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種族特性

 

「よぉく掴まってろよてめぇらぁ!」


 そんなブーザーの掛け声と共に出発してから1時間。

 車内はすっかり弛緩した空気が流れていた。


「あー、前みたいに転移で誤魔化せねぇもんか? 寝慣れた部屋で寝てぇよ俺は」


「たわけ。後ろからオリヴィア嬢とそれに乗った数人がついてきておるのじゃぞ」

 

 スルーグにそう指摘され、口を閉じる。


 そりゃそうだ。

 基本は捨て子の4人とブーザー、俺とモータルだったのだが、あの後オリヴィエからの抗議があったらしく追加の人員が1日ほど遅れて到着する事になった。

 そのせいで俺達の帰還計画は一気にご破産である。残念でならない。


「オリヴィア嬢はわかるけどよ、追加って誰だ」


「さぁの。お付きの者か何かじゃろ」


 ドラグや拳聖、ムカデ女、レオノラは作品狩りを継続して行う予定だし、他の人材の話は聞かない。

 そうなるとオリヴィア嬢の個人的な伝手という事になる。


「まともな奴だといいな」


「ははは」


 おい、笑って誤魔化すなや。


 そんな俺達の会話を聞いていたのか、ブーザーが口を挟んできた。

 

「そりゃあ無理な話だろぉよ、タカ。この世界で強くなるには」


 ハンドルを片手で操作しつつ、後部座席の俺達の方へ顔を向ける。

 いつものニヤケ面と目が合った。


「自分を歪めなきゃなんねぇからなぁ?」


「前見て運転しろボケが」


「あぁ!? おいおい、俺ぁ本気で言ってんだぜ!?」


 知ってるよ。

 以前の俺なんて磨耗しきって、とっくに歪められてる事なんて分かってる。

 でもな。


「歪もうと変わらない物はあるだろ?」


「ギャハハ、歪められてでも後生大事に何かを抱え続けてる奴がまともなわけねぇだろぉがよ!」


「……」


 ブーザーごときに論破されたのがムカついたので、とりあえず運転席の背もたれを蹴りつける。

 

「!? おいおいおいおい、何だってんだよ」


「別に」


「チッ、まぁ今の俺は気分が良いから許してやるけど」


 その瞬間、魔道具が急加速した。

 後頭部が座席に勢いよく叩きつけられ、視界に火花が散る。


「ぐ、お……!?」


「へはは、許したってのは嘘だ。最高の速度を体験させてやるよ! 楽しみだなぁ!?」


「おま、ふざけんなッ!」


 それ以上は文句を言う余裕も無くなり、座席を強く掴み、必死に耐えるだけになる。

 ふと隣を見ると、半ばゲル状と化したスルーグがこちらをジト目で見つめていた。


「お主ら。喧嘩をするのは良いがワシらを巻き込まんでくれぬかの?」


「いや、それは、おい! ブーザー! もういいだろ! 俺が悪かった!」


 クソ、敗北宣言をしたせいで身体が重くなった。

 振り落とされかねない。


「聞こえねぇなぁ! 風が心地良すぎてよぉ! ギャハハハハ!」


「上等だてめぇこの野郎! 今すぐ降りろ! ぶっ殺してやる!」


「おそらくじゃが、今降りればぶっ殺す手間も必要なく死ぬと思うぞ」


 だから言ってんだよ。

 

 その後、俺達はトップスピードのまま最初の宿場街を通り抜けた。









「風呂入りてー」


 出発から2日。

 宿では本当に睡眠と食事しかできず、ひたすらに移動を続けていた。


「あ゛ー、暇すぎる」


「そうじゃな。魔物の襲撃も無い」


 魔物の襲撃は娯楽じゃねぇよ。


「タカさん」


「え? はい」


 エリーさんに話しかけられ、思わず身構えた。

 敗北を想起したのが効いたのか、身体が重くなる。

 助けてくれ。

 

「暇でしたら隣に来ませんか?」


「…………」


 脳をフル回転させて断る理由を探す。

 ダメだ、断り切れるほど強い理由を思いつかない。


「走行中の席の移動は危険ですよ」


「何を悩んどるかと思ったらそんな事か。わしが手伝ってやろう」


 首筋にぬるっとした感触が伝い、俺はあれよあれよという間に後部にいたモータルと座席を交換された。


「いやいやいや待てよ、俺はモータルも隣に欲しい。なぁ?」


「え? うーん……今ちょっと掲示板が」


 掲示板、そうだ。それがあった。

 何となく隠す方向でいってたが、そもそも初期の嘘は色々バレてしまっている。

 魔女への殺意は本物だからある程度流してもらえたが……。


 俺はここでムカデ女の方をちらりと見た。

 こいつへの対応次第じゃ敵対しかねないんだよな。


「領域のアホどもは何か言ってるか?」


「いや、特に動いてないよ。今は他の人がいっぱいいる方の掲示板を見てる」


 マジか。俺は自分の読書感想文か何かを引っ張り出されてめちゃくちゃディスられてるスレを見てからは見ないようにしてるってのに。


「……書き込みしてないよな?」


「してるよ?」


「おい」


 ダメって話になってたじゃん。

 俺らが別のとこに書き込むのはさぁ。


「名無しでやってるから大丈夫だよ」


「いや、それは……まぁいいか……」


 鋼メンタルだしモータルは何見たって平気だろう。

 それに、なんやかんや本当にヤバい情報は漏らさない奴だ。多分。きっと。

 ……心配になってきたな。


「タカさん達が時折開いてる、その魔法陣……掲示板って言うんですか?」


「え? ああ、まぁそうですね。俺らの一族だけの、情報伝達用の魔法です」


「一族だけの……では私には使用不可能な物なんでしょうか」


「エリーさんは、うーん……そうですね……」


 砂漠の女王は使えてるんだよな。

 それを考慮すると不可能じゃないはず。


「俺達は使えるだけで原理はよくわかってないというか」


 GMがもうちょい掲示板についても日記に記してくれりゃ良かったんだが、そもそも死ぬ予定じゃなかったんだから仕方がない。

 大枠では呪術らしいから、スペルマンが調査してるらしいが……一向に成果の報告が上がらないあたりお察しだ。

 あとまた納期がどうこう言ってたので、漫画家業も再開したっぽいし。意外に忙しい奴だ。


「私達の能力に近い感覚ですかね?」


「んー……ですね。俺らなりの種族特性みたいな物かな」


 掲示板による情報共有。俺はもうバグってて使えないが、ジョブとスキルの閲覧——すなわち、才能の選択と努力の可視化。

 こうしてみるとまぁまぁ強い種族ではなかろうか。


「感覚だけで使っている状態は危険ですよ」


 やや低いトーンでそう返され、思わずエリーさんの方を向く。


「……そうですね、確かに」


 GMの遺産だ、無闇に手を突っ込まずそっとしておきたいという気持ちもある。

 でもそれじゃ前に進めない。


「でもそれは、魔女をぶっ殺してからですかね」


 まずは前に進める環境を作らないと。


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