処分弾
あれから更に1日ほど移動を続け、俺達はコールト国内の宿場街の前に到着した。
石造りの建物と道が続く、他の宿場街とそう違わない街並み。
ただ一点違うところは、人が全くいない事だろうか。
「こりゃ思ったよりも深刻な事態だなァ」
ブーザーがそう言って頭をボリボリと掻く。
汚ねぇな。
「……防護陣を刻んだ服を準備しろ」
この事態を引き起こしたのがダニならば、普段着のまま街に入るのは危険すぎる。
「了解」
全員が上から防護用の魔道服を着る。
そして処分弾が込められた銃のような魔道具を構えたまま、街に入った。
「人の気配はするの」
スルーグがボソリと呟く。
気配自体は、確かに俺も感じている。
ただ、これは……立てこもってる?
モータルが鼻を引くつかせながら推測を口にする。
「部屋を密閉してダニが入ってこないようにしてる、とか」
「かもしれぬのぅ」
「なるほど。じゃあ出てこねぇかもな」
銃を構えながら、街の奥へと進む。
それと同時にこの街に起こっている異変の全容も見えてきた。
「街灯が全部破壊されてる」
「あァ、あの店の残骸を見ろよ。ひっでぇなぁ、略奪にでも遭ったのか?」
「その道の奥の方に死体があると思うよ。かなり多い……」
これは、本当にダニか?
今も構えている処分弾入りの魔道具が、途端に頼りなく感じ始めた。
あまりに被害が直接的すぎる。ダニというよりは、ダニモチーフの魔物を作っただけのように思える。
最終手段として、立てこもっている様子の住民を引きずりだして話を聞くというのがあるが……本当に最終手段だ。脅威も不明なまま一般人を危険には晒したくない。
「いる」
モータルの言葉で、皆が一斉に魔道具を構え直した。
「なんだ、何がいるんだ」
「人、だと思うけど」
「……ここにきて人ってのは逆に怖いわな」
「うん。多分、あの路地から出てくると思う」
緊張で乾いた唇を舐める。
数分ほど経過しただろうか、1人の男がよろけながらモータルが言った通りの場所から現れた。
魔道具はまだ構えたままだ。
「おい! 大丈夫か?」
声かけ、反応なし。
「どうする?」
「さぁの。酔っ払いという可能性もゼロではないが」
スルーグがちらりとブーザーを見る。
ブーザーが軽く鼻を鳴らして肩をすくめた。
「ありゃ普通に瀕死なだけだな。酔っ払いはもっと陽気によろけるもんだ」
「それはてめぇだけだろ」
そんな会話をしている間も、男はゆっくりとこちらに歩み寄ってきている。
何も言葉を発さないのがどうにも臭う。
「おい、大丈夫か?」
「……」
「助けが欲しいのか? 何にやられた?」
「……」
反応はない。
魔道具を握る手に力が入る。
「止まれ」
「……」
「聞こえなかったか? これ以上距離を詰め……おいおいおい何だそれ」
近づいてきたことで、男の様子が見えてきた。
皮膚は逆立つように搔きむしった跡で荒れており、両耳からは血が滴っている。
極めつけは、全身が粉を吹いたようになっていることだ。
ああ、間違いない。
その男は、全身をダニに覆われていた。
ブーザーが叫ぶ。
「気色悪すぎだろぉ!? おいどうすんだぁ、処分弾ぶっぱなしていいよな!? いいよなぁ!?」
「待て、貴重な証人になる。可能な限り対話を試みたい」
「いやいやいや! 両耳から血ぃ出てるって!」
ダニに鼓膜でも齧られた?
いや、痒みで自ら聴覚を失くすように誘導された?
「お前らか」
一瞬、誰の声か分からなかった。
それは、正面の男から発せられた声だったのだと。そう気付いた時には既に火球が迫ってきていた。
「あッぶね!」
「熱ぃ!?」
クソッ! 攻撃してきやがったッ!
間一髪で回避した姿勢のまま、魔道具の照準を合わせる。
「処分弾!」
男の地面付近に着弾した処分弾が炸裂し、周囲の空気を殺ダニ剤が包む。
「ゴホ、ゴホッ」
咳き込む男の声が聞こえる。
やがて、ゆっくりと殺ダニ剤の煙の中から姿を現す。
「……あぁ、ハァ、ハァ」
膝をついたまま、引きずるようにしてガスを脱する男。
這いずった道には血の跡がべっとりとついている。
「誰なんだ」
「俺たちは聖女レオノラ直属の部隊だ。コールト国に起きた異変の調査にきた」
「誰、なんだよ……ッ」
「だから俺たちは……聞こえてないのか?」
男が地を這いながら、言葉にならない呪詛のようなものを唸る。
やはり聴覚を潰されている。
全く聞こえないわけではないはずだから、耳元で叫べば伝わるかもしれないが……攻撃をしてきた奴相手にそれをやれるほど俺はお人好しではない。
「うるせぇんだよ、何なんだ……畜生、やめてくれ……もういいだろ!? クソ、クソ……! ッあああああああああああああアアア!!!!」
男が再び立ち上がる。
殺意のこもった視線でこちらを睨みつけながら。
「マジかよ」
ブーザーの呆然としたような声。
それもそのはずだ、男は立ち上がった傍から――上半身と下半身を真っ二つにされていた。
後ろを振り返る。
そこには、片腕だけが異形化したレトゥが立っていた。
修道服の上から防護服を着ているせいで、かなり奇抜なファッションスタイルに見える。
「……何か問題が?」
「いや。無い、な」
ない。
俺たちは慈善団体でも何でもなく、駆除を目的とした兵隊だ。
「死体を調べるか?」
「うへぇ、俺ぁ勘弁だな」
「は? お前は叫んでただけで何もしてねぇんだから働けや」
「あぁ?」
ブーザーと役の押し付け合いをしていると、ネイクがおずおずと片手をあげた。
「俺がやる。魔力回路を見るのは得意だ」
ネイクは確か……メドゥーサみたいな能力だったか。
目を合わせた相手の魔力回路を濁らせる。
なるほど、確かに適任かもしれない。
「……さっきのも、殺さずとも俺がやれば捕獲できた」
「はぁ。ただ立っていただけの貴方が、皆を守るために汚れ役を買って出た私に文句を言えるんですね。感心しました」
「不愉快だから、殺しただけだろう。良いように言うな」
口論が始まりそうになった二人をスルーグが睨みつける。
魔道具での移動中に散々見た光景だ。
「じゃあ、見るぞ」
「一応護衛でついとくよ。アンデッド系の魔物にならない保証もねぇし」
「ああ、助かる」
ネイクの戦闘は見たことはないが、接近戦は俺の方が強いはずだ。
たぶん。
真っ二つになった死体の前で、ネイクが膝をつく。
「ふむ。これは……酷いな」
「そりゃまぁ。見ればわかるけどよ」
「違う、魔力回路だ。ダニと言ったか? それが侵入している」
「はぁ?」
ネイクが更に説明を続ける。
「普通そういう事態そのものが稀だが、魔力回路は異物が入れば当然弾くようにできている。他人に魔力を貸すのが難しい技術である理由の一つだが……こいつは、その弾く機能が悪い方向に機能している。結果として自分を傷付けたり魔力暴走を起こす方向でな」
「それは……」
平等な殺し合いの、ダニ側の手札がそれって事かよ。