恐怖増幅
「……回転する地方商人。何の本だこれ」
回転に関する本を取り出すと同時に、本が高速で回りながらどこかに吹っ飛んでいった。
これで12冊目だ。
「確か過疎化地域の活性化に関する本だったかと」
「え」
実在する本なのか?
もしそうなら、魔女がこの作品を作るためにせっせと取り寄せたことになる。
少し滑稽な絵面だ。
「かなり古い図書ですが、今でも通じるものがあると長く読まれている名著の一つです」
「……魔女にも意外に教養があるのか?」
オリヴィアが露骨に嫌悪の表情を浮かべた。
「まさか。敵情視察をしているんでしょう。どうせこの謎解きも、私たちを馬鹿にするためのものですよ」
魔女の嫌われ具合を舐めていたかもしれない。
そりゃそうか。ずっと捕まってない大量殺戮犯みてぇなもんだからな。
だがこの謎解きが嫌がらせだとは、俺には思えなかった。
明らかに、楽しんで作っているような。そんな気配を感じてしまう。
「最初の部屋に戻ってみましょう」
オリヴィアにそう声をかけられ、顔をあげる。
そうだな。
先ほどまでいた部屋がループの終点だったため、すぐに最初の部屋に到着した。
扉は開けっ放しだ。
「一応、さっきので悪霊がもう一匹湧いてるかもしれんが……どうする?」
「時間が惜しいですからね、無視しても良いかと」
そうか。
部屋の中を見る。俺たちが通ってきたハッチが再び開いていた。
「戻らされるのか?」
「そのようですね」
ハシゴを降りようとしたその時。
冷気を感知し、反射的に短剣を振るう。
「……12体目ともなると作業だな」
悪霊が悲鳴すらあげず消える。
短剣の血をはらう必要がないのが最高だな。
「あれ?」
コトン、と音を立てて何かが床に落ちる。
ドロップアイテム……?
こっちの世界にはない概念のはずだが。
「鍵、ですね」
「ああ。これは……脱出できるってことか?」
脱出か。
目標はこの作品をぶっ壊して核を回収することだが、一旦退くのも手か?
「ひとまず、降りてみましょう」
「そうだな」
下を見る。
地面はあるな。
短剣を一度納め、飛び降りる。
着地しながら周囲を見渡すと同時に索敵を展開する。
先ほどと同じ形の食堂だ。
だが、何もいない。
ゾンビの死骸すら消えている。
「降りてきて大丈夫だ!」
「はい」
オリヴィアがゆっくりとハシゴをつたって降りてくる。
その足が床に着く同時に轟音が鳴り響いた。
「……体重が」
「殺しますよ」
そんなやり取りのあと、轟音の発生源である背後を見る。
食堂の壁の一部から巨大な肉切り包丁のような物が突き出ていた。
「あー……はいはい」
「ようやく直球できましたね」
おそらく、アイツから逃げながら屋敷を戻っていき、鍵で玄関から出るのが正規ルートなんだろう。
でも、それじゃあ核は手に入らない。
「アイツ殺すか」
「そうしましょう」
壁を切り潰しながら、4メートルほどの大男が姿を現した。
筋骨隆々の身体、唇がなく剥き出しになった歯、顔の上半分を隠す鉄仮面。
さっきのが和ホラーなら、こっちは洋ホラー……ここまで過剰火力だったか?
氷を纏いつつ、短剣を構え直す。
「よう、最近じゃ化け物は最後にぶっ倒されちまうのが主流なんだぜ?」
「グルルル」
会話通じない系?
そりゃ残念。
大振りの肉切り包丁をかわし、懐に潜り込む。
まずは一撃。
「グガァ!?」
即座に離脱して距離を取る。
一瞬浸食しかけた氷と傷が回復していくのが見えた。
だが俺には見えている。
あの化け物は、見積っていたよりも威力が高かったことに驚いていた。
「悪化のギフトは?」
「展開中です。やれますか?」
「やれる」
悪化のギフトとは何か。
何度も悪霊を斬り捨てる中で俺なりに分析した。
おそらく効果は二種類ある。
言い方で分けるとすれば、劣化と悪化。
劣化は武器、アイテム全般の効果を劣悪にする。
シンプルだがかなりキツい能力だ。現に正面の化け物が持つ包丁はみるみる内に錆びている。
次に本命の悪化。
これは俺が思うに、エクストラダメージ全般へのバフだ。
俺の場合は二つある。
まず、氷の浸食によるスリップダメージ。
そして、俺の虚栄と傲慢の法による、相手の想定に合わせる形で増加するダメージ。
問題は、俺の呪術のダメージの方だ。
相手の想定に合わせる形で増加するダメージ。
ここに悪化のギフトによるバフが入る。
相手の想定を少し上回る形で増加するダメージになる。
これにより相手の想定する威力が高まる。
そこを超えるダメージが入る。
これにより相手の想定する威力が――
「ま、検証といこう。耐久が高そうで安心したぜ」
俺の想定が正しければ、相手が種を割らない限り、攻撃の度に俺の火力が上がり続ける。
無限コンボだ。
「グゥ……ガァアアアアッ!」
横の振りをかわし、腕を一閃。
鉄仮面の奥の目が僅かに開かれるのが見えた。
驚いたか?
まだだ。
腕にもう一度斬撃。
俺を掴みにきたもう片方の手の指を斬り飛ばしつつ、さらに距離を詰める。
足元。膝。下腹。胸。
首に刃を突き立てようとしたところで、衝撃波のようなものに吹き飛ばされた。
「が、あッ! なんだてめぇッ!」
完全に物理主体の見た目だろうがッ!
ずるい技使ってんじゃねぇ!
短剣の血をはらい、化け物を観察する。
怪我の具合がどんどん酷くなっている。ついでに氷の浸食もとうとう通るようになってきた。
やはり、俺の仮説は正しかった。
「フーッ、フーッ」
化け物の身体が僅かに光り、鉄仮面がフルフェイスに変わり、武器が包丁から大剣になる。
第二形態か?
「まだまだ。俺の一撃はもっと重くなるぞ」
「ギギギ……」
先ほどよりも鋭い剣閃。
すんでのところで地に伏すようにして回避する。
「いけるッ!」
やれる。
この獲物は俺が殺す。
短剣で方向を反らし、剣を引く動作を妨害。
手を斬り裂きながら化け物の腕に跳び乗った。
「なぁ」
「ギ、ギ……!」
「お前、俺にビビっただろ?」
鉄仮面の奥を覗き込む。
そこには確かに恐怖が見てとれた。