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エンカウント

「マジで最悪だな」


 数十人目のダニの被害者の首をかき切ったところで、思わずそう呟く。

 

「代わろうか?」


「無駄に体力を使おうとすんな」


 錯乱状態なせいで狙いがめちゃくちゃだ。逆に避けるのに神経を使う。

 それに魔力回路をぶっ壊しつつ放ってるだけあって、まぐれ当たりでも俺だとかなりの痛手を負いそうだ。


「……」


 ふと路地を覗き込む。

 地面や壁が波打つようにして蠢く。

 その全ては白く粉を噴いたような見た目で――


「この街は焼いた方が良いかもな」


 ――この街が、既に奴らの巣と化していることを如実に表していた。


「あぁ。生き残りもいるにはいるっぽいが……その数人に配慮してる場合じゃねぇなぁ?」


 ブーザーが軽薄に笑う。

 反論する気も起きない。


「仇は討つさ」


「生きてる間に仇討ちの約束たぁイカしてんな」


「助ける余裕も利点も義理もねぇ」


 しばらく歩くと、歓迎等の文字が描かれた看板が目立ってくる。

 別の入り口、おそらくは俺達が入ったところとは反対側までやってきた事が分かる。


 ダニの群れは変わらず、路地奥で蠢いている。


「奥に入り込む必要があるか?」


「そうじゃの」


「よし、じゃあやるか」


 処分弾を一発路地に打ち込む。

 たちまち路地が白い煙で包まれた。


「そういやモータル、臭いは?」


「うーん。他とそんなに変わらないかな」


「了解」


 煙が晴れる。

 ダニはかなりの数が地面に落ち、もぞもぞと動いている。

 効果はかなりのものだ。


 それを踏みつぶしながら路地奥に足を踏み入れた。

 

「……?」


 薄氷を踏み抜いたような、そんな感触があった。

 次第に、ぞくぞくと背筋を悪寒が駆ける。


「ッ!」


 反射的に短剣を抜く。

 処分弾のこもった魔道具も手放さない。


 ちらりと後方を確認すると、俺以外のメンバーも戦闘態勢をとっていた。

 これは、当たりか?



「えへ。見に来て、くれたんだ」



 一瞬、何が立っているのか分からなかった。

 そいつは、一匹の生き物をするには、あまりに数多の生物のパーツから成っていた。


 だが、全身が泡立つような殺意が。

 身体の芯から凍り付きそうな本能的恐怖が。

 微かに残った理性的な部分からの応答が。



 ――眼前の存在が魔女であることを示していた。



「う、ぁ」


 何か軽口を叩こうとして、口から僅かに空気が漏れる。

 ダメだ、これは。

 

 俺達と対談した時にどれだけ力を抑えていたのかが分かる。

 虚栄で張ったバフなんかとっくに剥げ落ち、傲慢のマイナス効果で身体が沈みかける。


「最終調整を。してたんだよ、ね。社会性を。持たせたくって」


 そこでようやく魔女の後ろに、巨大な白い半透明な生物が鎮座している事に気づいた。

 その生物の血管のようなものがどくどくと動く。


「ダニとしての。特性とか。その辺は、ね。私達も頑張ったんだけど。感染症、の。再現が難しくって」


 頭に入ってこない。

 俺はどうすればいい。


「魔女。その節はありがとう」


「ああ。人狼の」


 モータルの声。

 魔女の意識が俺から逸れる。


 身体が多少は動かせるようになると共に、どっと疲れが押し寄せた。


「モータル……」


「それさ、殺していいんだよね」


 モータルが、魔女の後ろの半透明の生物を指す。


「殺し合いをさせたいんでしょ」


「うん。平等に・・・


 平等な殺し合い。

 平等な世界。


 魔女の掲げる理想だ。何度きいてもイカれてる。


 ここで、俺達が殺ダニ剤で一気に殺してしまう事を、魔女が許すかどうか。

 平等にいくのであれば、ここから更に厄介な変更を加えられる可能性がある。


「どちらにも準備期間はあった。俺達は処分弾の研究。そっちは増殖と調整。そうだよね?」


「うん。いや――」


 いや?

 空気がピシリと軋む。


 まずい。対策用のムカデ女は居ない。

 そもそもメンバーがフルじゃない。勝てる要素が一つもない。

 どうする? 誰か逃げて情報を持ち帰れるようにする?

 ダメだ、一秒持てば奇跡ってレベルだ。

 ここで魔女と交戦すれば最悪の事態になる。なんとか止めないと。


「待っ」


「――そうだ、ね? 君の。言う通りだ。せっかく調整した、から。残念だけど」


 魔女の言葉は、意外にも肯定だった。

 

「うん。じゃあ。帰ろうか、な?」


「そう。またね」


「えへ。また? そっか」


 魔女が笑顔のような、空間の歪みにも似た動作を行う。

 瞬間、感じていた威圧感が消える。

 俺の呪術が戻ってくる。


「はッ、あ……、クソッ」


「びっくりさせて。ごめん、ね? じゃあ。またね」


 魔女がそんな言葉を残して、俺達の間を通り抜けていく。

 全く、生きた心地がしない。

 

「待てッ!」


「……?」


 最後尾のスルーグ。

 魔女と至近距離で睨みあう形で、スルーグは叫んでいた。


「ワシが、分かるか」


「うん。スライムと。人間の、組み合わせ。えへ、昔の私達。粗が多くて、恥ずかしい」


「お前、お前は……ッ!」


 魔女がスルーグの眉間に手を当てた。


「再生力を。使って、体内に埋めた。武器を射出、かな?」


「う、ぐぉ……おぉ……」


 スルーグが膝をつく。

 身体が溶け、ボロボロと隠していたらしい武器が地面に落ちる。


「うん。弱い、ね。調整して、あげようか?」


 差し伸べられた手。

 スルーグは手を伸ばして――その手に短剣を突き立てた。


「……」


「今に見ていろ、魔女。お前の慢心が。お前の気まぐれが。お前の傲慢が。お前の寝首をかきにいくぞ」


「えへ。楽しそうだ、ね? じゃあ。そのままで、いっか」


 魔女が短剣が突き刺さったままの手を胸に抱く。


「反抗期? って言うんだ。よね? 書いてたよ。くれた、本に」


 俺はその言葉で、魔女に渡した本の一部を思い出した。

 どういう経緯で反抗期どうこうが出てきたのか、考えるだけでくだらなすぎて頭が痛くなってきた。


 だが、軽口を叩く程度の余裕を生んでくれた。


「魔女。せいぜいお勉強して、データを取って全部分かった気になってろよ」


「あ。喋る余裕。出たんだ、威圧しすぎて。ごめん、ね?」


 うるせぇ。

 どっから学んだその煽り技術。


「まずはそこのダニの親玉をぶっ殺して、コールト国の王都もしっかり鎮圧する。そんでもって次はてめぇだ」


「うん。楽しみ」


 魔女はそう言って、景色に馴染むようにして消えた。



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