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作品狩り、進捗報告会

「えー。まず、諸君らに伝えたい事がある」


 レオノラ邸。

 円卓を見慣れた面子が囲む中、レオノラがゆっくりと口を開いた。


「作品狩りの首尾は上々。既に対魔女決戦兵器の半分は完成したといって良いだろう……諸君。もう一踏ん張りだ、諸悪の根源たる魔女を直接叩けるようになる日はそう遠くない」


 そこで、銀弾のドラグが机をコツコツと叩いた。

 皆の視線がそちらに集中する。


「聖女様からの激励の言葉はありがたいが、ワシらはそれで喜ぶような集まりじゃあないだろう?」


 ギィ、と椅子が微かに軋む。

 ドラグの姿勢が前のめりになる。


「コールト国との連絡が途絶えている」


 コールト国?

 誰だっけか……。

 俺がそう思っているのを察したのか、隣に座っていたエリーさんが耳打ちをしてきた。


「私達が住んでいたとこの国ですよ。聖樹の国の属国で、グレイゼルさんなんかが居る大きなギルドもあった、あの地です」


「……あー……一応国王謁見もしましたね……」


 思い出した。

 そうだ、あの異様に話が短い王がいた所か。


 しかし、連絡が途絶えたというのは俺個人としては心配だが、魔女討伐隊としてはあまり考慮に値しない事柄のように思う。

 どうして今そのことを?


「聖女様。ワシは言ったな。作品狩りは必ず魔女にバレる、と」


 バレる……まぁバレるか。

 ちまちま削っていたならまだしも、こんな短期間に集中して討伐している。

 流石に魔女も勘づいているだろう。


「その時期と被るようにして、魔女の子捨て場を有するコールト国との連絡が途絶えた。ワシの言うちょる意味が理解できるか?」


 誰かが息を呑む音が聞こえた。

 ああ、そうだ。

 魔女の子捨て場。


「……その件については私も把握している」


「そうじゃろうな」


 ドラグが前のめりな姿勢から、ゆっくりと背もたれに背を戻した。

 

 当然、次に注目が集まるのはレオノラの方だ。


「把握し、対策を練り終えたからこその、召集だ」


 そう言いながら、一着の防護服のような物を円卓上に置く。


「敵の正体は既に分かっている」


「ほう?」


 ドラグが感心したような声を漏らす。

 

「敵は微小な魔物の集合体。薬剤散布による効率的な処理が要求される……その為に悪化のギフト待ちであるオリヴィア嬢を引き入れたのだ」


 続いて置かれたのはビン。

 白い粉末のような物が詰まっている。


 ドラグに笑みが浮かぶ。

 

「カカ! ワシより先に銀弾を作ったか。流石の手腕だ、聖女レオノラ!」


「お褒めに与り光栄だ」


「では人員はどうする?」


「無論、地理を知る者——ティーク、レトゥー、スルーグ、ネイク、エリー。それとタカ、モータル。当然、ブーザーもだな」


「はァ!? ちょっと人使いが荒くねぇかよぉ聖女サマぁ!?」


 ブーザーの悲鳴じみた抗議を無視してレオノラが続ける。


「そして現地の冒険者数名、無事である確認が取れた者も計画に組み込む。なぁに、人数分の防護服と処分弾は生産してある。諸君らがやることはたったの一つだ。一刻も早く現場に辿り着き、一斉処分しろ」


 その言葉を最後に、進捗報告会は締められた。







「モータル、お前軽装すぎねぇか?」


 自分の荷物を詰め終わり、廊下をうろうろしていると、バッグ一つだけを背負ったモータルと遭遇した。

 

「剣はどうした? 処分弾とかいうのがあるらしいけどよ、それはそれとして道中で魔物と出くわす可能性はあるんだぞ」


「大丈夫だよ」


 そう言うなり、モータルの背負っている鞄から巨大な舌が垂れ、剣が排出された。


 ……???


「おい、どこで拾った。変な物を勝手に持ち込んじゃダメだって毎回言ってるよな?」


「拾ってないよ。育てるって言ったじゃん」


 育てる?

 何の話だ?


 ……いや、待て。なんかそんな話をした気もするな。


「お前それひょっとして、ガチャ石で出た——ミミックか?」


「うん」


 へー、鞄型のミミックかぁ。


「しれっとゲーム時代になかった進化系見つけるのやめてくんね?」


「なんかゲーム時代と仕様が違うみたい」


「違うみたいってお前なぁ」


 ……でも、そりゃそうか。

 適当にサルベージした情報を元にガチャ魔物を決めてたって話だから、実際と形態が異なった、または進化先とかの情報が欠落したまま実装されたやつがいてもおかしくはない。

 あとモータルだし。

 

「それ、容量は?」


「タンスの戸棚一個分くらいかな」


 武器を仕舞うには充分だが、物資運搬と考えると少し物足りない量だ。


「……俺の方は放ったらかしだな」


「何が?」


「ムカデ女だよ。ここ暫くは話もしてねぇ」


 領域に置き去りにしたおっさんとバンシーも言わずもがなだ。


「お呼びでしょうか」


 そんな話をしていると、俺とモータルの間にぬるっとムカデ女が現れた。

 ……なんか見た目が変わってんな。


「なんつーかお前、かなり……人間に近い見た目になったな」


「偽装が厳重になっただけです」


 ムカデ女がいつもの赤い甲殻を露出させた。

 あー、うん。変わってないな。


「俺がぶっ倒れてる間は何をしてた?」


「基本は対魔女に向けた呪術の調整。時折、討伐への参加も行なっていました」


 なるほど。

 仕事は俺よりやってる、と。


「モータル、こいつと同行してなんか殺したか?」


「うん。変なイノシシみたいなやつ」


「……」


 俺は何をきこうとしたんだっけか。

 ムカデ女が、植え付けられた使命に殉じて不都合があるだろうか。

 俺にはない。

 むしろ抵抗される方が不都合なはずだ。


「わかんねぇな……」


 難しい。

 俺には全く向いてない問答だ。

 でも、何か、これを無視したまま先に進むとまずいんじゃないかという思いだけが胸の内を巡っている。


「ムカデ女」


「はい」


「お前が処分されたくない時の逃げ道は、用意してある」


「お心遣いは感謝しますが、不要なものであると推測します」


 即答か。

 昔はもう少し言い淀みがあったような気がするが……。


「まぁいい。放ったらかしにしてた俺が悪いな」


「……悪くはないでしょう」


 殺意がないわけではない。

 事が終われば即座に殺すべきだ。このムカデ女にはそれだけの危険性が眠ってる。


 でも、どうしても。

 自由意思も目覚めぬ内に殺すのは、どうにも不公平な気がして。


「ああクソ、行こうぜモータル。あとムカデ女」


「了解」


「分かりました」


 平等な殺し合いってか?

 魔女じゃあるまいし。


 俺は首を振って、思考を振り払った。


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