぬかの二択だ。

 いずれにせよ死ぬなら、俺の手でやってやる。


「悪く思うなよ」


 一気に距離を詰める。

 幸い周囲はグレイゼルさんの巨体に弾かれて空いてる。立ち回りはしやすい。


「なぁ、俺を殺そうとすることに引け目はないか?」


 傲慢のデバフが微かに反応する。

 ハハ、最悪だな。


 この呪いも、思いついた瞬間に試せるぐらいにはもう切り替えてる俺も。


 デバフが通って生じた隙。

 それを逃さず短剣を体表に滑らせる。


「凍えてきたか?」


「……」


 霜が降りたグレイゼルに向け不敵に笑う。

 ああ、呪いが通じる。


 判断力が。理性が残ってる。

 好都合な敵だ。これで殺しやすくなった。


 異音と共に棍棒のような物が振るわれる。

 周囲のダニ頭が吹き飛ばされるが、寸でのところで氷柱を立てて跳躍した俺には届かない。


「いい薙ぎ払いだ。一つアドバイスするとすれば、次はもっと狙った方が……うおッ!?」


 棍棒を素早く持ち換えてからの突き。

 かなりの練度だ。

 生前の技量が伺える。


「おいおい、当たってたら死んでたぞ。俺を殺したいのかよ」


「……」


 反応はない。

 だがデバフの通り方で分かる。

 半端に残った理性と争ってる最中だってな。


「動けないのは凍えのせいだけじゃねぇな?」


 いや、凍えのせいだ。

 内心の葛藤はあれど、身体のコントロールは完全に乗っ取られてるはず。


 少しでも騙せればいい。

 その騙りが、現実に変わる。


「正直なところ……」


 周りの雑魚をいなしつつ、グレイゼルに対しヒット&アウェイで氷を蓄積させる。

 どんどん動きが鈍くなる。

 それにつれてこちらに殺到する雑魚の数が増えてきた。


 そろそろ決め時か。

 俺は温存していた言葉を口にする。


「あんたにはガッカリだ。あんたらギルドは街を守ることも仕事だったはずだし、魔女の子捨て場が近い関係上、魔女への警戒度も高かったはず」


「数人程度は生き残りがいたみてぇだが、ハハ。全滅みたいなもんだろ」


 唇を軽く舐め、湿らせてから続ける。


「お前の怠慢だろ。どうせ攻めてきやしないと思ってたんじゃないか? お前のせいで皆死んだ。いや、お前が殺したようなもんだ。お前は誰一人守れないどころか、俺達という救援の手すら、今跳ね除けつつある」


 恐ろしいほどに浸透していくデバフの感触。

 ああ、やはり心がある獲物は狩りやすい。

 

「半端に乗っ取られてるのもおかしいな。自分がそっち側にいけばどうなるか想像はついたはずだ。何故そうなる前に自殺しない?」


「命が惜しかったか? 大勢殺した分際で?」


 そこで、グレイゼルの動きが止まる。

 顔周辺のダニがもぞもぞと動き、より露出した顔が震える唇で声を出した。


「タカ、さん……」


「すげぇな」


 致命的な隙を晒したグレイゼルの頭部に短剣を突き刺す。

 急激に氷が侵食する。


 ……コレが喋る瞬間。

 デバフの通りが急に悪くなった。

 理性を残していることが弱点になっていることに気付いたのか、あの一瞬で成長しやがった。

 あの表情と言葉は、俺を油断させるためのブラフだったってわけだ。


「さっきの発言は嘘だ。別に俺はあんたが悪いとは思ってない」


 凍り付いた頭部を蹴り砕く。

 往生際悪く暴れる胴体の攻撃をかわしながら、氷を這わせる。

 抵抗するだけの力は残ってなさそうだ。


「あんたは最善を尽くしたんだろうな」


 グレイゼルの動きがどんどん鈍る。

 身体が凍っていく。


「お疲れ様ってことで」


 そろそろ雑魚がたかってくる頃だ。

 さっさと離脱しないと。


「ま、今度会ったら飯でも奢ってやるよ」


 そう言って、俺は氷像と化したグレイゼルさんを蹴り壊した。



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