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調査と駆除計画

「そういう方向で来たか……」


 凄惨な死体だ。あちこちに掻きむしった跡が残っている。

 随分と陰湿な殺り方だ。


「魔力回路の抵抗性がどのような物なのか詳しく聞いておく必要がある。軽くでいいから教えてくれるか」


 ネイクがこちらを視界の隅でとらえるような顔の向きになる。

 ああ、そうだった。ネイクは魔女がメドゥーサを作ろうとして失敗した作品だ。目を合わせないようこちらからも気を使うべきだったかもしれない。


「異物が混入した状態だと、魔力を出力する際に暴発したり、不発する可能性が出てくる。だから魔力回路は基本的に異物が入って来ようとすれば弾く」


「弾くってのは何がどう動いて弾くんだ?」


「……魔力回路は単純に体内にあるわけではなく、もっと多次元な概念なんだ。弾くというよりはアクセスが遮断される、という捉え方が正しい。原理は諸説あるが、無意識下でも回路は動いていて、常時なんらかの魔法が動く奴もいるだろう? それと同じようなものとするのが定説だな」


 ふむ。無意識下で稼働する……呪術やらギフトにもそういった類のものがあったな。

 俺はもう使えてるかすら不明だが、物理攻撃力補正とかのスキルもある意味常時発動型か? ただスキルはおそらくGMが設計したものだしな……。


「理解しづらいか。端的に言えば、おおよそ全ての生体に備わった常時発動型の魔法という認識で構わない」


「ああ、何となくは把握した。じゃあこのダニは防御機構を刺激して悪影響を与えてたってことなのか?」


 ネイクが頭を抱える。

 え? そんな間違ってた?


「いや、最初に見たときはそう思ったんだが……少し違う、これは……」


「いつまで分析ごっこをしているつもりですか? 似たような輩は多数いるはず。さっさと駆除するのが私達の目的では?」


 片腕の異形化をまだ解いていないレトゥが防護マスク越しにも分かるような冷徹な目でこちらを見ていた。

 確かにそうだ。俺たちは研究者じゃない。


「敵の手の内も知らずに攻め入るつもりか? 賢いとは言えないな」


「殺す手段は用意しています。むしろこちらの手の内が相手側にバレる前に殲滅するべきでしょう。その程度の事も理解できませんか?」


 またか。


「まぁまぁ待てよ。俺の質問に答えてもらってただけだ。俺らの仕事が調査じゃなく駆除だって意見には俺も賛同する」


 レトゥとネイクの間に無理やり割って入る。

 まったく、口論なんて野蛮なことは控えて欲しいものだ。


「ネイクもそこは同感だろ?」


「……」


「なんか言えや」


 やべ、思わず口に出た。

 口論に巻き込まれる事を考慮してレスバの札を脳内で準備していると、ネイクが口を開いた。


「撃ち漏らしが生じる可能性は潰しておきたい。俺はもう少しこの死体を調べたい」


「なるほど? 調べたとして何か分かりそうなのか?」


「それは、確約できないが」


 できねぇのかよ。

 何なんだ。

 

「まぁいいや。人手は足りそうだからな。二人ぐらい護衛つけて、残りで街の調査すっか」


「疑問なのですが、ダニの存在を確認した時点で我々がすべき事は一つでは? 何故さっさと実行しないんです?」


 レトゥの言う、すべき事とは殺ダニ剤の散布の事だろう。

 だが事情が変わっている。


「ここからコールト国の王都までどれだけの距離がある? それだけの面積を抑えられるほどの量は持ってねぇぞ」


「それは、そうですね」


「駆除はするが、使いどころは考えなきゃいけない。王都でぶっ放して全域覆えるくらいだ、この街一個分ぐらいの余りならあるかもしれない。でもな、この先に進んだら道中の方にダニの多発生地帯がありましたってなった時はどうすんだ?」


「……」


 納得したらしい。

 

「ここが発生地帯の最前線っぽいのは確かだから、何も手を打たないわけじゃねぇけど。あくまで王都がメインだ」


「わかりました。では護衛として私が残りましょう」


「え、口論やってたい感じ?」


「違います。集団で襲われて乱戦になった際にダニが付着する危険性が低く、かつ分析をやっているそこの根暗男の邪魔にならないように立ち回れる人材が他に? 皆さん、揃いも揃って脳筋ですよね?」


 ひゅう。言うねぇ。


「モータルなら爆速で全員殺せっぞ。返り血すら浴びねぇ」


「そういった戦力を、ただ突っ立っているだけで終わるかもしれない役につけるんですか? 大した戦術眼ですね」


「……」


 俺は論破されたので黙った。

 バフがいくつか剥がれる感覚もある。なんで味方に削られてんの?


「よし。じゃあそれで」


「はい。さくっと終わらせてくださいね。私としてもそこの根暗男と二人きりだなんて寒気がするんですから」


 ずっと無言のネイクをちらりと見る。

 死体の分析に集中していてあまり耳に入ってない様子だ。良かった。


「よし。おい、お前ら! この二人はここに残して死体の分析をさせる! 俺たちは街を一周し切ろう」


「あいよぉ」


 ブーザーが粗野に返事をし、後にエリーさん、モータル、スルーグ、ティークと続く。

 俺含め六人。まぁ魔女本人が来たりしない限りは勝てる面子だな。


「駆除弾ってよぉ。意味あんのか?」


「さぁな。馬鹿でかいマザーシップ的なダニがいりゃ刺さるんじゃね?」


「あぁ。確かになぁ」


 そんなもん居ないに越したことはないが、警戒は必要だ。

 ダニに襲われてイカれた奴をこの弾で治せりゃ良かったんだが、どうにもそういう使い方はできないっぽいし。

 体内のダニは駆除できても破壊された部分は返ってこないってことだろうか。


「タカ」


「なんだ?」


「鼻が利くやつは分けた方が良いと思う」


 鼻?

 あぁ、そうだった。人狼と混じったモータルだけじゃない。ティークだって魔女産の獣人だ。

 確かに二手に分かれるならそこは分割した方が良いな。


「ティークさん。二人の護衛、頼めるか?」


 ティークが分かりやすく嫌そうな表情を浮かべた。


「えー? マジで? 口論に巻き込まれそうで嫌なんだけど」


「モータルが混じったらもっとカオスになるぞ。一応仲裁できなくはないんだろ?」


「まぁ、ね……」


 渋々といった様子でティークが二人の元へ走っていく。

 よし。


「助かった。モータル」


「うん」


 じゃあ行くか。


 駆除弾の入った魔道具を構え、俺たちは街の更に果てへ向けて歩みを進めた。



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