幕間:【密着取材】ほっぴー氏、仕事の流儀
本日は過疎萎えを投稿し始めてから3周年!
という事で、読者の方々からリクエストいただいた番外編を今日からいくつか投稿していきます。
東京。砂漠の宮殿内の某所にて、その男は書類作業に追われていた。
「うわ、カメラじゃん。え? 何?」
――申請していた密着取材です。
「は? マジ? 誰だよ許可したの」
――ジークさんが……
「へ、へぇ~……」
ほっぴー氏が顔を俯かせ、何やら考え事を始める。
取材を断られてしまうのではないか。番組スタッフの間に緊張が走る。
しかし、我々の想定に反してほっぴー氏はすぐに顔を上げると、にこやかに微笑んで言った。
「構いませんよ。皆さんの安全に関わるため、一部カメラを止めていただく事があるかもしれませんが」
――承知しております。
「じゃあ行きましょうか」
素早い動きで部屋を出るほっぴー氏。
やはりこの大所帯を管理する一人なだけあり、行動が素早い。
――本日はどういった仕事を?
「各地の避難所に人員派遣の指示と、物資のやり取りですかね。あと米軍との会談もあります。それと……あー、居住区の拡大案と、寄せられた騒音被害の原因調査……」
――お忙しいんですね。
「何というか、部署分けしたのに普通に別部署の案件がこっちに投げられてくるというか。自分も手が回らない時は別部署に投げてはいますし、仕方ないんですけどね」
――十傑で相互に助け合っているんですね。
「サボってるやつもいますけど」
笑顔の奥に、仄暗い何かが灯ったのを我々は見逃さなかった。
苛烈な仕事人という評判は確からしい。
――サボっているやつ、とは?
「全然仕事してないってわけじゃないですけどね。別部署に投げがちってだけで」
そう言って笑う。
我々スタッフは、ここでこれ以上踏み込むか迷ったが、初の十傑への取材という事で勇気を出すことにした。
——―その、サボりがちな方、というのは。
「ジーク。あいつ書類の審査も雑なんだよな」
薄々予想していた名前が出され、スタッフに緊張が走る。
やはり我々の取材は手違いで認可が降りてしまったのだろうか。
取材担当が恐る恐るその疑問を口にする。
——なるほど。やはり、この取材は渋々引き受けた、という事でしょうか……?
「いや? 別に秘密主義でもないのに隠しすぎてたかなぁってのは思ってましたから。良い機会じゃないですか」
ほっぴー氏の浮かべた笑みは、先程とは打って変わって、温かみのあるものだった。
——良かった。本日はまず何を?
「安全なものから入りましょう。見せ場になりそうな仕事は……後半にでも」
悪戯っぽい表情。
我々、番組制作者というものを理解しているらしい。
有難い限りである。
《場面転換》
「あっ、ほっぴーさん! おはようございます!」
ほっぴー氏が倉庫に入るなり、屈強な男達が作業の手を止めて頭を下げる。
そしてその中に平然と混じるゴブリン達の姿。
これらのゴブリンは、危険な野生個体と区別するべく輸送担当と描かれた帽子を被っている。
嫌う者は多いが、我々の物流を支える大事な人材だ。
「おはようございます。本日もお願いしますね」
ほっぴー氏が軽く挨拶を終えて、我々スタッフの方に向き直る。
「えー、今日は密着取材の方が来ています! 映るのは嫌だ、という方がいましたら配慮しますのでこの場でも後日でも申請をお願いします!」
ほっぴー氏の呼びかけ。
数人ほどがそれに応じた。
——すみません、本来我々がやるべき事なのに……
「え? そうですかね?」
——はい。
「あー……まぁ、次回から気をつけていただければ」
次回があるという事ですか?
そう口にしかけるも、わざわざ言うのは野暮だと気付く。
ほっぴー氏は我々に期待をかけてくれている。
相手に配慮させ続けるようでは取材班の名折れ、次回もまた引き受けたいと思わせるだけのものを作らねばなるまい。
物流のチェックは特にトラブルもなくそつなくこなされた。
元々書面で確認していた物を、適度にピックアップしつつ現場で再確認するだけの作業だったらしい。
「まぁもっとちゃんとした確認役が居るので。ただ書面だけじゃ分からない事もあるんですよ」
そう言ってほっぴー氏が1枚の紙を懐から取り出した。
「休暇申請です。子供がそろそろ産まれる、なんて話しているのが聞こえましてね。無理やり申請させました、ハハハ」
——お優しいんですね。
「優しい、というか。俺達だって不死身じゃない……不死身みたいな奴もいますけど……とにかく、次の世代を作る必要はあるんですよ。魔力がある世界になって、子育ては、もっと慎重にやらなきゃいけなくなってるはずですし。片親に任せるにはあまりに負担が大きい。子育て休暇は積極的にとって欲しいですね」
次の世代。
そうだ、流星のように現れた10人の管理人達も、いずれは居なくなってしまうのだ。
——不死身みたいな奴とは?
「あー……モータルとタカです」
——あまり見ない2人ですね。
管理人の中でも情報が少ない2人だ。
タカ氏に関しては災害以前の情報は入ってきているが、モータル氏に関してはそれすら無い。
無理やりあげるとすれば、東京の食人コミュニティを潰したという都市伝説めいた噂ぐらいだ。
——その2人の密着取材は可能でしょうか。
ほっぴー氏の目がすっと細められる。
まずいことを聞いただろうか。
「何というか……荒事担当なんですよ。アイツらは。危険なので取材の許可は降ろしづらいですね」
荒事。
そうだ、災害以前と比べてこの世界は暴力という手段がより大きな物になった。
未だに周囲に対して敵対的なコミュニティもあるという。そういった人達との交渉には、多少荒々しい手段も必要になってくるだろう。
——戦闘役、と。
「魔王軍の残党処理なんかもその2人を軸にやった感じですかね。単純な戦闘力ならアイツらがトップ……いや、紅羽……んー、悩みどころだな」
領域内の強さランキングを制作している某記者が聞けば喜びそうな話だ。
——砂漠の女王に匹敵する程ですか?
「あっはっは。そりゃ無い。ここにあいつを倒せるような奴はいねーよ」
——なるほど。ではカーリアさんはどうですか?
「カーリアちゃん? 強いな。ただ……んー……」
カーリアさん。
我々の味方をする事に決めた稀有な魔族の1人だ。
ファンクラブが多数できており、本人の愛想も良いことから皆から信頼されている。
「モータルがそれに匹敵すっかもな。タカは……なんか強いのか弱いのかよくわかんねぇや……」
——せ、戦闘役なのに?
「戦闘役っつーか……アイツは……撹乱……?」
——そうなんですか?
なおも首を傾げるほっぴー氏。
この後も何度か質問をするも、どうにもタカ氏の人物像は浮かんでこなかった。
ほっぴー氏はこの後も精力的に仕事に取り組み、そつなく終了させた。
残る仕事は少ない。
夕暮れ時。我々スタッフは、騒音被害の調査に同行した。
「残るは騒音被害の調査と……はぁ、書類のチェック……」
——書類とは?
「俺の方は人の移動に関する書類が多いですね。そういう申請書類の最終確認が俺で……いや、そんな何回も確認いらないと思うんですけどね……」
苦労が絶えない様子のほっぴー氏。
しばらく雑談を交わしつつ歩いていると、問題の騒音被害の現場へと到着した。
「ここか。廃墟……かなりボロい、危ねぇかもな……解体工事させるか……」
住居区からは少し離れた場所。
騒音被害とは、いったいどういったものなのだろうか。
何か危険な香りがし始めた。
「人もいねぇのに騒音被害? おかしいな……部署跨いだせいで項目がズレたか……?」
——そんな事があるんですか?
我々の質問に答えようとしたその時。
ほっぴー氏の表情が急変した。
「まずいな、下がっててもらえますか?」
瞬間、建物が軋む音。
我々が悲鳴をあげ始めた時には、廃墟が倒壊してきていた。
「あー、クソッ! タイミング悪すぎだろ! スキルセット呼び出し! 緊急戦闘用……俺に掴まって!」
我々スタッフ2人が掴みあげられ、残り1人がしがみつく。
ガラガラガラガラ……
瓦礫が雨のように降り注ぎ、その全てが寸前で跳ね返される。
——ほっぴーさん!
「今集中してっから黙って!」
——すいません!
あっという間に景色が動く。
我々の映像がブレブレで大変申し訳ないが、この時既に、元いた場所は瓦礫で沈んでいた。
《一瞬の暗転》
次にカメラを起動できたのは、領域内の宮殿に戻った時だった。
「ああ、そうだ。子供がちょくちょく外に出てるだろ? 危険な廃墟は早めに解体をだな……あと危険物報告の項目のやつが騒音被害として申告がきてた。そういう確認は最初の確認役の方でちゃんと変更……まぁこれはお前に言っても仕方ねぇな……」
ほっぴー氏は現在、ジーク氏と話し合っている最中だ。
我々が所在なさげに佇んでいると、ジーク氏と目が合う。
そして、どこか悪戯っけのある表情になった。
「ところでさぁ、そのカメラ何?」
「お前が許可したんだろうが。すっとぼけてんじゃねぇ殺すぞ」
「あっはっは」
へらへらとした態度のジーク氏を鬼の形相で睨むほっぴー氏。
しかしあまり責められると我々の立つ瀬がない。
質問でほっぴー氏の気を逸らす事にした。
——その、先程はありがとうございました。ああいったトラブルはよくあるんですか?
「え? あんなトラブルは滅多にないですね。せいぜい魔物と出くわすぐらいかな……あと、領域民守るのは俺たちの義務なんで。引け目とか感じなくていいですよ。なんなら危険性を判断できずに同行を許可した俺のミスなので」
「ひゅー!」
ジーク氏が嬉しそうに囃し立てる。
「てめぇ仕事増やしとくから覚悟しろよ」
「ブー!」
※この時のジーク氏のハンドサインはお茶の間には不適切だったため、モザイクをかけさせていただきました。
「解体工事、お前とアルザのコンビで対応な」
「は?」
「普通に死人が出かねない案件だ。解体班は組む予定だがそれには時間がかかる。緊急性のある廃墟をお前ら2人に早急にやって欲しいんだよ」
「いや……まぁ、そうだな。わかったよ」
一瞬反論の様子を見せたジーク氏だったが、すぐにその表情に納得が浮かんだ。
「準備しとくわ。建物の指定は?」
「後で計画書を提出すっから、お代官さん越しに指示がいくと思う」
「ういっす」
話がつき、ほっぴー氏がこちらに振り返る。
「いやぁ、後半に見せ場ってこんな意味で言ったわけじゃないんですけどね……米軍との会談をちょっと映せたらと思ってたんですが、それは許可が降りませんでした。すみません」
——いえ、構いません。十分良いものが撮れました。
「そうですか」
ほっぴー氏が、笑みを浮かべた。
《場面転換:椅子に座るほっぴー氏》
《BGMが流れる》
——ほっぴー氏にとって、この仕事とは。
「人類の再起点ですね。わけのわかんねぇ連中にめちゃくちゃにされて、それでももう一度文明を打ち立てる。その為の、始まりの地が領域です」
——もう一度、立ち上がるんですね。
「はい。俺たちは不死身じゃないかもしれませんが、人類という群れは不滅です。何度だってやってやりましょう」
そう言って、ほっぴー氏は不敵に笑った。
——密着はこれで終了です。ありがとうございました。
「はい。お疲れ様でした。ところで、その……番組名とかって決まってるんです?」
——プロジェクト・テンです。十傑にちなみまして。
「あー。え? あの、それって……ローマ数字表記だったり……?」
——はい。
「いやいやまずいでしょ。だって某番組と見た目が丸かぶ——」
《BGM終了》
《タイトルロゴ》
〜プロジェクト・X〜
「おいやっぱ丸かぶりじゃねぇか!!!!」
取材から1週間後。
領域内の宮殿、ビデオ閲覧部屋にて。
ほっぴーの怒鳴り声と他数人の笑い声や揶揄する声が響いた。